表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼に恋して  作者: 八神
19/34

3.1:転じて

 警視総監の平林始は波際市に住む妻と一人息子を大切にしていた。

 妻とはお見合いで出会って以来、衰えない美貌や気立てのよさに結婚して十八年たった今もなお惚れ続けていたし。息子もT大進学率が全国でもトップクラスの鳥居高校で優秀な成績を収めていることに満足していた。

 しかし満足する一方で、愛する二人はとんどもない問題ももっていることに始は頭を抱えていた。

 警視庁のとある一室に宛がわれた自室。その部屋の椅子に体を預けていた始は、デスクにおいてある指令書にいやいやながらも目を通した。それは妻の遠縁である鬼道家の現頭首から送られてきた書類だった。その書面にはこんなことが書いてある。

 -現在把握している前科有りの犯罪者達の行動パターンをこちらで分析した結果。受け取ったリストにある犯罪者達は全員、波際市へと向かってきていることがわかった。目的は不明だが何らかの意思をもって動いているのは明らかだ。

 元来、罪人は罪に飲み込まれ徐々に正気を失っていくものである。

 意思を持って行動することなどありえないことは長い歴史が証明している。これは鬼道家の歴史から見ても異常な事件である。

 恐らく鬼道家と八神家の前頭首が死んだことに関係していると私は考えている。

 当時頭首だった鬼道隆盛は、事件後錯乱状態にありほとんど話をすることはできなかった。

 そのことを利用し、八神家を憎んでいた妻の純子は、八神家と手をきるきっかけに事件を使い。夫である隆盛が八神真治と由美を殺したと身内には嘘の情報を流した。隆盛の死後頭首となった由美は、警察にはその事件の捜査を打ちきるように仕向けたようだが、はたして本当に隆盛が八神真治と由美を殺したのか。

 私は真実が知りたい。

 あの事件で何があったのか。

 鬼道純子に情報を操作される前の警察側の調書を頂きたいと思う。

 中略、波際市と港市にあるトンネル付近の警備の強化。また、海辺駅の警備強化も私鉄関係者と協力して行うこと。

 海辺駅を管理している西村電鉄は八神家の分家ではあるが事情を説明すれば彼らも協力してくれるだろう。

 一刻も早く八神家との関係を回復するために尽力をつくしてくれるよう心から願っている。―

 どうしてこうなったのか。

 指令書をデスクにもどし肩を落とす。ストレスからかずきりと刺すような胸の痛みを感じる。3年ほど前から徐々にひどくなってきた胸の痛みは医者に行っても原因がわからず、始自身も困惑していた。

 自分もだいぶ年をとったと思う。徐々にではあるが体にもがたがきているのだろう。そう思うことにする。

 ふと昔のことを思い出した。

 妻と結婚をしたときエリート組とはいえ始は警部補に成り立てであった。 

 目指していたものがあった。守りたいものがあった。それが認められあれよあれよという内に警視長にまで登りつめたと思っていた。しかしそれは違っていた。鬼道家という一族が裏で警察を操っていたのだ。自分の昇進も親族である妻と結婚したからだった。それを知ったとき始はあがらえないものがあると知った。そうそれは息子がオカマであるのと同じなのだ。

 コンコンと軽くノックをする音がする。

 「入りたまえ。」

 失礼しますと軽く挨拶をしてメガネをかけた妖艶な女性が入ってくる。夏休み前に一身上の理由で警察をやめた始の秘書の代わり、別の秘書が配属されていた。

 「4年前の八神真治、真美殺害事件の資料をお持ちしました。」

 「破棄したまえ。」

 「どういうことでしょうか。」

 「聞こえなかったのか。破棄したまえ。」

 この資料が渡されたら自分の計画が終わってしまう。

 鬼道家の現頭首は若いのに頭が切れるようだ。しかし気づくのが遅すぎた。鬼道家の力で警視長になった始は逆にそれを利用しようとした。鬼道家と八神家はまるで似非カルト集団である。罪などというよくわからない既存とは違う概念を持ち込み殺人を正当化する。この二つの集団の頭首を殺すことができればあるいは、どうにかなるかもしれない。そう考えた。

 「お言葉ですがこれは鬼道家の頭首に渡すことになっていたはずです。よろしいのですか。」

 「何度も言わせるな。」

 そう言った後にふと始は違和感に気づいた。自分は八神家と鬼道家の4年前の事件の資料を探せと言っただけだ。鬼道家に渡すことなど一言も言っていない。

 風を斬る嫌な音が耳元で鳴り響いた。机の引き出しの中にある銃を取り出すよりも早く秘書である富樫恵美が何かを投げたのだ。

 耳から何かが伝うのを感じる。手を耳元にもっていくと生暖かい液体が手についた。背後の窓を見ると苦無が窓に突き刺さっている。

 鬼道家と八神家にだけは逆らうな。

 富樫家との縁談が決まった後、法界でも有名な自分の父親が口をすっぱくして言っていたことを思い出す。そういえばこの秘書は自分の妻と同じ苗字を持っていた。偶然だと思っていたがどうやら彼らなりの警告だったようだ。

