02騎士団の行進
四人はもう習慣の如く集まって共に色色なことをして楽しんだ。
なにをしても楽しくて、それぞれの屋敷へ何度も通ったし時には森へ散策したり時には習い事、三人が居てくれるだけでこんなにも世界は色めくのかと。
そして今日は帝国第二騎士団による、ルトアニア大公領当主タリス大公殿下の歓待行進がある日ということで、その進路に面したお屋敷の方へとお邪魔させてもらっていた。
ああ、この子たちの容姿紹介をし忘れていたね。
簡単に語らせてもらうと、ベイミィは栗色の髪に瞳は黄玉、チェロルは髪も瞳も水色で少し癖毛がふわふわしていて、ティロットは青い髪に瞳は紅玉である。
えっ、ああマギーは髪も瞳も濃い紫だね。
まあ、それはさておき実は四人が初めて出会ってから既に一年が経っている。
リーシャたちは五歳と成り、マギーは十七歳である。
皆それなりに成長を見せていて、そうあの時助けた小鳥。未だ雛鳥だったメルペイクだが、おかしいのだ。
それは存外なほど大きくなっていて、リーシャの肩に止まると重みで少し辛そうなぐらいである。
勿論、マギーが慌てて抱え込み事なきを得ている。未だ小鳥と云っても問題無い時分は肩に乗っても平気だったのだけれどね。
なにゆえ、男爵家の庭にこれほど大きく成る鳥の雛がいたのかは謎であり、マギーも今まで見たことは無かったと云う。
鳥の巣? ああ、マギーが不審に思って確認した時には、最早蛻の殻、巣立っていたよ。
そんなメルペイクへは偶にチェロルがくっ付いているか、ティロットと格闘しているか、まあいつもの風景となりつつある。
「リーシャ様、先頭の集団が見え始めましたよ」
真っ直ぐと延びた通りの先には、全てが点としか認識できないのにマギーはそう口にする。
「ええ、本当ですね」
そして、リーシャは然も当然と言わんばかりに肯定する。
「えー、あんな遠いのに……って二人とも【遠見】の御業持ってるじゃない! 良いなー」
「ベイミィの【長寿】の御業だってだって、ある程度成長してからは余り歳を取らないんだって、お母様が“羨ましいわ”って仰ってたんだよ!」
あの人見知りの激しかったチェロルも、突っ込みを入れられるほどすっかり打ち解けている。ただ母親のぼやきをばらすのはどうかと思われるのだけれど。
おや、なぜかいつも活発なティロット嬢がやけに大人しい。だが目はぎらぎらと真剣だ。
どうやら通りの奥からこちらへと向かいつつある騎士団の行進を、鼻息荒く今か今かと待ち侘びている様子であった。
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総論から云えば騎士団の行進は荘厳だった。
伝統的な衣装と曲、それに合わせて揃った行進は規律正しく美しい。
堂堂とした立ち振る舞いは威厳すら感じる。
きらびやかでは無いけれども己に確かなものを持つ威風堂堂とした出で立ちが、子どもたちには美しくも恰好良く思えた。
そんな雰囲気に飲まれ恍惚としていた子供たちの前を、なぜか馬を付けていない摩訶不思議な乗り物が通り掛かったのだ。
そう、それは子どもたちの持つ理解の範疇を軽く超えていた。
馬や従魔が曳かない乗りもの、一体なんなのだそれはと。ただでさえ騎士団の行進を憧憬の念で眺めていたところにこれである。
事態をそう簡単に呑み込めるはずがない。
「あれはタリス皇女殿下が御乗り遊ばす魔動車ですね」
マギーの説明を聴きながら驚きだらけな件の魔動車とやらに開いている窓を見遣れば、そこにはリーシャと同い年ぐらいと思われる女の子の乗る御姿がある。
その瞳は翠玉色で髪は薄い金髪、いや白金色と云うべきか、そんな子が外の様子をぼんやり眺めているのだ。
「あの子は?」
リーシャの口からそんな言葉がぽつりと零れた。
「あの御方はタリス皇女殿下の第一女子、アリア殿下であらせられますね。確か御歳はリーシャ様と同い年になるかと」
「綺麗な御方ですわぁ」
「うん!」
綺麗なもの好きのベイミィも頬っぺに手を当てうっとりとし、チェロルが元気に相槌を打つ。
リーシャは魔動車にも況して驚いていた。この世にあんな綺麗な御方が居るなんてと。
