表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

第3話 仮面の男(2)

      2 策略


 23時16分、月明かりに照らされる中、2台の車がヘッドライトを揺らしつつ、人里離れた道を只管ひたすら走り抜けていた。

 目指す場所は、当然決まっている。打ち捨てられた工場跡の――朽ち果てた建物が乱立する敷地内にひっそりと佇む――資材置き場であった。そこが仮のアジトなのだ。

 そして車はすぐにも工場跡に侵入し、荒れた道路を縫うように進んでから、倉庫の出入口へと到着していた。

 その後、シャッターの音を姦しく鳴らそうとも、入口をこじ開け、10名ほどの男たちが急いで内部へ入った。中は、テニスコート4面ぐらいの広さで、高さは2階以上あり、様々な荷物、ドラム缶、棚、ホークリフト等が散乱している、ごく普通の資材置き場だ。

 するとここで、2人の男によって両脇を抱えられ、引き摺られるように入ってきた者がいた。

 その姿は……東か? 彼は口を布で塞がれ腕を後ろ手に縛られた状態で、有無を言う間もなく、強引に椅子へ座らされたようだ。おまけに彼の目の前には、ビデオカメラまで据えつけられていたという。

「ぐぐぐーがー」それでも、彼はまだ諦めていないのか、何かを訴えているかのごとくあからさまにもがいていた。

 そこに、「どうしたの? ビデオに撮って送ってあげるから」と唐突に声を発した者がいた。この光景を愉快だと感じて、ステッキを振り回しながら現れた……厳鬼だ!

「お前を捕まえることなんか、赤子の手を捻るぐらい簡単ね」と余裕の一言も添えて。

 だが、それを見た拘束者は、「うがーはきいー」と呻き、益々足をバタつかせたという。やはり、己の行く末をかんがみれば、そうするしかないのだろう。

 とはいえ、今さら足掻あがいたところで何になる。厳鬼は呆れるばかりだ。故に、

「だめだめだめ、どれだけ暴れても意味はないわ。無駄なことは止めて」と諭し、「凄腕の最後がカッコ悪いと、見た世間ががっかりするわよ」と言うなり銃を取り出した。彼の命乞いなど気にもせず、早々に殺やるつもりなのだ!?――厳鬼は非情な男。己の目的のためなら悪鬼非道な行為であったとしても貫徹することが、この男の揺るぎない信念でもあった――そして、躊躇うことなく、銃口を相手の頭に向けた。

……だが、ここで、さらに拘束者は、「ううががぎいーはがくー」とより一層もがき始めたよう。しかも、目が赤く泣いている風な醜態も見せながら。

 おや? これはどういうことだ。何とも小心過ぎる振舞いを晒すとは?……。これには厳鬼も、一瞬、面を食らった。巷で噂になっている、強者とはまるで違う態度を示したからだ。

 とはいえ……少なからずも予想はしていた。やはり噂は噂、世間で言われている〝やり手の敏腕警部〟など、ただの世迷言だったんだと。そこで厳鬼は、(ならば、もう時間はかけまい。ただちに終わらせるまでよ)と考え、

「シーッ、シーッ、静かに! 残念ながら、期待に添わない男だったという訳ですね。それなら心配しなくても、楽にあの世へ送ってあげるわよ」と宥めた後、確りと銃を握り締め狙いを付けた。

 さあ、本当に、敏腕・・警部の最後が来たのだ! もう死は目の前だぞ!

 そして遂に、厳鬼が、実行に移す。息を殺したなら、引金を引いた?……

 ところが、その時――突如、銃声音が鳴り響いた!――「な、なにィー!?」しかも同時に、厳鬼の銃が弾き飛ばされたではないか!

