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鬼に恋して  作者: 八神
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3.3:まやかしの恋

 「あら、今年は体育館での出し物もちゃんと決まったのね。」

 放課後。クラスの案をまとめた学園祭の企画書を士郎が生徒会室へ出しにいくと、平林拓也がからかいながら企画書に目を通した。

 「ロミオとジュリエットって切ない恋の話よね。今から楽しみだわぁ。」

 「まあ、色々と不安はあるけど・・・。」

 士郎のぼやきは生徒会室へ学園祭の企画書を持ってきた生徒たちの喋り声でかき消され、拓也には届かなかった。

 「肝心のジュリエットは誰がやるのかしら。西村さん?」

 「俺。」

 「士郎ちゃんか・・・。え、あんたがやるの?」

 「はい。」

 「何で今にも死にそうな顔してるのよ。羨ましい限りだわ。ロミオは誰がやるのかしら。」 

 「力也がやるみたい。というよりもこの案を出したのは力也なんだ。」

 「ふぅん。リッキーがねぇ。学園祭とか率先してやるタイプには見えないんだけど。」

 「昨年も手伝ってくれたけどなぁ。」

 「たぶんそれは幼馴染のあんたが困ってたからでしょ。それと鬼道真美のことなんだけど。」

 後半声をひそめ受付の机から乗り出し、机を挟んで向かい合って椅子に座っている士郎に近づくように指示を出す。耳を傾けると拓也が続きを話し始めた。周囲の人間に聞かれないようにということなのだろうが、逆に目立つような気がした。

 「夏休み中にね鬼道真美が通り魔であることを証明するために色々と調べてみたの。そうしたらね、彼女が殺している人間は前科ありの犯罪者だけだったの。もちろん弘樹は違うけど。いったい彼女は何のために殺しをしているのかしら。」

 拓也はまだ鬼道真美のことを追っていたようだ。恐らくこのまま彼女のことを調べても決して本質には辿りつけないだろう。

 彼女はただの通り魔では無い。必要だからこそ殺しをしているのだ。もちろん人では無く鬼を。しかしこの話をして拓也は信じるだろうか。変にことを荒立てられ正義感からメディアなどに情報を送られても困る。真美だけではない。力也も鬼道家なのだ。

 士郎はうまく拓也が調べた情報だけを引き出す話し方をして、自分は何も調べていない振りをし、生徒会室を後にした。

 花火大会が終わったあの後、力也は真美の付き人と連絡をとってるようだった。

 ―妹の付き人から連絡があってな。どうやら花火は成功したようだ。―

 あの事件の後ニュースで流される通り魔の数はめっきり減り、夏休みの終わりには検討違いな犯人が捕まった。鬼道家が今回の騒動の表向きの罪人を仕立てあげたようだ。本当に鬼道家の力は恐ろしい。

 犯人を仕立てあげたということは、今回の一連の事件は終わったのだろうか。

 いや、それは無いだろう。

 何故なら、それほどの権力を持っているのなら、わざわざ罪人をしたてあげる理由が無いからだ。

 そもそもどうして通り魔事件が起きてしまったのだろう。いや、この言い方は少し変だ。どうして通り魔事件として鬼道家の仕事がメディアに露見してしまったのだろう。と、言ったほうが正しいかもしれない。

 力也はこうも言っていた。

 ―あと士郎、妹が直接また話がしたいそうだ。休み中は忙しいらしいから新学期が始まったらになると思う。―

 特別な花火をあげることで鬼を殺すことによって溜まっていた真美自身の罪が浄化され、八神家無しでも仕事に支障をきたさなくなった。話というのは、八神家のこれからの処遇を決められるのかもしれない。

 自分としては緋色の瞳を開眼したものの、あまり役に立つとは思えないので。一般人になって普通の生活を送れたらなどと思っていた。もちろん力也が家の仕事を継ぐなら、自分も応援したい。

 弘樹を殺した真美を手伝うつもりは全くなかった。

 まさか用済みだから死ねだなんて言われないだろうな。

 暗くなる思いを振り払い学校を出て、友人と待ち合わせをしていた店に向かう。

 今日はこれから喫茶店で力也や恵子と一緒に学園祭で演じるロミオとジュリエットの台本作りをすることになっていた。力也は和風アレンジと言っていたが、いったい何をするつもりだろう。正直検討もつかない。

