3.7:身内祭
前夜祭の喉自慢大会は大成功し一気に学園祭が盛り上がった。
人前で何かをするのはあまり得意ではなかったが、これもリハーサルだと声を張り上げた。
いきなり歌えと言われても。洋楽好きで最近の曲をほとんど知らない士郎は、かなり浮いていたと思う。悩みに悩み結局歌った曲は槇原則之さんのFireflyだった。
今思い返すと祭りに歌う曲では無かったかもしれないが、何となく今の自分の気持ちを表しているような気がした。
―ゲイとして生まれ差別され、自分に生きていく価値を見つけられないなら。僕は好きな人の力になりたい。―
開催1日目である今日は身内祭りといい。あれこれ駄目だしをしながらお互いのクラスを回り。生徒たちは一般公開日である明日に向けての最終チェックをしていた。
「たこ焼きやさん」の在庫を確認し、粗方指示を出し終えた士郎は、学園祭実行委員の責務から解放され、力也と一緒にぶらぶらと学校を回っていた。
「いらっしゃ~い。」
2年2組の教室に入ると香水の匂いとぐるぐる回るスポットライトで視覚と嗅覚が麻痺した。教室の中は小さなバーのように机が並べられ少し高い教壇の上で女装をした男子生徒が踊っていた。
「まさかこれって・・・。」
「そうオカマバーよ。」
恐ろしいほどおめかした拓也が教室に入った二人を向かい入れる。
学校にママがいる。その事実に思考までも麻痺しそうになった。
果たしてこれはニーズがあるのだろうかという疑問は中にいる生徒達の人数を見ればわかる。何故か2組のオカマバーは賑わっていた。
「これ料金とかどうなってるんだ。」
士郎が尋ねると拓也はにやりと黒い笑みを浮かべた。
「基本料金と時間ごとにタイムチャージと1品ドリンクを頼んでもらって。単価は高いけど、まあ悩み相談スペースみたいな感じね。うちのクラスお喋りで優しい子がおおいから。」
「コストはほとんどかかってないしな。」
「そうなのよ。ちなみにライバル店は3年のメイド喫茶ね。」
「う~ん、そっちも激しそうだな。」
適当に拓也とおしゃべりをして次のクラスを見に行く。
桂のいる3組はお化け屋敷をやっていた。
受付の生徒に入場料の100円を払い教室の中にはいると、黒いカーテンで迷路のように改造された教室が飛び込んできた。教室の中は薄暗く光源は入るときに手渡された懐中電灯の明かりのみである。
「わぁ、よくできてるな。」
床に落ちている人骨を拾い士郎は歓声をあげた。
「・・・そうだな。」
力也の様子がおかしいと気づいたのはその時だ。背後を振り返り懐中電灯を向けると教室の中に入ろうか入るまいか迷っている大柄な体躯の青年が扉の前に立っていた。
「もしかして怖いの苦手なの?」
「大丈夫だ。問題ない。」
「本当に大丈夫なのか。顔色も悪いけど。何ならここはやめて他に行かない?」
「いや、大丈夫。大丈夫。」
士郎の肩を押し奥へ奥へと二人は進んでいく。
途中蜘蛛の糸で体が絡まったり、髪が独りでにのびる人形が置いてある祭壇などがあったが、力也が無理やり進ませるのでよく見れなかった。
「まさかお化けが苦手だったとはな。」
カーテンの陰から人が突然現れた。
恐らく脅かし役なのだろう。背後の力也がびくりと驚くのがわかる。頭に刀が刺さり白装束を来たその人物は、薄気味の悪い声をあげ出口を塞いでいる。
「士郎出たぞ、まじで出た。」
「落ち着ついてくれ。どうみても桂だろ。」
怯える力也を落ち着かせようと声をかけていると死人の格好をした桂が近づいてきた。
「ここであったが百年目だ。力也覚悟。」
このやり取りを見るのはすごい久しぶりな感じがしたが悠長なことは言っていられない。我を失っている力也に代わり士郎が桂の進路を塞ぐ。
