3.6:前夜祭
波際市を囲む四方の山々が色づき始め秋一色となった。それと同時に学園祭の準備が慌しくなっていく。
まだ間に合うと鷹を括っていたクラスは、不測の事態に対応できず。教室内で生徒達の怒号が飛び交う。それでも皆楽しそうに、祭りの準備をしているようだった。
士郎のいる2年1組は教室でやる出店が「たこ焼き屋さん」。
ステージ発表が「純和風ロミオとジュリエット(仮)」という名前で生徒会の審査がおりた。
内容が内容なのでステージ発表は、教師に修正をいれられると思ったが拓也がうまくやってくれたようだ。何も言われずに許可が通った。
体育館のステージは交代で放課後に貸し出しをされる。
すぐに舞台を使えるように脚本を書き終えた恵子は、生徒会に根回しをしたようで、ほとんど毎日舞台を利用することができた。
もちろん隣では部活をやっているバスケ部の生徒たちがいる。
なりべくならこっそり練習をしたかったが。そういう理由もあり。士郎がヒロインをやるという噂は瞬く間に広がり(これも拓也のせいであることが後日わかった)何故だか話題になっていた。
ステージでの練習ができない時には、クラスの中でセリフの読みあわせをしていたが、士郎と恵子の仕事はそれだけはなかった。
恵子は舞台で使う小道具の準備を他のクラスメイトに指示し、士郎はタコ焼きの作り方を教えたり、材料の手配をする。当日は学校中を売り子が練り歩き、そこでも販売することになる。
スケジュール調整にも余念がなかった。
慌しく時が過ぎ去っていく。
昨年とは違い大分気心をしれた仲間になっているためか、学園祭が楽しみでしかたがなかった。
本当に昨年の学園祭はひどかったと思う。やはり仲間は大切だなと士郎は改めて感じた。
「明日から学園祭になりますが、羽目を外し過ぎない事。今日は前夜祭があるので最終下校時刻は19時になります。くれぐれも、何かやり足りないことがあるからといって学校に泊まらないように。巡回の先生が回っていますからね。それから士郎と鬼道君は私についてくるように以上。解散。」
前夜祭当日、担任の富樫先生が士郎と力也を呼び寄せた。
何だろうと二人で顔を見合わせ、黙って富樫先生についていく。
富樫先生は何も言わずに教室を出て学校を歩き回り、空き教室を見つけるとその中に入った。
二人が中に入り力也が扉を閉めると、突然先生は片膝をつき頭をたれた。
「私は八神家の分家。富樫の忍。前当主、八神真治様の命を受け。これまで内密に世話役をしておりましたが、緊急のためにご報告いたします。」
「よろしい。話せ。」
士郎が偉そうに言うと力也が士郎の額を指ではじいた。
「痛い。」
「おい士郎。わかって言ってるのか。」
「いや突然のことで頭がこんがらがってるけど、小野寺さんの話を聞いた後だからなぁ。この波際市のどこに親戚がいてもおかしくは無い。とりあえず話だけでも聞いてみようかと。」
「話を続けてもいいでしょうか。」
「お願いします。」
冗談はやめにして士郎は丁寧に頼んだ。
机も椅子もない閑散とした教室は、まさに秘密の話をするのにうってつけというわけだ。
「話は三つあります。一つ目は八神夫妻と鬼道隆盛を死に追いやった犯人が見つかりました。」
無表情を保っていた先生の顔が悲痛に歪む。父と母は、彼女にとって大切な人だったということがそれだけでわかった。それが少しだけ嬉しい。自分は両親に彼らの記憶を消されているために、悲しいという感情がわいてこないのだ。
「犯人は警視総監をしていた平林啓太。動機は鬼道家が、彼が昇進するのに手を貸していたことに気がついたからなようです。彼は私たちをオカルト集団と言っておりましたが。そうで無いことは、お二人ともご存知でしょう。鬼道家はそもそも警察組織を作り上げた一族でもあります。彼らを操り管理しなければ、罪を犯し鬼となった人間を、一般人に気づかれずに殺すことはできない。彼は結局、最後まで信じてくれませんでした。」
「平林ってもしかして。」
「ええ、この学校にもいる平林拓也の父親です。忠告はしたのですが、どうやら息子に会いに波際市に戻ってきているようですね。彼も鬼になるかもしれません。十分ご注意ください。」
「そんなことがあったのか。俺はあの時はもう勘当されてからな。親父がおまえの両親を殺して無くてよかったよ。それで残りの二つは?」
「二つ目は波際市に迫る鬼達の存在です。鬼道家当主の話によると、どうやら罪人達はこの市を目指してさ迷ってきているようです。彼らは既に深度Aの侵食状況化にあり自我が無く。周りにいる人間を無差別に襲います。本来であれば鬼道家が総出で討伐にあたるのですが、今は真美様しかいらっしゃいません。」
「俺にも討伐に参加しろと?」
