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幸福の絶対量

作者: 日和砂 帝華

昔から、絵本を読むのが好きだった。



中でも一番好きな話は、ガラスの靴を落としても走る、あの話だった。



そしてその頃、小学生低学年から中学年の私には、灰被り(シンデレラ)がお似合いだと思っていた。


幸せからどん底に落ちた灰被り(シンデレラ)。



私にも、姉妹は一人もいなかったけれど、最悪な継母なら一人いた。



決定的に違うのは、幸福から始まるかそうでないかの差でしかない、と割と本気で思っていた。



『物語の始まり』

 昔、この世界は私にとって生きずらい場所であった。


 貧乏くさくて、オドオドしてて、どんくさかった私の周りには鼠の一匹すらいなかった。


 もしもここにカースト制度があるのなら、真っ先に下まで落ちる。そんな存在。

 


 家に帰っても飲んだくれた父親と、ひどく香水くさい継母しかいない。


 吐き気がする程嫌いな家族は、今日も一言も喋らない。


 そんな、馬鹿みたいにくだらない日々。





 そんな中、魔法使いに出会った。



 かぼちゃの馬車も、鼠の馬もないけれど、私にとっての魔法使いは、私に魔法をかけてくれた。

 


 たった、なんでもない一言で。



「お前、不器用なんだな。」



 家に帰りたくない一心で留まり続けたオレンジ色の公園。


 成り行きで砂の城を作っていた時に、隣に立った丸刈りの男の子に呟かれた言葉だった。


 きっと、本当は砂の城のことを言っていたのだと思う。でも、その時の私は、それまでの人生そのものを想像した。


 同じくらいの背丈をした子にもわかる、この世界で生ききれていない私。



 それに気づき、感じた瞬間から、私は確かに魔法にかかっていた。



 そして私は変わったのだ。



 小学生だからといって、テキトーで野暮ったい服を着ていてはいけない。


 誰かと話す時はちゃんと顔の方を見てはっきり話す。


 学校のカースト制度を理解しておかなくてはならない。


 家の事情など見た目だけではわからない。



 少し外見、外面が変わっただけで、面白いくらい生活が変わった。


 不幸を押しのけて進む。


 しっかりとした外面は不幸な素性なんて簡単に覆い隠してくれるのだと幼いながらに私は理解した。



 いつしか私は、家庭に事情なんて無さそうな、普通に明るい女の子になった。





 普通の女の子になって、それなりに気の合う友達をつくり、それなりに生きやすくなった毎日を過ごす私にも、彼氏という存在ができた。


 中学二年生のこと。


 

 正直、彼氏がどうこう、付き合うことがどうのこうのと考えたことはなかった。


 私はそれなりに生きていけたら満足だったから、いなくてもいいと思っていた。


 最終的に付き合った理由は、最近仲のいい友達に彼氏という存在ができていたから。話を合わせることができると思ったから。それだけだった。



 始まりは最低すぎたけれど、私達はそこそこに仲良くやっていけていた。



 たまに一緒に帰って。


 彼は野球部に入っていたから、その試合もたまに見に行って。


 お互いの家でのんびり喋ったり、勉強したりして。


 五分刈りくらいの彼の頭をぼんやり眺めて笑ったりもした。



 これが恋人同士のそれかはわからなかったが、そばに居ることは別に苦痛ではなかった。



 

