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鬼に恋して  作者: 八神
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2.3:承りて

 波際市を取り囲んでいる山はそれぞれに名前がついている。

 北は朱雀、東は青龍、西は白虎、南は玄武。

 境市へのトンネルは南西の方角にありその丁度真向かいの山の上に小野寺神社はあった。

 「さすがにこれはしんどいわね。」

 昼飯をすませてから集まった4人は、歩いて一時間ほどの山道も8割型消化していた。普段運動していない文芸部員はしょうがないなと思ったが一番遅れていたのは桂だった。

 「ここの・・・空気・・・薄くないか。何で八神と・・・鬼道は・・・平気なんだ。」

 「鍛え方が違うからな。」

 軽口を叩いていたが力也も不思議そうに士郎を見ていた。自分が瞳を開眼したことを力也は知らない。瞳の力が普段の力にも影響をあたえているようだ。

 「後はこの階段を登るだけだ。頑張れ二人とも。」

 「これを登るのか。何段あるんだ。」

 「百八段。」

 「詳しいな。」

 「煩悩の数と同じだね。」

 「一歩登ることに罪を祓い。寺院に罪を持ち込まないようにするんだって昔従兄弟から聞いたことがある。」

 「何でもいい。早く息がつきたい。」

 「おい、本当に大丈夫か。」

 初めはちゃかしていた力也も心配そうに荒い息をつく桂を見る。

 何かおかしい。そう思い士郎は赤い瞳で桂を見た。

 本来なら赤い灯火が見えるはずなのに。真美と同じように桂の火は赤紫色に染まっていた。彼が階段を1段ずつ上がる度にゆっくりと青みを帯びていく。まるで隠していた罪が暴かれ外に出ようと燃え上がっているようだった。

 どうにかしなくては。

 桂の背を摩るように手をあてる。

 するとどうしたことだろう。

 赤紫色から青色の炎だけが分離し自分の掌に集まってくるではないか。

 それならばと、苦しそうに呼吸をする少年に意識を集中させた。

 火は精神であり生命のエネルギーのようなものだ。それはあの夢の後に見た世界で把握している。つまり炎を全てとっては人は死んでしまうのだ。青い火だけを、罪だけを意識を集中させて奪い取る。

 掌の青い炎が熱を帯び始めた。

 それと同時に何かが手から腕を伝って体の中に流れてくる。

 それが桂の記憶だとわかるのに時間はかからなかった。

 弘樹を苛めていた忌まわしい記憶。

 そうかあの時公園にいたのは弘樹を追っていたからなのか。

 桂の火を見た士郎の目に彼の記憶がちらつく。

 映画のシーンのような断片的なものだったが、弘樹を追いかける桂からはいいようの無い苛立ちが感じ取れた。レギュラーをとれない自分の力の無さと他人にあたってしまう弱さに桂はいらだっていた。

 背中から手を離すと士郎の手の平の上で罪の炎が踊っていた。それを握りつぶすと火は完全に掻き消える。火を見たとき何となくできるような気はしていた。これが八神家の持つ能力。

 「どう、調子は?」

 奪った炎はライターの火程度の大きさだったが予想以上の疲労感が溢れてきた。やはりとてもじゃないが本物の罪人に使えるとは思えない。練習すればどうにかなるかもしれないが、相手がいないとできるものじゃないし、やはり別の方法を探すしかないようだ。

 「ありがとう。何だか調子がよくなってきた。」

 一部始終を見ていた力也が桂が先を歩き始めたのを見て士郎に声をかける。

 「・・・士郎。おまえ・・・瞳を開眼したのか。」

 「・・・コントロールはまだできないけど。どうやら能力を父さん達に封印されてたみたいだ。ほらほら鈴木君も大丈夫になったことだし、さっさと階段を登ろう。」

 他の二人の目も気になり力也は深くは追求しなかった。しかし気遣うようにこちらを見ているのがわかる。心配しなくても大丈夫だと力也の背中をそっと叩いた。

 百八ある階段を登ると開けた場所に出る。

 山を切り開き玉砂利を敷き、小野寺神社はいかにも神社らしいというよりも庭園のような場所だった。山の針葉樹林が自然の鎮守の森を形成している。社殿への参堂には手水舎、御守りが売っている社務所があり、鳥居を潜り4人が境内に入ると巫女服姿の少女がその社務所から現れた。

 「恵子ちゃん、おひさ~。」

 「やっほ~。ごめんね急に無理を言って。」

 「大丈夫。お爺ちゃん、恵子ちゃんに会うの楽しみにしてるよ。あいかわらず鈴木君と仲よさそうで私も嬉しいぞ。」

 「やめてよもう。あ、そうだ。紹介するね。こっちの大きい人が桂君のライバルの鬼道力也君。もう一人のメガネをかけた可愛い子が八神士郎君ね。」

 「よろしく。」

 士郎が頭をさげると何かを思い出したようにぽんっと香織は手を叩いた。八神の名前を聞き電話をしたことを思い出したのかもしれない。香織が言葉を発するまでにわずか5秒ほどしか時間が無かったがあらかじめ考えていた対応の言葉を頭に浮かばせる。

