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鬼に恋して  作者: 八神
12/34

2.1:夏休み

 つい先日まで花見をしていたと思っていたら、梅雨になりいつの間にか夏になる。

 四季は移ろい易く時間ばかりが刻一刻と過ぎていく。

 弘樹が死んでから数ヶ月が経とうとしていた。

 少年は入学してから数ヶ月しか登校していなかったようだ。

 そのせいだろうか。皮肉なことに交友関係が希薄だったおかげで、学校は、いや生徒達は、すぐに落ち着きを取り戻し平凡な学校生活を送っていた。

 鬼道家の介入があったのかは正直な話わからない。

 屋上に残された血痕から自殺ではないことがわかり、検視の結果凶器が通り魔と同じだったことから、弘樹は校内で通り魔に襲われて死んだということで警察の調査は落ち着いた。

 ショックを受けた拓也の顔が目に浮かんだ。

 ひどい話だと思う。しかし自分には何もできない。

 拓也は気づいていないようだが自分は一度、真美が人を斬ったところを見ている。

 結局のところ通り魔は罪人を殺して回っている真美のことで、つまりは弘樹を殺したのも彼女ということになる。

 いったい何故弘樹を殺したのか。邪魔だからといって普通の人間がすぐに人を殺すだろうか。

 罪人を殺し、通り魔として処理する鬼道家。

 そのやり方に何か違和感を感じた。

 不自然な感じといえば、学校の雰囲気も以前とは違い変わったように感じられた。

 最初は赤い瞳を開眼したからだと思った。そうではない。

 面白いことに校内での『いじめ』が身を潜めたのもその頃からである。

 警察の調査では他殺ということになったが、皆彼が自殺で死んだと思っているのだ。恐らくそのせいで、弘樹を対象にしていたいじめっ子達だけでなく、他の人間がいじめをしている所もほとんど見なくなった。

 少年が死んだことで彼らは限度というものを知ったのだ。そして死を身近で体験することで彼らは恐怖を知った。人は死ぬということをようやく理解したのである。

 両親を早くに無くした士郎は死というものを早くに認識できていた。だからこそ一期一会を楽しみたいし、仲良く過ごしていきたいとそう思う。それが士郎の生き方だった。

 人は経験によって成長する。この事件がきっかけになり他の人間が成長するというのは、死んだ本人からすれば迷惑この上ないだろうがすごいことだとも思った。

 自分は何が残せるだろう。

 そろそろ高校生活も残り半分となる。

 かき氷を食べながら、蝉の声を聞き、縁側に座って夏を感じている士郎は考えた。

 普通の人間なら子供を残したりもできるだろうが、それはできない。なら自分はどうやって生きてきた証を立てるんだ。何か偉大な発明をしたりテレビに出たり小説を書いたり。そうやって自分が生きていたことをアピールする。いやはや、子供が作れないというだけで難易度が格段に上昇したような気がした。もちろん普通の人間の恋愛も大変だとは思うが。

 来年は3年になり大学進学のための受験勉強に忙しくなる。

 ここが田舎だということもあり高校を卒業した後実家の家業を継ぐ生徒が多いせいか、あまり鬼気迫った感じがしない。それでも都会に出たがっている恵子や拓也は既に塾などにも通っているみたいだし、自分はどうしようかとこの長期休業中に考えるのもいいかもしれない。

 解けかけたカキ氷を口にいれる。頭がキーンとして足をばたばたさせていると家の前の門から力也が入ってくるのが見えた。

 「何やってんだ。」

 土方作業でもしてきたのだろうか。ボロボロの地下足袋に白シャツを着た肩にはタオルをかけている。長期休業になると力也は自給の良いがきついバイトをする。それは家を出て自分のやりたいことをするためで、それが柔道だと士郎は思っていた。しかし、本当にそうなのだろうかという疑問がふと頭をよぎった。力也は将来何をしたいのだろうか。