 出張で父が飛んでいる間に、継母が家に男を連れ込むようになった。


 今までも十分に酷かった家が、更に汚くなった。


 そんな家に帰りたくないという理由で、私は彼によく会いに行った。



 中学三年生の頃だ。


 私は初めて誰かのいる空間で怒鳴った。そして泣いた。


 彼は何も言わずに傍にいてくれた。



 彼の背中でわんわんと泣く中、彼はぽつりと「今から幸せになればいいんじゃないか。」と呟いた。



 どこかで聞いた響きに似ていた。


 あの時の丸刈りの彼と、目の前の彼が同一人物ならいいのに、と泣きつかれた頭でただ漠然と考えた。





 私は彼を好きになった。


 今までみたいな生温い友情の延長ではなく、本気で彼に恋をした。


 彼さえいればそれでいいとさえ思う程だった。



 彼がどう思っているかなんて想像すらつかないが、きっと私の気持ちの変化なんて気づいてないだろうなと思ったから、大声で大好きだと叫んでやった。


 ちゃっかり同じ高校での、一年目の夏。


 表情の変わりにくい彼の赤面を、私はにやにやしながら目の裏に焼き付けた。




 なかなかに楽しい毎日を過ごす中、私達は高校三年生になった。


 人生の分岐点。


 流石に同じ大学に進むのは、やりたいことが違いすぎて無理だなと悟った私は、また違う道を目指すことにした。


 彼は大学でも野球を続けて、プロの選手になりたいのだと打ち明けてくれていた。


「そう言えば、野球選手って女子アナとの結婚率高いんだってね。」


 なんておちゃらけた風に笑いながら私はアナウンサーを目指すと彼に伝えた。



本当は少しでも彼を取られないようにする為の愚かな策でもあった。


 流石の私でも、それがバレるのは不味過ぎるとおもったから、憧れているだの何だの言った気はするが、根底には彼しかいなかった。



「私が女子アナになったら噂されるぐらいになろうね。その為に頑張ってプロの選手になってね。」と、分かりにくい応援をすれば、



 彼は呆れたように「なんだそれ。」と言って優しく笑った。



 

 私はこの世界が好きになった。


 それはきっと彼がいたからで、私が魔法にかかれたからで、不幸を押しのけて進むことが可能になったからだと思うのだ。


 なんだ。案外簡単で素敵な世界じゃないか、と私は思っていた。



 だから、高三の終わりに寂しくなるねと感傷に浸れたし、嫌なことも偶には忘れることができた。


 最近、家には誰もいないことが多かったから、私は安堵し家に帰ることすらできた。


 幸せな人生だと思っていた。




 そして私は忘れていたのだ。



 あの物語の続きを。


 魔法をかけてもらったことを。


 この世界に幸せの量はそれほど多くないことを。


 ……いつまでも続く幸せなんてないことを。



 

 

 私は走っていた。買い物に付き合ってもらったときにちゃっかり買ってもらってしまった白黒のスニーカーで。

 彼の履いているスニーカーに似ていたから、私はとても嬉しかった。


 ちょうどその日は彼の家から帰るところで、何となく気分の良かった私は何も考えずに緩く走っていた。




 そこで、私は交通事故にあう。



 白黒のスニーカーを片方だけ置き去りにして。

 



 彼はきっと不運な事故だったと思うだろう。


 でもそうじゃない。


 これは今までに押しのけてきた不幸たちだ。



 この世の中に幸せの量は限られている。

 人生塞翁が馬。幸せの次は不幸せが来る筈なのに、私はそれさえ押しのけて。

 降りかかるはずの不幸がどんどん、どんどん積み上がる。



 私の視界を奪うほど高く積み上がったそれに、私はようやく気がついたのだ。



 明らかにおかしい速度の車が近づいてくる。



(彼なら置き去りの靴を拾ってくれるだろうか?)




 最期に見たのは、割れ落ちたサイドミラーに写る、ただの血まみれた灰被りだった。











 初めて顔と名前を一致させたのが中学に入ってから。



 随分と器用に生きていたあいつに、告白して付き合ったのが中二のいつか。



 何となく、漠然と幸せになって欲しい。幸せにしなくては、と心に刻んだのが中三の受験シーズン手前。




 どうやら、心境の変化とやらがあったようで、馬鹿みたいにでかい声で大好きだと告りなおされたのが高一の夏。



 女子アナになって噂されるのだと妙に息巻いていたあいつに、これはこいつの為にもプロになって甘やかしてやらないとな、なんて考えたのが高三になってからのこと。



 こうやって一緒に帰れるのも、もう少しだなと感傷に浸ったのがたった二、三日前のこと。



 これから先も、二人寄り添って歩いていこうと決意したのが、ついさっきのように感じる。




「おいおい、忘れ物だぜシンデレラ。使い古したスニーカーが泣いてるぞ。


……もう捨てるのか、ってな。」



 一緒に買い物に行った時に買ってやった白黒のスニーカー。

 所々擦り切れて、でも大切に扱われてるのがよく分かるそれの片割れをそっと目の前に置いてやる。



「婆さんになるまで履き続けてやるって大見得切ったのはどこの誰だったかな。

 まったく、やっぱ不器用なお嬢さんだ。」



 胸に抱えたシオンが風に揺られる。



「……憧れの女子アナウンサーになって俺と噂になるんじゃ、なかったのかよ……。」



 

  20△□年 〇月 ✕日

 

  死因は不運な交通事故だった。



 


  「ばっかやろー……」



シオン : 追憶、君を忘れない、symbol of love



テーマ : シンデレラ

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