「そうは言っていません。もちろん参加していただけるのであれば、参加して欲しいですが。私は本来、士郎様や力也様に意見を言える立場にありません。しかし仮に私があなたの担任として教え子に助言ができるのであれば、こう言わせてください。家業など継がず自分の夢に向かって進みなさい。と。」
先生の話を聞いた力也が何かに耐えるように拳を握り締めた。
できることなら力也には家業など継いで欲しくない。鬼になるとはいえ元は人なのだ。
徐々に記憶も戻り始めている。もし力也が覚悟を決めたその時は、罪だろうが何だろうが彼が被ったものは全て消してやるつもりでいた。
「話が脱線しましたね。最後の報告は恐らく二つ目にも関係してくるのですが、私たち分家に裏切り者がいます。平林啓太に情報を流し私たちに恨みを持つ者。平林は荻窪家だと言っていましたが・・・ええ、そうです。鬼道真美に殺された弘樹の両親ですよ。皮肉な話です。」
父と母が自分を遠ざけた理由をようやく実感した。
八神家も鬼道家も人の死が近くにありすぎる。子供の頃は小野寺神社に預けられ一人でいることが多く寂しかったが、そうすることで両親は自分を守ってくれていた。
感傷に浸っている場合では無い。一難去ってまた一難。問題が舞い込んできているのだ。気持ちを切り替えて、先生の話を頭の中で噛み砕いて分類していく。
「市の外から来る鬼はいつ頃来るのでしょうか。夏休み中成功した罪を浄化する花火があります。それを打ち上げれば真美の負担を少しでも減らせると思うのですが。」
「あれは本来八神家の行う浄化の力の一端を篭めただけなんです。それでも分家の人間が真治様の設計を使って作るのに4年もかかりました。次の花火は作れたとしても翌年。鬼が来るまでに作るのは不可能でしょう。」
「浄化の力の一端か。」
「そうです。士郎様もいづれ浄化ができるようになりますよ。」
自分が既に浄化の力を使えることを先生に言うことは無かった。傍らの幼馴染を見ると心配と覚悟が入り混じった顔でこちらを見ている。
士郎が妹の手伝いをするなら自分も手伝うとでも言いたげな表情に見えた。
そんなことは自分は求めていない。
真美は自分と2学期に自分と会うと言っていた。その時にでもこっそり、力也には内緒で鬼道家の手伝いができないか聞いてみることにしよう。
「それで俺達に手伝えることはあるのか。人殺しをする以外で。」
「学園祭を頑張ってください。」
「それだけですか。」
「それだけです。真美様が力尽きたらここは地獄になります。鬼を殺しても罪を被り殺した人間が鬼になる。その繰り返し。むしろ波際市に鬼が向かってきていることが好都合なのかもしれません。」
含みを込めた言葉の意味を士郎はすぐに理解した。
四方は険しい山に囲まれ交通機関は港市へ向かうトンネルと海辺駅だけ。海辺駅も港駅に向かうには同じようにトンネルを通る。つまりそこを封鎖できれば鬼を閉じ込められるということだ。
「それでだけでは根本的な解決にはなりません。」
「1年ほどですが次の鬼が生まれるまで時間は稼げます。それに私たちが抱えている問題は、何故人は争うのかという問題を解決しないと解決しないのです。平安時代から私達一族はそれを問いかけ子供達に語りついできました。そんな身内ですら仲たがいをするのです。この学校だって虐めがありました。彼らも一歩間違えれば鬼になります。今もテレビをつければ悲惨なニュースが飛び込み、世界では戦争が起こっています。」
最後はほとんど叫ぶような声だった。
何か手は無いのだろうか。
話が終わり教室を出た士郎は考えた。
教室の外では前夜祭を楽しむ生徒達の歓声が聞こえてきた。みんな楽しそうだなぁと校舎の窓からグランドを見下ろすと、打ち上げ花火が上がった。それと同時に校内放送が鳴り響く。
「生徒会の平林拓也から今年度のミス、ミスター鳥居の生徒を発表いたします。26年度のミス鳥居は、3位は2年の小野寺香織さん、2位は今年も富樫恵美先生、そして堂々の1位は1年生の鬼道真美さんになりました。ミスター鳥居は3位が私、平林拓也。投票してくださった方ありがとうございます。そして気になる1位は同数投票により2年の八神士郎君、鬼道力也君となりました。この二人は2日目の灯炎祭で、純和風ロミオとジュリエットの主演を勤めるようです。是非そちらも期待してご覧ください。受賞された方は、前夜祭恒例の喉自慢大会に強制参加になります。大至急グラウンドまでお越しください。」
「今さらっと宣伝してくれてたようなんだけどいいのかな。3年の先輩とかもいるだろうに。」
「あいつ面白いよな。」
「一気にハードルが上がったよ。」
ぼやきながらもグラウンドに向けて二人は走り出した。
今は学園祭を楽しもう。そう思った。




