閻魔大王、剣士に苦戦する
ザシュッ
「!ほぅ」
ここは地獄。
死んだ者達がやり切れず、残った魂が集う場所。
「なるほど、強いな。我が血を流すとは、久しい」
死者という敗北者。しかし、散ってやってきた命には強き者もいる。敗北を知って辿り着く強さもあろう。
「次は、腕を斬る」
「生意気な。この”閻魔大王”、トームル・ベイを甘く見るか」
この地獄の最強。”閻魔大王”、トームル・ベイは、久しい強者と出会った。
名もなき剣士であったが、腕前は骨となっても衰えず。ベイの皮膚を切り開いた。身の丈並の大剣を、一閃で切り込む。ベイの反応が若干遅く、斬撃を浴びた形。
剣の間合いに踏み込めば、リーチの差も相まって斬られる。ベイが致命傷になっていないのは、間合いからすぐに離れたからだ。
「面白い」
飛び道具や魔法。”閻魔大王”であれば、その程度の小細工にして、遣り繰り。できる事であったが、それは強さとやや非なるもの。相手の得意分野とあえてぶつかり、己の強さを知らしめるのも、最強という者が放つカリスマであろう。
地獄の”最強”に君臨して、もう100年以上。
格の違いは生温い。最強と、そうでない強さの差。それを見せつけるか如く、ベイが剣士にやった行為は
「勉強するといい」
一瞬の条件反射が、超人的な動きを可能とするに感じた。
剣の間合い。3m近い体躯を持つベイを斬るには4m~6mほど、剣士にはそのリーチ差を埋められるものがあった。
素早い動きで懐に入るのか、あるいは……。
そういった駆け引きをするしないの、行動はなく。ベイは剣士に対して、向かっていく。
「!」
鈍い踏み込み。間合いにベイが入った瞬間に、剣士の斬撃は始まる。
剣士の能力、”先攻”は、間合いに入った存在と対峙した場合、必ず一撃目を当てられるというもの。
その一撃目は何になるかは不明。とにもかくにも、目にも留まらぬ剣技でベイの体を斬る。
「一撃必殺を狙うなら、心臓、頭、首」
「!」
だが、斬られたのは服の部分のみ。間一髪に思えるが、両者の差を明確に表しているのは、次の行動であろう。
「が、一斬必殺に囚われ、予測がつく。2つ、3つ」
緩急を混ぜた特殊な歩法は、間合いを誤認させた。剣士の一撃は外しただけでなく、その態勢は
「くっ」
「そして、これは先に覚えておくといい」
ベイの繰り出す拳を確実に回避できるものでも、防ぐこともできない。
「一撃必殺とは、自分自身も一撃必殺をされるリスクがあるということ。確かに強い者を殺す手段としては有効な賭けであるが、逆もしかり。弱い者にも負けることもあるのだ」
「!…………?」
ベイが講演し、実演してみせたこと。ハッキリとした事実に驚く剣士であり、ベイ自身が公言したというのに、その拳は剣士の手前で止まった。
「そう気を早く考えるな。お前の努力がいかに無駄であったか、より伝えてから葬ろうとしていてな」
「なめるな……!」
ベイの悪いところは実践しながら、伝えてしまうことである。拳を止めたが、身体を進めて密着状態に近い接近をした。
「剣士とは1対1に向いている戦士に思われているが、我はそう思っておらん。通常、剣の間合いは最低1m。最大10~15mといったところか。迂闊に間合いを縮められんと思われるが、我のように零距離から、数百キロ程度の攻撃射程を持つ者にとってはどの間合いであろうと関係はない」
本人的には優しめに剣士を突き飛ばしたが、結構吹っ飛んでしまう剣士。
「間合いを詰め過ぎて、相手に切り込む貴様はたった数コンマ、1歩程度の踏み込みで剣士に適した間合いを外してしまう。対策として、短刀を備えると良いだろう。お前の剣は密着状態では使えない」
「くっ……」
「さて、次はお前の間合いで伝えてやろう」
「貴様っ!!」
侮辱、侮辱。剣士が我を忘れるほどの怒りで、剣を振り上げて、間合いを詰め寄ったことか。
メギイィッ
今度の伝え方は通常を超えた痛みによるもの。超スピードの”先攻”に対して、ベイはカウンターを叩き込んでみせた。
「ぐはあっ!?あっ……」
「お前の能力が分かれば、カウンターも容易い。すでに4,5回見た」
決して、ベイが相手より速いというわけではない。情報と予測によっての回避や防御をした彼にとっては、次にカウンターを叩き込むなど難しいことではない。
「別に知っていたとかでなくだ。貴様はあまりにも攻撃に意識が走っている。臆病なほど、早く決着をつけたがる。自分は勝っても、負けてもいいという。そんな思考、意識が貴様自身を腐らせている。その超スピードは間合いを自在に調整できるよう制御すれば、戦術が広がるだろう」
初撃で回避も、防御も、カウンターも難しいだろうが。一度分かってしまうと、もう終わりという事実。より強くなるためのアドバイスまでも送り、
「さて、最後の実演にしよう。色々まだあったけど」
「くっ、この。閻魔大王……トームル・ベイ!!絶対に斬ってやる!」
そして、ベイからすれば。これこそが最大の弱点と見ている。今度はカウンターとかでもなく、より明確なラインを描く。
”今”出せる全力の踏み込み、最速の斬り込み。
「ふむ、やはりな」
あろうことか。ベイは剣士の右腕を掴み取り、攻撃を防いでみせた。相手の腕を掴んでの防御の仕方は、ベイの技量よりも伝えていることは、
「持久力、体力不足、本物の長期戦の経験が足りておらぬ。実践、戦場で生き抜くにはまだまだ力が足りなかったな。ま、もう要らんだろうが」
◇ ◇
「閻魔大王様!お戻りになられましたか!」
「少し愚かな剣士と、遊んでいたところだ」
剣士との一戦を終え、みんなの元へ戻ってきたベイ。
「!やや、なんですか!そのお傷は!?斬られた痕が」
「これか。まぁ、なんだ。火遊びの痕と言うか……」
「まさか、閻魔大王様が剣士に苦戦したと!?戻る時間がやや遅かったですか」
「いや、遊んでいた。その時の傷だが」
「しかし、あなた様の実力者が遊びで負傷するとは!油断とかはなかったのですか!?」
「…………」
部下の献身的な言葉なのだろうが、敵を相手に講演と実演をしているのだ。その言葉は、真実と言えよう。
「それはないな、真剣に遊んだ。我もまだまだということ」
「こ、こ、これは大変!皆、一大事だーー!閻魔大王様がお怪我されるほどの剣士がおられたそうだぞー」
「いい加減黙らんと、お前も痛めつけるぞ」