素早く前進した士郎は桂の組み手を片手で振り払い桂の懐に入った。もう一方の手の平をそっと桂のお腹に向ける。驚く隙も与えぬまま一連の動作を行いためていた息を短く吐き出す。
「鬼道流、岩砕き」
士郎が呟くのと同時に桂が教室の外へと扉を突き破って吹き飛んだ。その光景を見て慌てて士郎は桂のもとへと走りよる。まさか受身もとらずに吹き飛ぶとは思わなかった。普段から自手練ばかりをし、人に技など使ったことが無かったから力の加減を間違えたらしい。
「何だ今の技は。八神も何か武術をやってるのか。」
扉に打ち付けられた背中だけを押さえ桂がぼやいた。
「ごめん、やりすぎた。」
桂に謝罪をし力也を教室からひっぱりだす。
「いや、俺も冗談がすぎたな。気にしないでくれ扉は治しとくから。」
「本当にごめん、今度何かおごるから。」
騒ぎになるのを恐れて士郎と力也は3組の教室を後にする。士郎にやられた桂はすぐに外れた扉をもとにもどしていたが、どことなく上の空だった。素人にやられたと思ってショックを受けてないといいのだが。
そんなトラブルも学園祭の喧騒に飲み込まれていく。
3年までいれると、18あるお店を全部見終わる頃にはお昼になっていた。パンフレットを見ると午後はビンゴ大会や地元の吹奏楽団を呼んでの演奏などまだまだイベントがもりだくさんである。
「やっぱり真美は学園祭にも参加してなかったか。」
食堂が埋まっていたために、屋上で出店の焼きそばを食べていた力也が寂しそうに呟いた。
通り魔事件が報道されなくなった後から全く鬼道真美を学校で見なくなった。
昨日の学園祭も、ミス鳥居に選ばれたのにもかかわらず喉自慢大会にに参加していない。それに話したいと連絡をよこしておきながら、全く音沙汰が無いのだ。
「探しに行こうか。」
やはり妹さんのことは心配なのだろう。これまで友人をやっていながら、力也から家族の話をされたことが無かったので彼が家族を憎んでいるのかよくわからなかった。自分自身はというと。事件が起きなければ両親に対して、何も感じていなかったと思う。
そして、それを望んで両親は記憶を消したのだ。
「あいつは今も罪狩りをしている。俺は・・・どうするかなぁ。士郎は家業を継ぐ気はあるのか。」
屋上からは山の紅葉が見て取れた。
衣替えがあり冬服を着ているもののやはり外は少し肌寒い。
「俺と真美がいれば今まで通り、問題無いわけだろ。父さんや母さんにには悪いけど俺は、あ~。力也が大事だから。力也は好きなことをやって欲しい。そのために家を出てきたんだろ。家業を継ぐか継がないかと聞かれれば、真美を手伝えば、家業を継ぐってことになっちゃうんだろうな。」
屋上から緋色の瞳で波際市を見る。
世界を全く違う見方で見れるようになり、生命のエネルギーのようなものを火として捕らえることができるようになる。
波際市で唯一赤紫色をした火。夏休みに入る前に見た真美の火だ。それが 海辺駅に浮かんでいるのがわかった。何となく前に使ったときよりも火がはっきりと見える。
「真美は、海辺駅にいるな。」
「わかるのか。」
「ああ、俺の目は罪の色を見分けられる。」
「そうか。なら俺の腰にしっかり捕まれ。」
「へ?」
力也の瞳が黄色に染まる。無理やり士郎を抱きかかえた力也が、鬼の力により強化した脚力で学校の屋上から近くの民家の屋根へと飛び移った。
「ふえええええ。」
思わずそんな声がでた。
乗ったことは無いが。飛行機や、ジェットコースターはしっかりと足をつく場所があるだろう。力也の跳躍は足元に何も無いのだ。高いところは苦手なわけでは無いが、これほど不安になることは無い。
普通の人間なら歩いて30分ほどの距離だったが、わずか数分で着くことができた。駅の前の商店街に誰にも見られないようにこっそり降り、駅へ向かって歩く。
