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鬼に恋して  作者: 八神
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1.7:ある日の放課後

 高校2年になり数日がたった。

 力也の宿題の手伝いをしたことが幸いしてか、休み明けの実力テストではどの教科も士郎は上位十位内という好調な成績を収めることができた。告白してもいないのに振られるという恥ずかしい体験は、どうやら勉学には影響しなかったようである。

 手伝いをすることも無くなり放課後の時間が暇になった士郎は、拓也のいる美術部へと向かった。先日話をしていた通り魔について話を聞こうと思ったのだ。

 徐々に日が長くなっているせいか放課後になっても太陽は落ちない。明るくなれば犯罪もしにくいと思うのだが波際市周辺を徘徊している通り魔はまだ活動を続けている。

 校舎の別館にある木造の小屋が見えてきた。2階建てのその小屋が鳥居高校の美術室だった。中世の絵師でもいそうなアトリエの1階にある教室にノックをすると、しばらくした後に拓也が顔を出す。士郎の顔を見た拓也は驚いたようだった。

 「あら士郎ちゃん、いらっしゃい。来る時に弘樹見なかったかしら。」

 「弘樹?」

 士郎が尋ねると拓也はしまったという顔をした。他にも誰か来る予定だったのだろうか。弘樹という名前を頭の中で転がしてみるが顔が浮かばない。

 「気にしないで。さあ、入って入って。」

 部屋の中に入るとそこには拓也以外の美術部員はいなかった。

 「通り魔事件のせいよ。夜は暗くなる前に帰れって親から言われている子が多いみたいね。」

 士郎が疑問に思っていることに気がついたのか、それとなく拓也が呟いた。まだ描きかけの絵画が置かれている教室の中にスペースを作り、手頃な椅子に士郎は腰掛ける。

 「これおまえが書いたのか。」

 キャンパスの上に描かれた世界に士郎は眉を潜めた。その絵は赤と黒を主体とした阿鼻叫喚の地獄絵図だった。人が叫び声をあげ逃げ惑い角の生えた鬼のようなものに追われている。

 「や~ね。私のは隣。その絵を描いたのは新しく入学してきた新入生よ。き・・・じゃなかった。真美ちゃんって言う子なんだけど。顔は綺麗なのに心は病んでるみたいね。」

 相変わらずの毒舌に士郎は呆れるを通りこして可笑しくなった。ちらりと横においてある作品を見ると拓也の絵は小さな喫茶店が書かれていた。子供が楽しそうに周りを駆け回り。中のよさそうな夫婦が喫茶店を営んでいる。

 「ちょっとそんなにじっと見ないでよ。通り魔事件のこと聞きにきたんでしょ。」

 士郎が熱心に絵を見ているのに耐えられなくなったのか拓也は絵を片付けてしまう。

 幸せな家庭が俺たちにはあまりに遠く感じた。

 「それで通り魔はまだ捕まってないのか。」

 「ええ。被害にあった人は背中に大きな斬り傷があったんだけど。どういうわけか犯行に使われている凶器が特定できないんですって。警察やってる親父殿に聞いたから確かよん。」

 「斬り傷、凶器。案外この絵のような鬼が犯人だったりして。鬼の爪は鋭そうだ。」

 「ちょっとやめてよ。今時鬼だなんて。」

 「そうでも無いだろ。波際市で夏に行われている祭だって鬼を鎮める祭りだって富樫先生に聞いたぞ。」

 「角鎮めだったかしら。でもあの祭りはこの数年行われていないわよね。それが原因で鬼が現世に出てきた。非科学的ではあるけど筋は通ってるわね。」

 うんうんと頷き始める拓也に士郎は冷や汗をかいた。冗談で言ったつもりだったのにどうやら納得させてしまったようである。

 「あ、そういえば私も聞きたいことがあったんだ。」

 ふと思い出したように拓也が両の手を叩く。その仕草はほんとうに少女のようでこの少年のオカマ歴が長いことがわかる。士郎のように仲のよい人間の前では素の自分をさらけ出し、同性愛者を苦手な人間の前では身を引く。偽りの自分も楽しむことができている拓也が少し羨ましかった。

 「あんたりっきーとはどんな感じなの。うまくいってるのかしら。」

 「何を言い出すかと思えばそのことか。」

 先日の夜のことを思い出し士郎の顔が曇る。

 「親友から特に発展しそうにないな。」

 「おかしいわね。私の勘だとあんた達はくっつきそうなのに。」

 「オカマの勘か。それだけで妙に説得力あるから怖いな。」

 「今私はそうやってあなたを彼に告白するように誘導しているの。」

 「・・・本当に拒絶されるのが怖くてそんなことできない。」

 「士郎ちゃんったら以外にうぶなのね。」

 「うぶというよりもチキンなだけだな。」

 自嘲的に笑うと拓也がくすくすと笑い始めた。もしかしたら落ち込んでいたのが伝わっていて拓也なりに励まそうとしていたのかもしれない。本当に拓也は勘の鋭いところがある。

 「さて、そろそろ帰るよ。」

 「あら、もうそんな時間なの。まだ柔道部は終わる時間じゃないわよ。」

 「この時期は柔道の練習で忙しいからな。早く帰ってあいつの宿題を手伝ってやるくらいしかできることがないんだ。」

 「何ていうか健気よね。あんたもあいつも。」

 「あいつ?」

 「いや、こっちの話。気をつけて帰りなさいね。」

 「おまえもな。また明日。」

 挨拶を返した士郎は美術室を後にした。やはり同じ人間と話すと楽しい。ずいぶん長い間話をしてしまったようだ。日は落ち徐々に暗くなってきている。通り魔の件もあるため小走りで校舎の廊下を走り正面玄関へと向かう。下駄箱へつくと士郎はまた異変を感じた。

 また自分の下駄箱が開いているのだ。

 不思議に感じながらも周囲を見渡す。初日に登校したときは画鋲が落ちていた。自分がゲイだとは知られていないはずだし、交友関係も悪くは無い。というよりも力也と恵子以外の人間にはつかず離れずで付き合っているので、特に恨まれるほどの付き合いがあるものはいない。

 恐る恐る中を見ると下足以外はやはり何も入っていなかった。

 「おかしいな。」

 靴を履き換え玄関を出た士郎の隣に頭上から何かが落ちた。

 慌てて飛びのいた少年の視界が赤色に染まる。

 「え。」

 士郎はその光景が理解できなかった。あまりに非現実的な出来事に考えることを脳がシャットダウンしたのだろう。ここは学校だ。こんなこと起こるはずが無い。

 士郎の視線の先には血まみれになって倒れている学生の姿が映っていた。

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