 「カキ氷力也も食べるよね。持ってくるから座っててよ。」

 台所へ戻り氷を専用の機械で回す。シロップはイチゴしかなかったのでそれを垂らして持って行く。縁側に戻ると既に力也は士郎のカキ氷を食べていた。

 「おかわりどうぞ。」

 「ありがとな。」

 「バイトお疲れ様。毎日大変だね。」

 「そうでもないな。俺働くの好きだし。頭使って働くのは無理だけど体使う分には楽しい。士郎は家のこと何かわかったのか。」

 この夏のほとんどの時間を士郎は自分の家の出自を探るのに当てていた。

 「平安時代くらいから続く旧家であることと、現存している分家の名前の一覧かな。まだ全部は見てない。もし知り合いがいれば色々と聞けるかもしれないな。」

 調べていた本の中に富樫という名前もあった。色々聞いてみたかったが間の悪いことに水泳部の強化合宿に行ってしまっていて家を空けていた。

 「そうか。今色々と忙しいかも知れないけど士郎暇を作れたりできるか。」

 「何だよ藪から棒に。」

 「よかったら今度の日曜に花火大会とか行ってみないか。」

 野郎同士で花火大会なんて行くだろうか。これは明らかにデートのお誘い。いやいや待て慌てるな士郎。落ち着くんだ。

 「どうした。顔が赤いぞ熱でもあるんじゃないか。」

 こいつはわざとやっているんじゃないだろうか。いや男に心配されてこんなに動揺している俺がおかしいのか。熱を測るためにおでこに手を当てられパニックになりそうになる心を自制する。

 「お邪魔しま~す。」

 誰かがやってきた。今日はお客が多い日である。門を通り縁側の光景を見た来客は悲鳴をあげた。学校ならともかくご近所様に迷惑なのでここではやらないで欲しいと士郎は思った。

 「力也ったら真昼間から大胆ね。私たちお邪魔だったかしら。」

 「いやいや何を勘違いしてるんだ。」

 「力也が士郎君を押し倒そうとしているんでしょ。士郎君はシャツがだいぶはだけてるし力也はパンツ脱げかかってるし。」

 「俺のは腰パンだぞ。」

 「で、何の用。今日は塾は休みなんだ。鈴木君もかき氷食べる?」

 「士郎、そんなに一気にしゃべったらよくわからなくなる。」

 「だって恵子は暴走すると話が進まないんだもん。」

 「ちょっと長くなるからかき氷私もいただくわ。それと塾は今日は休み。」

 「俺もかき氷おかわり。」

 「はいはい。ちょっと待ってね。」

 「相変わらずだな。おまえらは。」

 会って早々騒ぎ立てる3人を見てあきれた様に桂がぼやいた。

 家の中に戻りかき氷をとって縁側にもどる。3人にカキ氷を配り終えると恵子の話を聞くために自分も縁側に腰掛けた。

 「冷たい。やっぱり夏はこれよね。それで話なんだけど、日曜日に花火大会があるんだけど八神君は知ってる?」

 「今力也から誘われた。」

 「なら話が早いわ。ちょっくら市議会に殴り込みを。」

 「待て待て。どうしてそうなるんだよ。」

 「だってあいつら頭おかしいのよ。花火大会といえば祭りみたいなものじゃない。それなのに商店街の人たちが出店とかを出すのを禁止したの。久しぶりの祭りだって楽しみにしてたのに。」

 「それで俺の親父が商店街の代表として市議会に話をつけにいったんだ。だけど、俺の親父とその市長は犬猿の仲で門前払いされたって言われたよ。」

 桂の話てる隣で力也が士郎の耳元に顔をよせた。

 ―市長は柔道部顧問にも圧力をかけている。―

 囁かれた言葉に納得をした。力也と同じ位強い桂がレギュラーになれないのはそのせいか。何とかしてやりたいとも思ったが何かが引っかかる。

 花火大会、祭り。そうだ。祭りだ。父さんは祭りの準備は整っているといっていた。もしかしたらこの祭りの主催者が八神家と関係があるのかもしれない。

 「西村さん。花火大会の主催者は誰かわかる?」

 「確か小野寺神社の小野寺さんだったかしら。八神君どうしたの。」

 恵子の言葉を無視し自宅の2階のベッドに無造作におかれている役所からとりよせた除籍謄本を調べた。遠縁ではあるようだが確かに小野寺は親戚であるようだ。PCを起動させ小野寺神社のHPを開くと花火大会についてや連絡先が載っていた。