 気づくのが遅かったのは私のほうだったか。

 「私はただ殺人を肯定するこのやり方をなんとかしたかった。」

 富樫が何も言わないのにも関わらず言い訳が口から出た。何をされるのか嫌でも想像がつく。

 怯える始とは裏腹に富樫の目は何も映していなかった。秘書をしていた時の愛らしい笑顔は霧散し無表情に何かを投げる動作をする度に始の体に苦無が刺さる。

 「八神様と鬼道様に何をしたか吐け。」

 そう言うとまた富樫は始をダーツの的にし始めた。苦無に刺されているのにもかかわらず刺されている箇所からほとんど血はでなかった。それに痛みもほとんどない。何故だと困惑する始の体が傾き椅子から倒れた。

 「うちの一族で殺しができるのは罪人を狩る鬼道家だけ。他のものは私を含め殺しはやらない。」

 「何をしたんだ。」

 助けを呼ぼうとしたが大声もあげられない。息をするのがつらい。喘息のように喉の奥に風が通る音がする。

 「体ってのは不思議なもので正確につぼをつくと体が麻痺して動けなくなったり、呼吸困難になったりするのですよ。それとさっさと吐くもんを吐いてください。私は明日から授業があるからあまり時間をとられたくないの。」

 寝ている始に富樫は圧し掛かり指に苦無をあてる。体の自由が利かずに脅されるというあまりの恐ろしさに黙秘することなどできなかった。

 「4年ほど前、鬼道隆盛は八神夫妻に呼ばれ京都に呼ばれていた。あそこは何故かお前たちの目がほとんど届かない。思えば何故そんな所に彼らは行ったのだろうな。そこにつけこみ地元のヤクザに私は彼らを襲わせた。結果はひどいものだったよ。八神夫妻を殺すことはできたが百以上あったはずの地元のヤクザの組織が全て壊滅してしまった。私が頼んだ組織以外も含めて全部だ。」

 「八神真治の瞳が無くなった理由は?」

 「わからない。私が証拠を隠そうと部下を向かわせたときには八神真治の両目には瞳は無かった。」

 「何故あたなは八神夫妻と鬼道隆盛が京都にいることを知っていたの。私たち隠密にも知らされていなかったのに。」

 「内通者がいたのさ。本家に恨みのある分家など珍しい話では無いだろう。」

 「そんなまさか。誰なの、答えなさい。」

 「隠す必要も無いなが取引をしたい。私の命を保証して欲しい。そうすれば話そう。」

 始の提案に恵美は少し考えるそぶりをみせた。地面に倒れ恵美の行動を見守る始の体にまた苦無が突き刺さる。交渉決裂かと思ったがそうでは無い。恵美が始の体からどくとすぐに体の麻痺がとれ立ち上がれるようになった。

 「わかったわ。」

 偉く物分りが良いようだ。それほどまでに内通者がいたのが予想外だったのだろう。

 「内通者は荻窪家だよ。」

 「・・・そう。そうだったの。」

 「皮肉な話だ。おまえらの一族は呪われているよ。」

 「呪われているわけじゃないわ。私たちは罪を背負ってるだけ。だからこそ不幸を呼び寄せてしまう。情報ありがとう。今日限りであなたは警視総監から解任される。後はどこに行くなり好きにしたらいいわ。」

 「命だけは保障をしてくれるんだよな。」

 「ええ、あなたが鬼になるまではね。」

 「どういうことだ。」

 「間接的にとはいえ、あなたは人を殺した。この事件は事件だけに公のものにはされないから普通の刑罰は適用されない。だけど人殺しの罪は消えないのよ。罪は徐々にあなたを蝕み心を犯すでしょう。」

 始を見る恵美の顔は教え子を諭す教師のような顔だった。その表情に犯してしまった罪を再認識し心が痛む。こんなはずでは。こんなはずではなかったのに。

 「そんなもの私は信じない。」

 「ならせめてあなたの大事な家族に迷惑がかからない所に行くのね。理性を失って愛する人に手を出してしまった時には遅いのだから。」

 そういい捨てると恵美は始を残して部屋から出て行った。後に残された始はずきりと痛む胸の痛みが徐々に強くなっていることに気がつき恐怖した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