1.6:涙
幼馴染の突然の挙動にあっけにとられ数秒時が止まったように力也は動けなかった。持っている荷物の重みを感じ我に返るとすぐさま士郎を追いかけたが、思っていたよりも幼馴染は足が速く追いつくことができない。
「また、泣かせちまったな。」
幼き日の記憶が蘇る。
力也の眠る病室のベッドに顔を預け今より幼い顔をした士郎が寝息をたてていた。自分の力の無さのせいでへまをしてしまい、危うく力也は死に掛ける所だった。
その少年の寝顔には涙の後が残っていた。
一族の誰もが力也を非難するなかで、ただ一人自分の身を本気で心配してくれた士郎に力也の心は揺り動かされた。
そして今また士郎の涙を見たときに感じた心の揺らぎを力也は理解できなかった。
何でこんなに苦しいのだろう。
自問自答をしてみるが答えはわからない。それどころか何故士郎が涙を流したのかも力也にはわからなかった。ただ一つわかることは、彼の泣き顔を見たくないという一点だけである。
士郎の荷物を届けに八神家へと足をのばした力也を富樫が迎えた。壁の門にもたれかかり妖艶な雰囲気をかもし出している教師に力也は身構える。学校で見せている表向きの顔では無い裏の顔。底冷えするような冷たい目は人の死に立ち会ったことのある人間が持つ瞳の色をしていた。
「鬼道家の跡取り息子が何しに来たのかしら。」
「荷物を届けに・・・それと、士郎と話がしたくて。」
「家の若様を泣かすなんていい度胸じゃない。悪いことは言わないから今日は帰りなさい。それでなくても私はあなた達がしたことを許せないの。」
「すいません。これお願いします。」
富樫の剣幕に圧倒された力也はそれ以上食い下がることができず買い物袋を渡し、八神家の屋敷に背を向けた。
「そういえば一ついい忘れていたことがあったわ。妹さん来ているみたいね。わざわざ本名で鳥居高校に入学していたけど。士郎をどうするつもりなのかしら。」
詳しく話を聞こうと振り返ると既に屋敷の中へと富樫は入っていた。取り残された力也は固く閉ざされた正門を厳しい顔で睨み付けた。
冗談にしては質が悪い。鬼道家には士郎に手を出すなときつく厳命しているはずだ。
嫌な予感がする。
もう一度屋敷を眺めた力也はため息をついてその場を離れた