 深く考える間も無くポケットから携帯を取り出しその連絡先に士郎は電話をしていた。

 「もしもし。小野寺神社です。」

 電話に出たのは年の若そうな女性の人だった。

 「もしもし八神と申します。突然の電話で大変恐縮なのですがいくつか質問よろしいでしょうか。」

 「はい、何でしょうか。」

 八神の名前を聞いても特に声音や息遣いに変化は無い。バイトなのだろうか。それとも自分と同じように何も知らないのか。知らないのなら逆に好都合だ。親父とお袋が自分の記憶を操作していたことを考えると分家の人間にもそれが伝わっている可能性がある。

 「今度そちらにお墓を立てたいのですが、そちらは何を祭っている神社なのでしょうか。」

 「私どもの社は鬼を祭っております。」

 「鬼ですか。」

 「祖霊社とでも申しましょうか。この波際市は鬼が住む場所として知られひどく恐れられておりました。しかし、ある経緯を経てその鬼の頭領が姫様と恋仲になりこの地を守る礎となったのです。」

 「つまりその鬼は一般的なイメージとは違う。良い鬼ということなのでしょうか。」

 「そうですね。というよりも鬼という言葉自体が抽象的な表現で、悪事を働いていたものや乱暴ものを指すのだと思います。」

 「なるほど。ところでそちらが主催で花火大会をすることになっているようですが、どうして今年やることにしたのでしょうか。」

 「どうしてとは?」

 「4年ほど前から祭りらしい祭りは無く、波際市に住む人間としては少し寂しい思いをしてきました。ですので花火大会をやることには大歓迎なのですが、どういうわけか市長さんは反対しているようですね。」

 「困ったものです。世の中は通り魔や犯罪者に溢れています。ここで祭りを行って罪を祓わないと大変なことになるというのに・・・。」

 罪を祓う。やはり祭りが関係していたか。花火の前に小野寺神社にも訪れてみないと。

 「ありがとうございます。それでは近いうちに神社の雰囲気を見に行くことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」

 失礼しますと電話をきる。思ったよりも収穫はあった。恐らく罪は祭りで祓える。まだ八神家の味方なのかはわからないが直接会って話を聞けばいい。電話では嘘を見抜けないが緋色の瞳で内なる火を見れば、その火のゆれ具合で嘘は見抜ける。問題は市長の方だ。恐らくこれが八神家と関わりがあることならば真美が圧力をかけた可能性がある。真美が罪の祓い方を知らないことを考えると、これは単なる嫌がらせて考えていいだろう。理由は自分は死ぬのに他の人間が楽しむ顔なんて見たくも無いというもの。しかし不完全な祭りで完全に罪は祓えるのだろうか。祭りの定義を考えると皆が楽しめないと意味がないような気がする。

 用事が済んだので自室から縁側に戻る。先ほどの縁日の話は終わり3人は花火大会をどの場所で見るかを議論していた。士郎が戻ると何をしていたのか尋ねてきたので、花火大会自体は中止にならないのか主催者に聞いてきたと答えた。

 「出店が無いのは寂しいけど花火大会は楽しみだね。どこで見るか決めた?」

 「なかなかいい所が見つからない。千歳川の近くでやるとは思うんだけど。あそこは混むと思うし。お手洗いが行けなくなるのが辛いのよね。」

 「ならいっそのこと山にある小野寺神社から見る?」

 「いいわね。丁度お墓参りもしたかったし、軽く登山気分で昼ごろに山に登ってのんびり見ましょうか。」

 「帰りが危なくないか。」

 はしゃぐ恵子とは裏腹に桂は心配そうな顔をしてみせた。波際市から歩いて一時間ほどの山道だが街灯も無い山道を歩くのは危ないかもしれない。

 「そこはまかせておいて。2組の小野寺香織は私の従兄弟なの。一泊できないか頼んでみるわ。」

 さっきの女の声はもしかしたらこの小野寺さんだったのかもしれない。ということは恵子は自分とも遠縁ということになるのだろうか。

 「それじゃあ日曜日に士郎の家に集合ってことで。」

 力也が短くまとめかき氷を食べる作業へと戻っていく。拓也も誘ったほうがいいだろうか。ここにいないもう一人の友人のことを士郎はふと考えた。

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