真夜中のタクシー
真夜中、駅のロータリーで客待ちをしていたタクシーに一人の若い女性が乗り込んだ。運転手は女性に行き先を尋ね、女性は今にも消えいりそうな、か細い声で目的地を告げた。
「…郊外の森下マンションまでお願いします」
「森下マンションですね、かしこまりました」
タクシーは目的地に向け、ゆっくりと走り出す。
運転手の女性に対する第一印象は「気味の悪い客」だったが、それでも客である事に変わりはない。
運転手は何気ない話題を女性にふった。
「お客さん、こんな遅くまでお仕事ですか? 大変ですね」
「…」
女性から返事はない。
「先程乗せたサラリーマンのお客さんがえらく酔っぱらっていて…」
「…」
バックミラーに映る女性は黙ってうつむいており、疲れて寝ているのか、答える気がないのか様子を伺い知る事が出来ず、運転手はそれ以上声をかけるのをやめた。
車通りの少ない深夜の道をタクシーは進み、前方から流れてきたいくつもの街灯の光が一瞬車内を照らしては後方へと消えていった…。
いつの間にか眠ってしまっていた女性は、タクシーが停車しているのに気づき、運転手に言った。
「ごめんなさい、寝てしまって…。おいくらかしら」
しかし、運転手から返答はない。
「運転手さん?」
女性は不審に思い、運転席に身を乗り出すと、そこに運転手の姿はなく、座席はビッショリと濡れていた。
女性はまたかといった様子で呟いた。
「私が乗るタクシーの運転手は何故か幽霊のように消えてしまう…。もうタクシーを利用するのはやめようかしら…」