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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使のいる煉獄

条件

「ようこそ、諸君」


 ほの暗く、頼りない灯りたちが照らす中、重々しい男性の声が、静かに響き渡った。この声は俺たちを統括している、責任者のものらしい。直接会ったことはない。

 俺は集められた面子を振り返る。数は百名ほどといったところか。目、顔、体つき。どれを見ても、一癖も二癖もありそうな奴らばかりだ。


「この一年間、諸君らの働きは見せてもらった。ある者は夢の中で失恋の記憶を抉り出し、両想いのカップルを破局させた。また、ある者はトラックの運転手にめまいを起こさせ、多数の歩行者を事故に巻き込んだ。そして、ある者は大会社の社長に、将来への不安を四六時中抱かせて病気を呼び込み、経営に混乱を引き起こした」


 男性の声は、俺たちの悪事を、よどみなく読み上げていく。


「被害の大小は問わない。諸君らの働き、正に『悪魔』と呼ぶにふさわしい。よって、ここに最終試験を出す。ただ一人の合格者に、諸君らのかねてよりの願い、『生身の肉体』を授けよう」


「おお」と歓声が上がった。

 俺たち「悪魔」と呼ばれるものは、普通の人々の目には映らず、声も聞こえない存在だ。いくら活躍しても、その功績は、実際に体を持つ、脳みそだとか犯人だとか病原体だとかに持っていかれてしまう。手柄を横取りされた感が拭えない。

 そのため、直接手を下し、名を知らしめることができるようになる生身の肉体は、悪魔たちの中でもかなりの人気を誇っている。


「さっそく準備をしよう」


 ふっと灯りが消された。あたりは闇に包まれたが、悪魔は夜目がきく。かえって、先ほどよりも鮮やかに景色が見えた。

 俺たちの左右と背後、やや上空にはしめ縄が結われている。人間の感覚で例えるなら、電気を流した有刺鉄線が張り巡らされている、といったところか。前進する以外に道はない。そして目の前には急な石の階段がある。終わりが見えないほど長い。


「ルールは簡単。その階段を上った先に、屋台がある。そこの『りんごあめ』を食すだけだ。先ほども言ったように合格者は一名のみ。必然的に競争となる。敗れた者は再び使い走りに戻ってもらおう。肉体を得るにふさわしい姿を見せるがいい。スタートだ」


 淡々と開始が告げられた。

 俺は背中についた翼を広げようとする。鳥よりも早く飛び、ロケットもかくやという急上昇を可能とする自慢の翼だ。こいつで上空のしめ縄ぎりぎりを滑空して一気にけりをつける。

 しかし、「させん」と野太い声が上がり、俺にのしかかってきた奴がいた。

 声の主は顔なじみの悪魔。腕っぷしが強く、今まで多くの船や電車を転覆、脱線させてきた猛者だ。俺の能力はすでに警戒されていたのだろう。


 あちらこちらで乱闘が始まった。俺のように翼を持つ者はあらかたマークされ、飛ぶことを防がれた。力のある者でも、背後からの攻撃にダウンする者多数。戦いをすり抜けて階段を上がろうとしても、さすがに悪魔の目はあざむけず、同じ考えを持つ奴ら同士で、足の引っ張り合いになる。

 俺の場合は運がなかった。奴ともみ合っているうちに、俺たちを踏み台にして次々と後発の悪魔が階段に飛びついていったのだ。そのうえ、奴にしこたま殴られて、とうとう俺はのびてしまった。

 悪魔ゆえ、死にはしない。だが意識が飛んでしまったのは確か。

 気がついた時には、俺一人、階段下に転がっていた。翼は根元からもぎ取られて、残っていない。体力も限界。今の状態ではそんじょそこらの人間にも勝てそうになかった。


 負けた。次のチャンスとそれまでの積み重ねを考えると憂鬱になるが、それでもあきらめきれず、俺は目の前の階段を上り始める。一段一段が辛い。常日頃、あるいは飛び越し、あるいは駆け上がっていた階段が、これほど身体にこたえるとは。

 もう、やめようかとも思った。しかし、左右と上にはしめ縄。後ろにはまた無数の階段。戻るのに今までの苦痛がまた必要となると、自然と足は前を向く。顔を上げるのも辛く、うつむきながら、とぼとぼ上がった。


 どれくらい上っただろうか。いつの間にか階段が終わっていた。整った石畳。十歩ほど前方には屋台が見える。その屋根に吊るした提灯は灯りが灯っていない。消耗しているためか、初めは鮮明に見えた暗闇の世界も、今はぼんやりとしかわからなかった。

 他の連中はどうしたのだろう。俺はなんとなくそんなことを考えながら、すがるようによろよろと屋台に近づいていった。


「ようやく来たか」


 屋台ごしに立つおぼろげな人影から発せられた声は、先ほど俺たちの悪事を読み上げ、戦いの火ぶたを切った、あの男性のものだった。やや沈黙があってから


「おい、これからもう一つ試験がある、と言ったらどうする」


 俺は黙って首を横に振った。もう試験などどうでもいい。


「……よし、いいだろう。食え」


 屋台の人影はその白い腕を差し出してきた。その手には一口大のりんごあめが握られている。俺はわけがわからず、人影とりんごあめを交互に見比べた。


「誰が速さを競えと言った。誰が力を示せと言った。俺はふさわしい『姿』を見せろと言ったんだ。どいつもこいつも先を急ぎ、他をかえりみぬ奴ばかり。そこにいくとお前の今の姿こそがふさわしい」


 人影はどこかうれしそうだった。


「翼はもがれ、地に堕ちた。力は奪われ、無に等しい。目は疲れ、闇が辛かろう。だから、今日がお前の誕生日だ」


 ずい、とりんごあめがもう一度差し出された。鼻をつく甘ったるさが、俺の鼻をくすぐり、どうしようもなく心を揺さぶる。その本能のままに俺はりんごあめに手を伸ばし、むしゃぶりついた。


 次の瞬間、屋台の提灯に灯が入れられた。先ほどは頼りなく見えた灯りが、今はとても暖かく、すり寄りたい気持ちさえ沸かせてくれる。

 灯りは人影の容姿を、ほのかに照らし出した。烏帽子、狩衣、袴、それは神社の神主のものだと判断できた。


「さあ、今年ももう終わる。好きなだけ、りんごあめを食べるがいい。そして、新年を迎えよう」


 神主は屋台の台の上に、りんごあめを並べていく。およそ百本はあるだろうか。遠くから祭囃子の笛太鼓が聞こえてきた。


「108の煩悩がここに集まった。除夜の鐘のはじまりだ」


 ゴーン、と身体が震えるような、釣り鐘の声が聞こえると、心の中につかえていた何かが、すっと消えていった。

 そして俺は湧き上がる食欲を、ゆっくりと目の前のりんごあめにぶつけ始めたのだった。

(了)


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― 新着の感想 ―
[一言] これは……最後人間になったということでよろしいのでしょうか? 翼と力を奪われた悪魔=人間と。おもしろい。
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