4.1:師走
衝撃的な学園祭から月日は流れ12月になった。
波際市は比較的標高が高い内陸にあるせいかよく雪が降る。
四方を取り囲んでいる山々の山頂は雪化粧を始め寒さも厳しくなってきた。朝の冷え込み対策に厚着をしてくる生徒たちもいたが、マフラーも手袋も真美には必要が無いものだった。
渡辺に車で送ってもらっているということもあったがそれだけでは無い。鬼の血のおかげで基礎代謝が普通の人間より高いため、寒さには強いのだ。
久しぶりにやってきた学校は別世界のようだった。
もうすっかり級友たちの中ではコミュニティーが出来上がり、休みがちな真美の入れる隙などほとんどなかった。ここは私の居場所では無いとあらためて実感する。それでも彼らのために真美は罪狩りを行うのだ。
それは何て空しいことなのだろう。お兄様はこのことに幼い頃から気づいてたんだ。
両親に従うことだけを考えていた自分は、親がいなくなって初めてそのことに気がついた。
授業があまりに退屈で、非現実的すぎて鬼道真美は窓の外をずっと眺めていた。既にアメリカの大学を卒業している真美は高校などに行く必要は無い。
それでも鬼道家という権力を使って高校に入ったのは、あの憎たらしい八神家の少年に復讐をするためか。それとも親がいなくなって寂しくなったのか。自分でもわからなくなっていた。
窓の外の雪の数を数えるという不毛な遊びを興じながら、学園祭でのできごとを真美は思い返した。情報操作によって灯炎祭のあの場所で行われた事は無かったことになったが、鳥居高校の生徒たちは銃に撃たれても死なない人間を見てしまった。
それにあの劇の内容。
意図的に鬼道家や八神家の情報を流しているとしか思えない。まるで両家の秘密を知らない子供達にそれを思い出させるように保護者達に訴えているようだった。
それはさすがに考えすぎだろうか。
父上と八神真治が頭首になった後、子供達には家業の話をしないという動きがでていた。
これはおかしな話である。
罪を犯せば人は鬼になる。今でも年間千件以上の殺人事件が起きているのだ。家業を継がせずにそれを放置したらどうなるか。町中鬼だらけになり、それこそB級ホラー映画のようになるだろう。
なら何故と自分に問いかける。
―父上と八神真治は鬼にならない方法を見つけていた。もしくは、鬼から人に戻すような何かを見つけてた。―
そう考えるとその動きは筋が通るものになる。
雪を数えるのをやめ、鞄から急いで報告書を取り出す。
富樫の忍が警視庁から持ち帰った情報によると、事件が起こる前日に八神夫妻は京都へ父上を呼び寄せていた。
事件があった場所は京都府宮津市。確か日本三景の一つがある所だ。
八神夫妻と京都の観光をしに、わざわざ家業でご多忙な父上が出向いたりしないだろう。いや、まさか兄上と同じように父上も八神真治に。既婚者なのにそんなはずは。落ち着け私。最近読み始めた小説のせいで何かおかしい方向に妄想が膨らんでしまっている。
脱線して並列になりかけた思考回路を直列に繋ぎあわす。
京都は神社や仏閣が多いと聞く。
もしかしたら京の住職様や神主様に鬼を祓う術を教わりに行っていたのかもしれない。
授業中なのにもかかわらず意気揚々と携帯を取り出し調べ物をしていた真美は、途中で携帯を机の上に放り投げた。
駄目だ多すぎる。そもそも私たちのご先祖様の鬼って何なのよ。鬼若って名前なのは知ってるけど。一般伝承では何て伝わっているのかしらん。
真美が頭を抱えていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あの鬼道さん。」
おずおずといった感じで自分に話しかけてきた少女の方に真美は頭を向けた。メガネに三つ網。教室の中だというのにマフラーをつけている。真美が視線を送るとびくりと肩を震わせ何故か泣きそうな表情をした。
「誰よあんた。」
その化け物を相手にするようなびくびくした態度に苛立ち。少し棘のあるいい方になってしまった。
「私は森田結っていいます。学校にいる鬼道さんの友人になるようお父さんから言われてきました。」
なるほどだからこんなにも怖がっているのね。
納得はいったが、渡辺は少し気を回しすぎだ。
「ごめんなさい。私、そういうのはいらないの。誰かに言われたから友人になるって友達の作り方として間違ってると思うわ。」
先ほどよりは優しく言ったつもりだったが結は目に涙を浮かべた。
「つまり森田家は取り潰しになるってことですか。」
どうしてそうなるのよ。
口には出さなかったが真美は心の中で結に突っ込みを入れた。
相当厳格な家庭なのだろう。本家には絶対服従とでも教えられているのかもしれない。
厳格な家庭か。もしかしたら鬼のことも知ってるのかしら。
ふとそんなことを思いためしに聞いてみることにした。遠巻きに二人のやり取りを見守っているクラスメイト達の視線もそろそろ痛い。泣かせでもしたらますます学校にいづらくなる。
「友達になってあげてもいいわ。その代わり一つ問題を解いて頂戴。」
「クイズですか。私クイズは得意です。」
「ほほう。なら答えてみよ。私の家のご先祖は鬼若と呼ばれているけど。世間一般では何て呼ばれているでしょう。」
自分はさも答えを知っているかのように真美は結に尋ねてみた。
「酒呑童子です。」
どうせわからないだろう。
そう思っていた真美の予想は裏切られ、あっさりと結は答えを出した。