 「いらっしゃい。」

 喫茶店に入ると店主の佐藤さんが声をかけてきた。

 この喫茶店は学校近くにあるからか生徒たちの憩いの場になっている。

 佐藤さん自身も鳥居高校の出身なので、先生達の秘密や学校の噂話、宿題の手伝いをしてくれるので生徒達に愛されていた。

 「お久しぶりです。力也たちはいますか。」

 「奥の席にいますよ。八神君はカフェラテでいいかな。」

 「はい、お願いします。」

 入り口からカウンターの前を通り独特な雰囲気のある店内の一番隅の席に向かう。

 昼間は学生相手に喫茶店、夜は大人相手のBARになっているこの店は、既に鳥居高校の生徒たちで賑わっていた。ジャズがお客の会話を妨げない程度に流れ、心地いい。

 2年になってからは色々な事件が立て続けに起こっていたために、中々足を運ぶことができなかったが、久しぶりにきた店内は落ち着ける場所だった。

 奥の席で力也と恵子は既に机にノートを広げ何やら熱心に話し込んでいた。士郎が近づくとすぐに力也が気がつき自分の隣の荷物をよける。

 「順調?」

 空いた席に座り恵子と向かい合う。

 「いまいち力也の話がまとまってなくて話ができないのよ。何でも小野寺神社に行ったときに香織ちゃんのお爺ちゃんに聞いたみたいなんだけど。士郎君は知ってる?」

 恵子の疑問に驚いて士郎は力也を見た。小野寺のお爺さんに聞いた話といえば八神家と鬼道家の生い立ちである。まさかその話を劇にしようとは。

 何故力也はロミオとジュリエットと言ったのだろう。

 恵子にお爺さんに聞いた話をしながら士郎は考えた。

 「なるほど話はだいたいわかったわ。これをBL風にアレンジすればいいのね。」

 「どうしてそうなった。」

 「力也がロミオとジュリエットって言った意味ってこれなんじゃないの?清盛さんと鬼若さんとの禁断の恋。しかし彼らを待ち受けていたのは悲しい結末だった。締めはどうしましょうか。清盛さんが帝に呼ばれた後の話も付け加えたいわよね。」

 「・・・たぶん清盛は帝の取り巻きに殺されたと思う。」

 「悲しいけど話の流れではそうなるわね。清盛の死を聞いた鬼若はどうするかしら。鬼若役の力也さんならどうする。」

 「俺なら帝を許さないだろうな。都で暴れまわる。」

 「物騒ね。でもその気持ちはわかるかも。愛する人を殺されたらたぶん殺した人を許せない。暴れまわった鬼若は京都を血の海にかえ、そして力尽き鬼若も力尽きる。これでいきましょう。」

 「・・・本当にそうだったら悲しいな。」

 士郎のかすれた声を力也は聞き逃さなかった。鬼の血で普通の人よりも耳がいいのだろう。恵子に見られないようにそっと士郎の背中を叩く。

 「さてさて大筋が決まった所でお楽しみのキスシーンですが、旦那、いかがしやすか。」

 昨年に比べて恵子はのりのりだった。

 「人前でキスなんてできるか。」

 力也の言葉に士郎も頷く。何も見るのは生徒だけでは無い。保護者の方もこられるのだ。

 「なんでよ。キスぐらい挨拶でしょ。それに劇の中だから別に構わないじゃない。してるふりをするだけよ。まぁ、もちろん本当にしていただいてもこっちとしては構わないんですがね。うへへ。」

 「大問題だ。あと涎を拭いたほうがいいよ。」

 「なんでよ。おっと、失礼。」

 何故と言われると困る。

 正直な話をすれば告白して返事をもらっていないからだとか、本当はキスをしたいというやましい心があるから劇の中なんかでは尚更できないとか、色々理由をあげられる。

 しかしそんなことを話せるわけも無い。

 「台本は生徒会だけでなく先生も目を通すんだぞ。脚本の段階ではねられるよ。それに見るのは生徒だけじゃないんだ。PTAの人とかが騒いだら色々と面倒なことになる。それでなくても力也は大会があって、将来はオリンピック選手とかになるかもしれないんだから。黒歴史を作ったらまずいだろ。」

 恵子を説得しながら自分が説得されていることに気がついた。

 そうだよな。力也には夢があるんだ。告白したのだって一歩間違えれば誰かに見られたりして危ない事だったのかもな。やっぱり距離を置いたほうがいいのかもしれない。

 この思いはきっとまやかしなんだ。

 しぶしぶ納得し話を詰める恵子を士郎は羨ましいと思った。

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