レタスに願いを
台所のシンクで、夕食用のレタスをちぎっていた。
家族がサラダを好むので、いつもレタスは多くちぎるけど、今日はさらに多量にちぎる。今日の私はレタス以外受け付けそうもないから。
叶わない想いだと知っていたけど、好きになってしまったあの人。とても格好良くて、優しくて、「可愛いよ」と囁いてくれる言葉が嬉しくて。
「好き」
困らせるかな、と思ったけど、気づいたら口から出ていた。彼はにっこり笑っていつも通り「可愛いよ」と返してくれた。
今までの私はおよそ「可愛い」などという表現は無縁で過ごしてきた。だから、つい舞い上がって彼を好きになってしまった。不釣り合いだとわかっていても。
でも──彼は私に他の人を好きになるよう勧める。切ない気持ちを押し殺しながら、それを躱していたけれど──。
「好き」
「可愛いよ」
「行くところがあるの」
「いい出会いがあるといいね」
お互いの心の中は平行線のまま、やがて私は根負けした。
「失恋だってわかっていたけど──。ちゃんとこれから、私に似合いの人を探します。最後に言わせて。あなたが大好きです」
「──ありがとう」
涙は出なかったけど、胸に大きな穴があいたような気がした。人生で何回目かの失恋は、やっぱり悲しみの感情に慣れることができなくて。空虚な気持ちを抱えたまま、視線を手元のレタスに落とす。
瑞々しい葉から流れた水分が、私の渇いた心をほんの少し癒やしてくれた。
「それしか食べないの?」
「うん、今日はレタスだけでいいの」
家族に問われて、取り皿のレタスを眺めながら答える。ドレッシングもかけないで、無心にレタスを食べていると、失恋が嘘のように思えた。でも──嘘じゃないから、内心で泣きながら、水気を多く含んだレタスを口にする。
レタスの水分が、私の傷心を洗い流してくれるように願った。レタスさん、どうか私を元気づけて、見守っていて──。
彼とは違う声で、どこかから「可愛い」と聞こえてきたのは幻ではないはずだ。