2.2:推理
「坊ちゃん待ってくださいよ~。」
「あんたその坊ちゃんってのやめてくれない。」
泣きそうな声をかけられて、拓也は背後からついてくる男を睨み付けた。
男は警察官の格好をしている。
格好だけでは無く実際に警察なのだが、温和そうな顔とへたれな雰囲気のせいでとてもそうには見えない。そんなんだからこんな辺境の市に配属されるのよともう一度言ってやりたかったが、前回言ったときに本気で泣かれたので拓也は言葉を飲み込んだ。
「たかが塾に行って帰ってくるぐらいで、どうしてあんたがいちいち送り迎えに来るのよ。それに何よこれは。」
塾の前に止められているパトカーを指差す。
「送迎者です。」
「そうですね。ある意味送迎者ですね。主に犯罪者さんとかの。これは犯罪者とか警察の人が乗るものでタクシー代わりに使うものじゃないの。」
「だって親父殿がこれで送り迎えしろって。通り魔とか危ないじゃないっすか。」
「ああもう。あんたは親父の犬か。」
「犬可愛いっすよね。」
「もういいわ。目立つからさっさと送って頂戴。」
パトカーに乗り込む拓也を塾帰りの生徒が何やらこそこそ話しながら見送る。新学期になったらまた面倒な噂が立ちそうだなと頭を抱えた。
拓也の父親は警視監だった。父親のことは尊敬していたし自分がオカマであることを除いては彼の期待を裏切ったことは無い自信もある。しかしこの過保護すぎる取り巻きをつけるのは何とかならないのだろうか。炎天下の中家まで歩くよりは自動車にのって送ってもらったほうが楽ではあるけど。
「河野。通り魔は見つかったのかしら。」
「いきなりその話題っすか。もっとこう学生らしい話題を僕に提示してくださいよ。これじゃあ駐在所にいるのと変わらないじゃないですか。」
「あんた、父の命令に託けて仕事サボってるわけじゃないでしょうね。」
「はっはっは。坊ちゃんは手厳しい。」
飄々とつかみどころの無い男に拓也は苦虫をかみ殺したような顔をした。バックミラーごしにその表情を河野は見ていたはずだが、肩を竦めるだけで反省したような素振りすらみせない。
そんな折、運転席付近にかけてある無線から他の警察の声がした。
「境市付近のバス亭に通り魔がまた現れた。付近にいる警官は直ちに現場に急行せよ。前回のように県外の記者に見られることの無いよう迅速に対応するように。」
これはいったいどういうことなのかしら。
拓也は今流れてきた命令を信じられないといった様子で聞き入っていた。
「匂うわ。」
「え・・・。坊ちゃん。おならでもしたんですか。」
無言でにらみつけると、河野はへらへらと笑みを浮かべた。
「そういえば坊ちゃんは知らないんでしたっけ。うちの駐在所で”通り魔”っていうのは一種のお役所仕事なんですよ。」
「どういうことなの。」
「坊ちゃんも大人になって、警察になればわかりますって。」
「何よ。もったいぶって教えてくれてもいいじゃない。」
「それじゃあその話をする前に、僕から一つ忠告をしてもいいですか。”通り魔”について調べるのはやめておいたほうがいいと思います。ええ、坊ちゃんが裏でこそこそ何やら嗅ぎまわっているのは知っています。ですがこの世には贖えないものもあるのです。」
悲しそうに言う河野の顔はいつもみたいにふざけてはいなかった。ただただ悲しげで、諦めたような声音だった。
「それでも調べたいのよ。数週間だけだったとはいえ弘樹は私の友達だったから。敵は討ちたいのよ。私が犯人を捕まえて弘樹の墓の前に連れていって土下座させてやる。」
「わかりました。親父さんから口止めさせられているので教えられはしませんが、自分の目で見て真実を掴んでください。こちら河野。これから境市へ向かう。」
河野が無線で話をしている間に、拓也は村の地形について考えた。
波際市は四方を山に囲まれたある意味世俗から隔離された空間である。
農業や高原栽培が盛んで市だけで自給自足ができるほどの高水準の食料自給率を持つ。これは交通手段が商店街にある海辺駅からの電車を使う手段か、今向かっている山間のトンネルを抜け境市に出る車道しかないためなのかもしれない。
こんなことを考えたのにはわけがある。通り魔はどのようにして波際市を抜け境市へと移動したのかわからなかったからだ。
途中車がトンネルに差し掛かり窓の外の風景を拓也は注意深く観察した。
やはり警察が検問をしている。当たり前だ。通り魔が市で3回も出たのだから。
春休みに1回、弘樹の事件で2回、5月のGW前に駅で事件があったので3回。これだけの事件があったのにもかかわらず何故警察は犯人を捕まえることができなかったのか。河野の話しぶりからすれば警察もぐるということだろうか。仮にぐるだったとして殺人を認める理由はなんだろう。普通に考えれば警察に利益がある。もしくは被害者側に何か罪があるということだろうか。
「つきましたよ坊ちゃん。」
河野にそう言われ考えを一時中断した拓也はパトカーから降りて辺りを見渡した。既にKEEPOUTと書かれた黄色いテープが民家の一軒に張られ、数人の警察が現場検証をしているところだった。
見ず知らずの学生が中に入れるのか不安だったが河野が説明をすると何も言わずにすんなりと中へ通してもらえた。
証拠を集めるもの周囲に聞き込みをするもの死体を搬送するものと様々だったが、拓也にとっては幸運なことに生存者がいた。
まだ小さな子供だ。襲われた家の少女だろうか。
救急車の後ろに乗せられて頭の傷を手当されている。
「すみません、少しお話できますか。」
拓也が丁寧に話しかけると少女の瞳がこちらを向いた。泣きはらした後のように目元が腫れている。この子の両親は無事だったのだろうか。色々な感情が湧き上がる。
「何があったの?」
拓也が尋ねると少女はたどたどしく言葉を紡いだ。要約すると家に見知らぬ男がやってきて両親を襲ったが寸前の所でこれまた見知らぬ少女がやってきて男を切り伏せた。
「その女の人は僕ぐらいの年齢かな。すっごい美人な。」
少女が大げさに頷いてみせた。
女は鬼道真美だ。間違いない。だがこれはいったいどういうことなのだろう。
「通り魔は通り魔じゃなかった?もしかして今までの事件も彼女が。いや、それだと。何のために・・・。」
口に出して疑問を自分に投げかけてみるが答えは浮かばない。質問に答えてくれた少女に挨拶をして河野の所に向かうと河野はもう既に帰る準備をしていた。
「やばいっす。親父さんにここにいることばれちゃいました。早く帰らないとお袋さんにまで怒られちゃいます。」
帰ったら今までの被害者の犯罪歴を洗ってみないと。
まるで刑事にでもなった気分になって拓也はパトカーに乗り込んだ。