「パトカーが多いな。何か事件でもあったのか。」
海辺駅の駐車場はバスやタクシーではなくパトカーで占拠されていた。瞳を発動させてもここに鬼がいたような痕跡は無く、真美と警察がいる関係性がわからない。
「ちょっと君たち学校はどうしたんすか。こっから先は立ち入り禁止っすよ。」
駅の中に入ろうとすると、まだ若い刑事さんが二人の前で大きく手を広げた。そんなことをしていないで黄色いテープでも張ればいいのにと士郎は思った。声は優しい者だったが、愛想笑いを浮かべ、胡散臭い雰囲気がある。
「僕たち明日の学園祭で使う小道具の買出しを頼まれちゃって。港駅の前に新しくできたデパートの方が品揃えがいいんですよね。どうしても今日中に買いに行きたいのですが、今日は駅は使えないのですか。」
「そうだったんすか。まだ決まってないんすけど駅は封鎖される予定っす。弱ったな。港市へ抜けるトンネルの方はもう封鎖されてるって連絡が・・・。」
昨日の今日でもう封鎖なのか。なかなかに行動が早いなと士郎は思った。
「俺らと同じくらいの女がこの駅にいないか。ちょっと話がしたいんだが。」
力也が切り出すと刑事の表情が一瞬で無表情になった。
「いませんよ。お引取りください。」
声まで事務的で有無を言わさないものになる。この刑事も鬼道家の息がかかったものだと士郎はようやく理解した。
「どうするよ。」
完全に注意を引いてしまったようだ。駅の入り口から少し離れた後もまだあの刑事がこちらを監視している。どうしようかと迷っていると、駐車場の黒塗りのベンツからこちらに向かってサングラスをかけた男が走ってきた。
「若旦那じゃないっすか。」
「渡辺か。久しぶりだな。」
見るからにヤクザ風の男と力也は知り合いのようだ。話を聞いていると花火大会のあった日に力也に電話をかけた人物だとわかった。
「妹に会いたいんだが会わせてもらえるか。」
「お嬢は今は機嫌が悪いと思いますぜ。」
「中で何をしてるんだ。」
「この波際市に鬼が迫っているのはご存知で?西村電鉄のお偉いさんとその対応策について会議をしてるんでさ。ただ西村は八神家の分家でして中々話がまとまらないようです。」
「それって俺が行けば何とかなったりするのかな。」
「そういえば旦那。この方は?」
力也が士郎を紹介すると、渡辺は目を丸くして穴のあくほど士郎を見つめた。
「ご案内します。」
渡辺に連れられ二人は駅に入る。
途中刑事さんに胡散臭そうな目で見られたが二人は無視をした。
海辺駅は2階建ての大きな駅だった。1階はお土産売り場や軽食堂などがあり2階に改札口や受付、待合室がある。駅を利用したことが無い士郎でもあまりにも駅の作りが大きすぎるような気がした。まるで大量の人が滞在できるような施設のようだ。
改札口の隣にある受付から案内されるままについて行くと受付の中にエレベーターがあり、そこから地下に行くことができた。
「まるでSF映画みたいだな。」
力也は少しはしゃいでいるようだ。そんな力也を優しい目で渡辺は見ている。
「まさにその通りですよ。地下はシェルターになっていて地下3階には普段は使わない地下鉄も走っています。食料などを栽培する地下プラントや各種生活に必要な設備もあり、まあ駅や学校ぐらいしか波際市では大きな建物が無いですから。こういう所にこっそり、もしもの時のための設備を隠しているわけです。八神家はすごいですよ。縁の下の力持ちとでもいうんですかね。鬼道家が戦っている間にこういう裏方的な役割をしてくれてますから。」
鬼道家の人間から褒められるのは初めてのことだった。