 「君は確か自転車を直してくれた人だ。」

 「へっ?」

 予想と違う香織の言葉に思わず変な声を出してしまった。おぼろげであるが夕食の材料を買った帰りに自転車のチェーンが外れて困っていた少女と出会ったような気がする。

 「また何かやったんだ。」

 「俺の時といい。色んな所で人助けしてるんだな。」

 「体が勝手に反応するんだよな。」

 注目され照れたように頬をかく。その様子を見て何を思ったのか笑みを浮かべた香織が、楽しそうに4人を案内する。

 「そうだ皆、手水ちょうずのやり方って知ってる?」

 香織が手水舎の前で柄杓ひしゃくを右手で持ち一杯の水を掬った。

 「最初に左手を清めて今度は持ち替えて逆の手を清めるの。その後にもう一回持ち替えて手の平に少量の水を溜めて水を口に含んで、そっと吐き出すの。最後に残った水で柄の部分を洗ってお終い。」

 柄杓を手に取り見よう見真似で士郎も手水を行った。それだけで何か清らかな気分になったような気がする。

 神社の拝殿の前には境内を守るように狛犬が配置されているものだが、その場所には子鬼が二人鎮座していた。鬼を祭っているというのはどうやら本当のようだ。他の友人も鬼が祭ってあることに違和感を感じたようだ。桂がそのことを尋ねると士郎が電話で聞いた時と同じような受け答えを香織はする。

 その間に士郎は周りを見渡した。

 参拝客はほとんどいない。それどころか結構大きい神社のはずなのに人の気配がしなかった。

 「ふふふ、今日は皆花火の準備に千歳川へ出払ってるの。」

 周りをきょろきょろと無遠慮に見ていたのが伝わったのだろう。香織が士郎が気になっていたことを説明してくれた。

 「今日の夜は拝殿の裏にある本殿の一室に泊まってね。花火までは皆どういう予定?」

 「私はお夕飯のお手伝いをしようかな。」

 「わかった。お婆ちゃんと料理対決だね。男子3人はどうする?」

 「悪いけど俺はちょっと休みたい。さっき調子悪かったから。」

 「そうだな桂は休んでおいたほうがいいかもしれないな。」

 「そしたら私が起こしに行くから花火大会まで先に客間で寝ておけばいいよ。」

 「すまん。そうさせてもらう。」

 桂が恵子に連れられ本殿へと入っていく。

 「僕はちょっと墓参りでもしようかな。」

 「わかった。花火は19時からだから先にご飯食べちゃおう。それまでには戻ってきてね。」

 香織が二人のもとへかけていく。それを見送りながら士郎は緋色の瞳でもう一度周囲を見渡した。

 「・・・見られてるか。」

 「ああ、墓の方からだな。悪意は感じられない。」

 力也がそう言って足を向けたので士郎も後を追いついていく。

 「話をしにこいってことか。あの小野寺香織はどうやら鬼道家のことを知らずに育ったみたいだな。」

 「それどころか八神家のことすら知らないみたいだ。この前皆が家に来たときにここに電話をしたんだけど・・・彼女普通の参拝客だと思ってたよ。それにしても神社で墓地か。」

 「気になるのか。」

 「それも含めて答えてくれるはずさ。」

 境内を離れて少し山道を歩くと墓石が見えてきた。墓石の周りを一人の老人が掃除している。二人が近くまでくると顔をあげゆっくりとこちらに近づいてきた。

 「お待ちしておりました。八神様、鬼道様。」

 「あなたは?」

 「小野寺家の当主、小野寺証でございます。覚えておられませんか。八神様が小さい時はよくこの神社でお預かりしていたものですが。」

 「すみません。僕記憶が・・・。」

 「そうでしたか。恐らく暗示でしょう。あなたの父親の八神真治様はこのような事態が起こることを予期しておりました。何も能力が無い一般人だと鬼道家の当主に思わせることであなたを守ろうとしたのです。それにもしこの事が起こらなくても、あなたのお父様は同じ事をしていたと思います。自分の代でこの呪われた呪縛を解くと彼は口癖のように言っておりました。あなたのお父様の気持ちは私には痛いほどわかります。人に死を与える仕事などに自分の子供が携わるなど耐えられない。家の者は私と息子以外ほとんどこの事をしらないのです。」

