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鬼に恋して  作者: 八神
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3.8:灯炎祭

 まつりというのは本来は、神を祀ることを言うのだそうだ。

 収穫物への感謝。祖霊への祈り。自然への服従。

 日本は古くは祭政一致の体制だったために、政治のこともまつりごとなどと呼ぶ。

 では学校では何故祭りを行うのか士郎はふと考えた。

 先日授業で習った、柳田國男氏の「ハレとケ」の概念から考えると、少なくとも娯楽の意味を持たせることはできる。というよりも学園祭を娯楽以外の意味で見るものがいるだろうか。

 しかし物は考えようである。

 罪を祓うのに利用することはできないだろうか。

 父が考えていたのはこういうことなんじゃないかと思ったのだ。

 人を殺すことで罪を被るならどうすれば祓える。人々に払いを提供し幸福を提供する。それが負債を返済する糸口になるのではないか。

 ステージの天幕の裏に隠れながら士郎はぼんやりと考えた。緊張からか現実逃避を始めている自分がいる。駄目だ集中しないと。

 士郎が頬を叩くのと同時に開幕のブザーが鳴った。

 ざわざわと騒いでいた生徒たちの声が徐々に小さくなり、そのタイミングを見計らったように恵子がナレーションを始める。

 「この地には不思議な話があることをみなさんはご存知でしょうか。」

 ―おいおいいきなりアドリブかよ。―

 舞台裏で誰かがぼやくのが聞こえた。

 「人と鬼。贖罪と罪。そして八神家と鬼道家。」

 何かいつもと雰囲気が違う恵子にどことなく士郎は不安を感じた。

 こいつも知っているのか。いや当たり前か父親が関係者なのだから。

 「ことの始まりは平安時代。少年と青年の出会いから起こりました。」

 天幕があがりステージに明かりがつく。観衆の目が舞台にいる自分に向けられるのがわかった。士郎の周りには通りを歩く人々がいて京の活気を表していた。

 ふうと軽く息を吐きm舞台の中央で目を閉じてギターを士郎は演奏し始める。

 さすがに琵琶は用意できなかったのだ。少し恥ずかしい。

 「少年の名前は八神清盛。彼は生まれながら目が見えませんでしたが不思議な力をもっておりました。彼の演奏を聴くとどういうわけか心が穏やかになるのです。」

 舞台を行き交う京の住人が足を止め士郎の周りに集まっていく。曲の終わりが近づいた所で舞台のスポットライトが赤く染まった。

 「鬼が来た。」

 その声とともに士郎の周りにいた人々が舞台から客席に向かって逃げ始める。それと共に力也が現れ住人役のクラスメイトを襲いながら、観客たちに飴を配り始めた。

 「力也せんぱ~い。」

 後輩の熱烈な声援が体育館に響き。周りの生徒たちがくすくすと笑い声をあげた。

 「その青年は鬼とよばれる生き物でした。鬼の頭領鬼若。彼の性格は粗暴で残忍。毎夜毎夜村々を襲っては各地の住人を困らせておりました。」

 あらかた飴を配り終えた力也が士郎の元へやってきた。清盛さんと鬼若は、本当はどんな出会いをしたのだろうか。なんとなく自分を重ねてしまい感情移入してしまう。このスポットライトで照らされた舞台も本当に京の都の橋の上のような気がしてきた。

 「何をやっている。」

 誰かが自分を呼ぶ声がした。やけに低い腹に響く声だった。目が見えない清盛は自分に話しかけてきた男の体躯が巨体なものであると想像した。

 「琵琶を弾いております。」

 「このような夜にか。」

 「おや、もう夜になってしまいましたか。風の音が心地よく時が経つのを忘れておりました。」

 「おまえさん。俺を見ても怖くないのか。どうしてそんな平静でいれられる。」

 「残念ながら私は生まれつき目が弱いのです。その声からとても立派な殿方だと思いますが・・・想像しかできません。」

 「そうか。変なことを聞いたな。幼い頃からこのようななりでな。随分と人には煙たがられていたのだ。」

 「そうでしたか。それは私もですよ。このように目が見えないと中々友人にも恵まれず・・・もしよろしければお近づきの印に、私の曲を聴いてもらえませんか。」

 「ああ、喜んで。」

 その後、鬼若と名乗った男と清盛は夜になる度に橋の上で出会った。話していくうちに二人は惹かれあい徐々にその仲を深めていった。ある晩鬼若はこんなことを切り出した。

 「もしよかったら俺の男になってはもらえないだろうか。」

 「本気なんですか。」

 「ああ、本気だ。だから付き合ってくれ士郎。」

 女生徒の黄色い悲鳴にはっとして士郎は意識をもどした。

 「今、俺の名前を・・・。」

 今こいつは自分の名前を呼ばなかったか。

 芝居を忘れ、恐る恐る目を開けると真剣な表情の力也が視界に入った。

 「どうなんだ士郎。」

 そんなの答えは決まっている。

 「はい。よろしくお願いします。」

 士郎が答えると体育館中がけたたましい叫び声に包まれた。

 既に芝居どころではない。まさかこんな返答をされるとは。

 思わずやれやれと周囲を見渡した。その時士郎の瞳が鬼の瞳へと切り替わった。何故だかわからないが罪人が近くにいると強制的に反応するようだ。士郎の意思とは無関係に視線が動き。罪人の位置を正確に掴む。

 男は既に体育館の中央まで近づいていた。

 気づいたときには既に遅く。乾いた銃声が喧騒を消し飛ばし鳴り響いた。

 罪人の銃口は自分に向けられていた。

 その顔はどことなく拓也に似ている。ハンサムな顔立ちとそれに似つかわしくない疲れた顔。彼の目は自分の未来に対する諦めを映し出していた。

 いくら目が鬼のものでも自分の体が人のものでは体がついていかない。せめて引き金を引く前に避けるモーションをとっていたなら。後悔先に立たずというやつだ。

 ゆっくり目を閉じ死が訪れるのを待つ。

 弾丸は確実に自分の胸に当たり致命傷になるはずだった。しかしいくら待っても痛みが沸かない。

 恐る恐る瞼を開けると、力也が自分を守るように手を広げ背中で銃弾を受け止めているのが見えた。

 「力也・・・ごめ。ごめ。」

 「大丈夫、俺は大丈夫だから。」

 力也が死ぬかもしれないという感情が士郎の涙腺を緩ませた。溢れ出てくる涙をこらえることができず頬を涙が伝う。泣きじゃくる士郎を力也はそっと抱きしめた。

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