勿論、リーシャはベイミィやチェロル、ティロット、マギー皆綺麗だと思っている。
だけど比べるなんて烏滸がましい、そう思ってしまうほどに美しく見えた。
「騎士様たちかっこいい」
皆が魔動車やそれに搭乗なされておられた御方に驚いている時、ただ一人だけ違う感想を漏らした。
いや、皆も騎士様たちが恰好良いとは感じているけれども、今は魔動車が明らかに目立って前を通り過ぎただろうと。
やはりティロットはどこまでも自然体のようで、自身から突き動かされる欲求には逆らわない。つまりは素直である。
「私騎士になるっ!」
それは第二騎士団の歓待行進が全て通り過ぎてから放たれた、ティロットの発言であった。
今までの様子から見ても以前から憧れていたのは確かだろう。
それが今回の歓待行進ですっかり気持ちに火が付いたようで、先ほどにも況して「ふすーん」と鼻息が荒くなっている。
リーシャはそんなティロットの真剣な言葉に感化されたのかも知れない。
「――私も騎士になってあの子のような御方に仕えたい――」
そんな思いが心を過ぎったという。
この時からティロットとリーシャは真剣に騎士を目指すようになったのだろう。
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「はあ、剣技を教えてほしいのですか……。私は【武技】しか使えませんからねぇ。ううん、判りました、奥様に相談してみます」
いや、侍女のマギーさんが【武技】を使えるって……、しかも言い切っていることから嗜む程度とかでは無く御業にまで昇華し得たのだと物語る。
そもそも事の発端はティロットが剣技を習いたい、そう歓待行進の興奮覚めやらぬうちに言い出したからだ。
そして、リーシャもそれに便乗する形でお願いしてみたのである。
ただ、リーシャは「私は武技でも良いよ」と言ったのだけれど、折角の前向きなお願い事だからと伝を当たってみることとなった。
そう、可哀想にベイミィとチェロルはティロットたちに巻き込まれたのである。
二人は将来のことなんて一切考えていなかった。
なんとなく親と同じ文官の道を目指すぐらいは、数年後に考えることをしたかも知れない。
まあ、今の2人にはそれも解っていないのだけれど。
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剣技を教えると云っても四人は歴とした貴族令嬢である。
男性の武官を連れてくる訳にもいかない。
やってきたのは四十過ぎぐらいだろうか、黒髪を肩ぐらいでばっさり切り揃え動きやすい軽装の出で立ちをした凛凛しい女性だった。
「初めましてお嬢様方、私はマリオン・タイラスト。子爵位ですが普段はマリオン先生とお呼びいただければ嬉しいかな。私は【剣技】と【武技】を使えます。お嬢様方に似合った技を教えていきましょう」
マリオン・タイラスト子爵、タリス皇女殿下の元近衛騎士団所属で、殿下が旧ルトアニア王国へと嫁ぐまで近衛として務めていたそうだ。
って誰だよ! そんな大物呼んできた奴は。 というか派閥が違うだろう、と突っ込みたくなる事案である。
ああ、それと誰しも技を御業まで昇華できるとは限らない。だからこそ技の後天御業を授かっていることは、努力の証であり社会的に大きな価値を持つ。
技を教えると聴いていの一番に御業持ちであることを考えるマギーがずれているのか、それともリーシャたちへ最高の環境を用意して教育をしたいと当たり前に考えてしまうものなのか。
そうそう、タリス大公殿下の周囲はルトアニアの近衛騎士団で固められていたはずである。
若しかしたらティロットは、第二騎士団と掛け離れた資質を備える近衛騎士たちに気付いての発言だったのかも知れない。
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修正記録 2018-03-26 08:53
進路に面したお屋敷に → その進路に面したお屋敷の方へと
思える → 思われる
姿 → 御姿
やってきたは40 → やってきたのは四十
切りそろえ → 切り揃え