 「いったい父さんは何をしようとしたのでしょうか。」

 「花火大会までは時間があります。少し昔話からさせてください。」

 士郎が尋ねると老人は箒を杖代わりにして何かを思い出すように語り始めた。

 平安時代、日本には鬼という生き物が住んでおりました。

 馬鹿みたいに聞こえるかもしれませんが本当に居たようです。

 彼らは悪事を行うことを好み村や町を襲ってわ人々を困らせておりました。

 当時、京の都では鬼に対抗するための力を持った陰陽師という人間が現れ始め。鬼の討伐を帝は検討されました。

 八神家の初代当主、八神清盛様もとても強い力を持った陰陽師でしたが鬼が死んだ後の穢れ、瘴気というのですが、これを自然が回収しきれないことに気づき。討伐に反対されました。

 清盛様は、鬼との和解を望まれたのです。

 清盛様は生まれつき目が見えない代わりにとても不思議な能力を持っておりました。

 彼といるとどういうわけか心が穏やかになるのです。

 討伐をやめてもらうかわりに、単身鬼の根城まで乗り込んだ清盛様は、鬼の統領である鬼若と会談されました。清盛様がいったいどんな話をされたのかわかりませんが、鬼若はとても清盛様のことを気に入り友好の証として自分の片方の瞳を彼に渡しました。

 これが八神家の当主に代々受け継がれる緋色の瞳の起源です。

 さて、鬼道家が物語に参入してくるのは鬼と人の和解の話から随分と後のことになります。

 鬼と交流を結んだ清盛様は自らが望まないのにもかかわらず民から慕われ、権力や富が集中していきます。それを妬んだ者達の宣戦により、結局清盛様は多くの臣下と鬼達を失いました。

 鬼が死んだ後彼らの怨念は瘴気となり龍脈に乗って各地に運ばれ、清盛様が恐れていたことが現実となってしまいます。

 罪。

 今まで人が行っていた罪に反応して鬼が人の精神を奪い始めたのです。

 精神は肉体にも影響し人が鬼になりました。

 もともとの鬼とは違い、人から変異した鬼は理性が無く暴れるだけ。

 かつての悪夢がまた蘇ったのです。

 変異した鬼を殺せば人は罪を被り、またその人間も鬼になる。大飢饉と同じように人が次々死んでいきました。しかしそれにあがらえる人間もいました。

 鬼と人との混血児。鬼道家です。

 彼らは人を殺しても一時的に鬼にならずに理性を保つことができました。

 清盛様や八神家の力があれば限度はありますが罪を浄化できる。この知らせは瞬く間に帝にまで伝わりました。そして帝は京へ清盛様をお呼びになったのです。事態の収拾をするためにおまえに指揮を執ってほしいと。そういう命令でした。

 清盛様はとても人の心を読むのに長けておりました。

 緋色の瞳をもらってからは尚更その力に磨きがかかり、晩年は未来を予知するほどだったと言われております。帝の命令が自分たちをはめる罠だと気づいた清盛様は、この波際の地に八神家と鬼道家。そして数多の臣下を集め。ほとぼりが冷めるまで闇に潜むように命じました。

 鬼となった人を狩れるのは二つの一族だけ。

 どんなに罠にはめようと泣き寝入りするのは罠にはめた人間なのだと知っていたからです。

 そして後のことは頼むと鬼若に伝え波際の地を去りました。

 「その後のことは私は知りません。八神清盛様の話はここで終わっているからです。こういう経緯を経た後に、鎌倉時代になり源頼朝から八神家と鬼道家は罪狩りの仕事を任せられます。そしてそれは今日まで続けられました。先代様は罪を祓う方法が祭りにあることに気づかれ、計画を練っていたようですが。最後には地位に目の眩んだ鬼道家に殺されました。悲しいことです。まさか過去の過ちを一族の者が繰り返すとは。」

 「壮大な話だな。俺は鬼なのか。」

 「ああ。ちょっと信じられない。だけど現に緋色の瞳はある。」

 証の話ではいくつか腑に落ちない点がある。例えば瞳は片方しかもらっていないはずだ。それなのに何故自分は両眼とも緋色の瞳を宿しているのか。しかしそれよりも今のうちに聞いておきたいことがあった。

 「花火大会が終われば全てが解決するのでしょうか。」

 「わかりません。それだけはやってみなければ。それにもし成功したとして解放されるのは、今回のように特別な花火を見た人間だけです。恐らく完全に鬼になってしまった人間には効果が無いでしょう。毎年毎年祭りを行い鬼の怨念を浄化することで、鬼道家が仕事を続けられるようにする。それが精一杯なことのように感じられます。」

 成功したら真美が仕事を続けられる。それだけでも吉報だった。

 しかし失敗したら、鬼道真美はいったい何時まで正気を保っていられるだろうか。

 真美が鬼になったらその鬼は誰が倒すことになるのだろう。隣にいる力也を見ると力也は心配するなとでも言うようにぽんと肩を叩いた。次は自分が家の仕事を継ぐ番だとでも言いたげな、どこか切ない表情をしていた。

 嫌だ。絶対にそれだけは嫌だ。

 「今日の夜が楽しみですね。」

 内心の葛藤を押し殺し士郎が呟くと、証は悲しそうな表情で二人を見返した。

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