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鬼に恋して  作者: 八神
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1.1:事の起こり

 朝の学校は不自然なほどの静けさに包まれていた。それは嵐の前の静けさのようで、これから始まる学校生活という名の悪夢を考えれば可笑しさがこみ上げてくる。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 中学校、そして今いる高校に入学してから少年は何度も自分に問いかけていた。

 小学校の頃はよかった。生徒たちは皆仲良く本心から笑いあっていた。あの頃はあったものが何故今無くなってしまったのだろうか。年が増え背丈も伸び頭だって良くなったはずだ。それなのに何故、今自分は一人なのだろうか。

 いったい何を失ってしまったのだろう。

 自問自答をしながら校門を抜け下駄箱の置いてある玄関まで向かう少年の鼻先を桜の花びらがかすめた。思わず手でその花びらを掴む。手を広げると薄桃色の花びらが少年の手の中に乗っていた。

 ―君も桜を見に来たの?―

 そう言って話しかけてきた同じ高校の生徒の声を思い出す。高校に入学してからも中学からの『いじめ』は続き、少年は学校をサボタージュしていた。家の中にいれば学校に行っていないことが親にばれてしまう。町をふらふら時間を潰すために歩いていた少年が、その時偶然出会ったのが同じように学校をさぼり花見をしていた少年である。

 -おまえ、学校に行かないのか。-

 少年が尋ねてみると花見少年は驚いたように腕時計を覗き、いたずらが見つかった子供のような笑顔を見せた。

 -馬鹿だなおまえは。-

 あの時の自分は自分の情けなさに苛苛していて、自分のことは棚にあげあの花見少年にひどいことを言ってしまっていた。それなのに彼はまるで気にも止めずに少年に向かって一緒に桜を見ないかと誘ってきたのだ。

 思えばあの笑顔に惹かれたのかもしれない。

 彼の名前が八神士郎だと知ったのは春休みに入る前のことである。

 そして自分がこんなに朝早くに学校に来た理由も彼が原因だった。後1時間もすれば大量の生徒が下駄箱に押しかけまた日常が始まる。その前になんとしてでも彼の下駄箱の中に手紙をいれなくてはならない。

 逸る気持ちを抑え玄関に誰もいないか確認する。

 するとどうだろう。見たことが無い少女が一人、八神の下駄箱をじっと睨みつけていた。

 とても綺麗な少女だった。やけに真剣な表情をしているがどこか目は空ろでぼんやりとしている。少年が見ている間に少女はポケットから封筒を取り出し、乱暴に下駄箱の中へと入れ校舎の中へと去っていった。

 恋文などという古い手段を使うのは自分だけかと思ったらそうでも無かったようだ。それと同時に期待はしていなかったが、少し切ない気持ちにもなった。どうやら八神という生徒はもてる様である。

 元から男が男に対してラブレターを送るという暴挙にでているのだ。奇跡が起こればなどと考えていたがどうやら自分の初恋は終わってしまったようである。

 それでも自分の気持ちに折り合いをつけるために、先ほどまで少女がいた下駄箱の前に少年は立った。もう一度辺りを見回し先ほどの少女がもどってこないかを確認した少年は、通学鞄の中から一通の封のしてある手紙を取り出す。

 下駄箱を開ける手が震える。ゆっくり扉を開くとまだ上履きすら入っていない靴箱の中に少女の入れた封筒が見えた。

 別にこの封筒を捨てようとかそういうことを考えていたわけでは無い。ただ先ほどの少女の封筒の入れ方に違和感を覚え手紙を少女の手紙を手に取った。

 「痛っ。」

 何かが刺さる痛みに少年は思わず少女の封筒を落とした。あわてて拾おうとした手紙の文面を見て少年はその手を引っ込めた。

 『ホモは死ね。』

 達筆ともいえる墨で書かれた文字に少年の心が締め付けられた。注意深く封筒を見ると、封筒の中には大量の画鋲が入っている。たちの悪い悪戯ですむレベルでは無い。あの少女がやったのだ。怒りがこみ上げてくる。自分自身『いじめ』をされていたからよくわかる。こんなものをとてもじゃないが、自分の好きな人間に見せられない。

 好きな人のために行動しているという心のせいか少年の頭が素早く回転し始めた。もとにあった場所へと封筒を戻し携帯で写真をとる。その後怪我をしないように慎重に封筒を取り出し自分の鞄の中へとしまった。

 あの少女はいったいどこの誰なのだろう。問い詰めてやる。

 そう決心した少年は少女を探すために久方ぶりに学校の中へと入っていった。

 少女の封筒のことに気を向けすぎていた少年は、自分の恋文を下駄箱に入れるのを忘れたことに気がつかなかった。

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