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鬼に恋して  作者: 八神
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1.8:命の花

 その日も荻窪弘樹は学校に来ていた。

 2年の新学期に自分の好きな人間が自分と同じような目に合いそうになっていることを知った少年は、毎日彼の下駄箱をチェックし何も無いかを確認したり、体育や移動教室の時に残された彼の荷物に何かをいれられないかを見張っていた。

 初日の画鋲が八神士郎に何の効果も発揮しないことに苛立ちを感じたのか、徐々に犯人の動きはエスカレートしていった。周りの人間から見られて困るような雑誌を入れたり、物を盗んだり、時には事故になりそうな罠をかけたりもしていた。その全てを弘樹は苛められていた経験から全て解除し、物を盗り帰し不要物を回収していく。そのせいか最近ではほとんど悪戯を仕掛けられなくなっていた。

 諦めたのかそれとも別の手段を考えているのか。

 日課となってきた校内のパトロールを他の生徒が授業を受けている間に済ませた弘樹は、放課後に廊下を歩いている拓也を呼び止めた。始業式の日に弘樹が助けを求めて以来、彼女は弘樹が集めた情報を管理してくれるようになった。念には念をということらしい。弘樹の見立てではまだこちらの動きはばれていないように思うのだが。

 「先行ってて頂戴。執行部の仕事があるからそれを片付けてからいくわ。」

 それだけ言って彼女は忙しそうに走り去ってしまう。生徒会という役職はとても大変そうだった。よくオネエ口調の人間が生徒会役員になれたものだと拓也は思ったが、彼女が特別だからかもしれない。

 平林拓也は校内でも有名な少年である。素ではお姉口調なのにもかかわらず人付き合いがうまいせいか苛められることが無い。みんな半分冗談だとでも思っているのだろう。それともテレビの中のオネエキャラが定着してきているおかげで嫌悪感を感じないのだろうか。

 そんなことを考えながら美術室へと向かおうとした弘樹はふと足を止めた。

 見られている。

 そんな感じがしたのだ。

 鈴木桂との対話以降校内で弘樹が苛められることは無くなった。しかし数年苛められていたという経験が弘樹の神経を過敏にさせる。しかしこれは今まで感じていた敵意や嫌悪といった感覚では無い。もっと鋭利で冷たい感覚だった。

 背筋に冷たいものを感じ角を曲がることで今歩いてきた廊下を盗み見る。そして弘樹は驚いて角の先にある中央階段を駆け降りた。

 拓也から話に聞いていた少女が弘樹の後をついてきていたのだ。

 その瞬間はっきりと拓也は理解した。士郎を諦めたのではない矛先を自分に向けたのだと。

 「どこへ逃げるつもりのかな。」

 階段を下りた先は玄関だ。そこから靴に履き替えほとぼりが冷めた跡にまた学校に戻ってこよう。そう思っていた。

 「どうやって先回りを。」

 弘樹が呆然と少女を見る。彼女はまだ上の階にいるはずだ。窓の上から飛び降りるくらいしなくては先回りできるはずが無い。少女が何か言葉を発する前に回れ右をする。一目散に逃げようとする拓也の肩を彼女は一瞬で間合いを詰めて掴んだ。

 「ちょっと顔を貸してくれないかしら。」

 少女が耳元で囁く。吐息が鼻についた。何だこの匂いは。香水で隠してはいるが魚を解剖した時のような生臭い血の匂いが漂ってくる。逃げ切れない。この少女からは逃げ切れないと少年は感じた。

 諦めて少女の後についていくと少女は階段をどんどん登っていく。何をされるのだろうか。屋上についた時嫌な予感がしたが逃げられないのだから解放されるまでついて行くしか無い。

 「あなたどうして八神士郎を手助けしてるの。彼の友人なのかしら。それとも彼に頼まれた?」

 屋上についた後ようやくこちらを振り返った少女が詰問する。やはり拓也の読み通り、ばれていたようだ。

 「友人でも頼まれてもいない。おまえが手紙をいれるのを偶然見た俺は自分の意思で手助けをしている。」

 「私が手紙をいれたのを偶然見たですって。冗談はやめてよ。私が学校にいたのは朝の4時なのよ。」

 「冗談じゃないさ。俺も手紙をいれようとしてたからな。」

 「あんたもあいつに恨みでもあるの。それなら私と一緒に・・・。」

 「違う、俺は彼に恋文を渡そうとしただけだ。」

 そこまで言った時少女の顔から一切の表情が消えた。

 「そう、あなたも。あなたも変態さんだったの。」

 「待て、どうしてそうなる。別におまえらに迷惑をかけているわけじゃないだろ。あいつが同性愛者かは知らんけど、それだけで人を差別するのはやめろ。てめえが女ってだけで差別されたら嫌だろうが。」

 「迷惑をかけてない。笑わせないで。あいつのせいでお兄様は、お兄様は鬼道家に帰ってこない。せっかく鬼道家が本家になったというのに、どうしてなの。私はお兄様のためにこの手を血に染めているのに。」

 支離滅裂な言葉に拓也は混乱する。こいつはいったい士郎の何が気に食わないんだ。

 「手を血に染めるってどういうことだ。通り魔事件と関係がるのか。」

 適当なことを言って相手の注意を同性愛者から放す。何か弱みを見つけなければと思いつつも、ほとんど接点が無いためうまい言葉が見つからない。拓也が助けに来てくれれば状況が変わるかもしれない、そう思いポケットの中の携帯にそっと手を伸ばす。指だけの感覚を頼りに短縮の電話をかける。

 「あの事件もそうよ、鬼が。鬼がこの地をまた血に染めようとしている。しかし今回は誰も助からないわ。鬼道家も八神家ももうほとんどいないのだから。」

 「えっ。」

 少年から出たのは吐息のような声だった。体から血が飛び出たのがわかる。しかし何故血が出たのかがわからない。先ほど先回りされた時と同じだ。どういうわけか彼女は弘樹の動体視力より早く動くことができるのだ。

 霞む視界で少女が短刀の血糊を拭くのが見えた。

 「あら、こんなに血が出るなんて予想外だわ。自殺で片付けようと思ったのに。通り魔のせいにすれば大丈夫かしら。」

 助けを呼ぼうと地面を這いながら校内に向かおうとする弘樹の体は次の瞬間には空中に放り出されていた。少女が自分を投げたのだとわかった時には、弘樹は地面に激突し完全に意識が途絶えた。

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