エレベーターの扉が開き、渡辺について廊下を少し歩く。廊下は上にヤのつく自由業の方や駅員の服を着た人々が行き交い。忙しくなく働いているようだった。
「失礼します。八神家当主、八神士郎様。鬼道家筆頭、鬼道力也様をお連れしました。」
部屋の中にいた真美と初老の男の視線が、力也と士郎に向けられた。連れてきてもらったものの、どうするかまだ考えがまとまっていなかった。
素早く考えを巡らしていると、初老の男が立ち上がり士郎の手をとる。
「士郎様。お会いできて光栄でございます。記憶はもどられたのですか。能力は?恐らくこれは清盛様のお導きでしょう。」
男は興奮して士郎の手をぶんぶんと振った。
「西村さん落ち着いてください。」
「これは失礼。ささ、こちらへお越しください。鬼道家の若旦那もこちらに。」
士郎は西村さんの隣に座り、力也は真美の隣に腰掛けた。渡辺は鬼道兄弟の後ろに手を前に組んで立つ。
「あんたが来たなら調度いいわ。さっきからこの西村の当主は、都合が悪くなると八神家の当主の命令無しには決められないとか言ってとぼけるのよ。」
「罪狩り以外のことを、鬼道家が主導でされると碌なことが起きません。そもそも警視総監が裏切ったのは鬼道家の監督不行き届きでしょう。」
「その警視総監をたぶらかしたのは八神家の分家、荻窪家だったはずだけど。」
「荻窪家は八神の臣下の血筋ではありません。文献では八神が罪を祓う能力を得るために、仕方なく吸収した源氏の一族だと言うではありませんか。そもそもあなたの血に流れている鬼の血が罪を作っているのですよ。」
「何ですって。」
「何ですか。」
「すと~っぷ。」
士郎が大声をあげると真美と西村さんが黙り込んだ。
「おまえらなぁ。今は身内でもめている場合じゃないだろ。真美計画を話せ。」
さすが力也わかっている。
力也が真美を、自分が西村さんの機嫌をとれば話は丸く収まるはずだ。
命令されたはずなのに何故か頬を赤らめている真美が饒舌に話し始めた。
真美の話によると波際市に集まろうとしている鬼の数は年の瀬には千人ほどになるという。その数が揃うまで波際市では篭城を行い、鬼が揃ったタイミングで女子供を駅から脱出させるそうだ。
波際市は四方を四神の名を持った山で囲まれ鬼人はトンネル以外から来ることはできないらしい。残った男達は花火を作り続け真美をサポートするというのが真美の計画だった。
「私は5歳位から罪狩りを行い、今年の夏に鬼人化が発祥した。そこから考えると耐えられる罪の数は千人位。今年もてば来年には皆をもどせるはず。」
「花火を作るのには4年位かかったと富樫先生は言っていた。おまえの罪を祓うのは俺がやろう。」
「駄目だ。」「駄目です。」
力也と西村さんが同時に士郎の言葉を拒絶した。
「そんな危険な場所におまえを残せるか。」
「男は残るんだろ?」
「士郎様はまだ成人していない子供です。それにあなたにもしものことがあったら、これから八神家はどうするのですか。」
「昔はもっと早く成人していたはずだし、今回の件を片付けなければ八神家、鬼道家の問題というわけにはいかなくなる。」
「それなら俺も残るぞ。俺がいれば二人とも正気のままでいられるだろう。」
「駄目だ。力也には電車の護衛をして欲しい。」
「それは地下鉄があるから大丈夫です。」
「それなら・・・しょうがないか。」
返す言葉が見つからずに士郎はため息を吐いた。
「あと一つ気になることがあるんだが。」
「荻窪家のことね。」
「彼らも波際市にいることは富樫の忍が確認しているわ。ただ逃げるのが早くて中々捕まえられないの。」
「見つけたら殺すのか。」
「ええ、もちろん鬼になったらね。それと平林元警視総監にも気をつけなさいね。追い詰められた鼠は何をするかわからないわよ。」




