4.4:誘い
「そういえば八神と力也ってデートはしたのかな。」
力也が退院してしばらく経った12月の中頃のことである。真剣な表情で恵子に尋ねてくる桂に恵子は思わず噴出してしまった。
「たぶんしてないと思うわよ。告白してからずっと力也は入院していたわけだし。それにしても以外ね。桂君が二人の心配をするなんて。」
佐藤さんの経営する『峠の茶屋』で二人はお茶をしていた。
「それ力也にも言われた。俺ってそんなに薄情な人間かな。」
少し寂しそうな顔で言われ恵子はすぐに言葉を取り繕う。
「桂君の場合は薄情と言うよりもcoolな感じかも。それにしてもデートかぁ。二人はどう進展して行くのかしらね。」
二人は今それどころじゃないというのは、恵子にはわかっていた。
迫り来る鬼、逃げ続ける荻窪夫妻。まだ一連の事件は終わっていないのだ。しかし彼氏であるこの青年はそのことを何も知らない。
波際市に住んでいながら鈴木桂は八神とも鬼道とも無縁の珍しい家系なのだ。
確か実家は商店街で肉屋を経営していると言っていた。もしこのまま付き合っていけばいずれ話をしなくてはならない時が来る。何か騙している様で恵子はそれが嫌だった。
「ちょっと気になるな。」
「気になるなら直接聞いてみれば?」
「俺に勝ったらなって言われて、また断られた。前回は好きな人を聞いた時だったんだが、今思い出しても悔しいな。来年の大会では絶対勝つ。」
「・・・来年はどんな生活を送っているのかしら。」
「ん、何か言ったか。」
「何でもないわ。ただの独り言。それよりも聞いてよ。良い案思いついちゃった。」
気になるならば直接二人の行動を見れば良い。
「ダブルデートなんてどうかしら。」
恵子の提案に桂が感心したように頷いた。
「さすが西村さん。頭が良いな。」
「ふふふ。もっと褒めてもいいのよ。」
笑みを浮かべながら携帯を取り出し八神君に連絡をいれる。
「もしもし八神です。」
「あ、八神君?突然だけどクリスマスの予定って空いてるかな。よかったら私と桂君と一緒にダブルデートをしない?」
「ダブルデートか。それも良い案だね。クリスマスはクリスマス会を俺の家でやろうと思っていたんだけど、よかったら来ない?」
八神君のしゃべる声に被せる様に力也の声が入る。よく聞き取れなかったがイブは駄目だと言っているのがかすかに聞こえた。
「イブは力也がエスコートしてくれるのね。それじゃあ邪魔したら悪いから桂君と一緒にクリスマス会にだけ参加させてもらおうかな。」
「よかった。25日のお昼からやろうと思っているんだ。ご馳走作って待ってるからね。」
電話越しの声だけで八神君の顔が溶けかけているのが目に浮かんでくる。その声はとても幸せそうでこちらまで嬉しくなった。
「せっかくだからちょっと相談いいかな。」
不意に八神君が声を落とした。
「よかったらイブまでにプレゼントを選ぶの手伝ってもらえないだろうか。プレゼントとかしたことが無いから何買えばいいかわからなくて。」
「もちろん。いつがいいかしら。」
「鳥居高校が冬休みに入るのが23日だからその日が放課後がいいな。」
「23日の放課後ね。了解しました。」
「それじゃあまた。」
電話をきった後桂にクリスマス会のことを話す。
「クリスマス会か。八神はちゃんと俺たちのことも考えてくれるんだな。クリスマスが楽しみだ。」
せめてクリスマスまでは鬼が来ませんように。
楽しそうに笑いかける青年を見て恵子はせつに願った。