 何が起こった? まさしく……驚天動地。この襲撃には、当然ながら厳鬼も体を硬直させた。何の予告もなしに発砲されたのだから。

 それでも、怯んではいられない。厳鬼は、すぐさま我に返り、飛んできた弾道の始点を返り見て、「誰だ? 出て来い!」と大声で命じていた。

 すると、倉庫の奥、暗い深部に、薄っすらと人影を認める。

 そうして姿を現したのは……何と、豪? 東と思われし男を運んだ豪が、すっくと立っていたのだ!

 よもや、配下の中に裏切り者が紛れ込んでいようとは……。厳鬼は、怪訝した。が、すぐにその事実を認めて、己の不注意さを後悔したうえで、その男に反逆の理由を訊いた。

「お前は……何故だ?」と。

 そうすると、「わははははは――」豪の顔を持つ男は、その問いに答えることなく不敵な笑い声だけを響かせた。まるで正義に浸る悠久の世へいざなうかのように。

(何? ということは……まさか!)そう、漸くここに来て、厳鬼は理解したのだ。己が間違っていたことを……。〝目の前に対峙する男こそ、好敵手!〟とどのつまり、その正体は――すぐさま男はマスクを取り、素顔を現す――言わずと知れた潜入捜査特殊部隊主任警部、あずま九吾きゅうごだったのだァー!

……何ということを! 流石にこうなると、厳鬼も恐れ入るしかなかった。いつの間にか驚くようなカラクリを仕掛けられ、拳銃を片手に忽然と現れたのだから。しかも、彼に対する認識も最初から大間違いしていたようだ――東は、噂通りの強者だったのだァー!――。それなら、(疾うに予想はついているものの)己の前に座している男の素性は……。ただちにマスクを剥いだ。無論、涙塗れの豪だった。これで真相は、明るみに出た。しかし、まだこのカラクリについて説明されていない。「どうやって?」と厳鬼は、東をまじまじと正視しながら訊いた。

 東は、一瞬口をつぐんだ。あの瞬間の出来事を思い返しているかのように……。そしてその後、女に麻酔剤を注射された数秒間に何が起こったのかを刻々と脳裏に浮かべ、語り始めたか?


――言うなれば、それは日々行ってきた訓練の賜物でもあったのだ!――要は、彼が意識を失う前の僅かな時間の間に、先ずは危険を知らせようと腕時計の内部に仕込まれた緊急発信機のスイッチを入れ、続いて懐から小型ガスマスクと睡眠発煙筒を取り出したなら、マスクを被った後に発煙筒を焚くという一連の動作をやってのけ――東たち精鋭は、常に危険を想定して7つ道具を所持していた――その結果として、発煙筒の煙が忽ち周囲に立ち込めたことで3人の男たちは気を失い、逆に東の方は現場に急行した警察官の介抱によって意識を取り戻したというわけだ。⦅全く、何という素早さだ!⦆

 そして後は、言うまでもないだろう。東と豪が入れ替わり、それぞれの立ち位置で周りの族たちを欺いていたのだ。


 これで、東の話は終わった。厳鬼も納得したであろう。

……となれば、残す任務は奴らを逮捕するだけだ! 東はそう決意すると、ただちに銃を突きつけ毅然と言った。

「仮面男! 何を企んでいるのか知らんが、もう終わりだ。おとなしくしろ」と。

 ところがその後、突然厳鬼が、「うふっうふふふ」と笑い出した。

 はて? どうしたというのだ。

 そしてさらに、奴は肩を怒らせ首を横に振っていたという。

 東は嫌な予感を覚えた。とはいえ、そんな鷹揚・・な態度を見せられようとも恐れるに足らず、既に奴の動きを抑えている訳だからいくら部下が大人数いたにせよこれ以上の足掻きはできないはずだ、とも推察していた。

……が、それなのに、続いて奴が指を鳴らした途端、(むむっ!)異変が起こったかッ? 突如、駆け寄る足音が聞こえたかと思ったら、5人の拳銃を持った男たちが現れ、あっという間に東の後ろを塞いだのだ!

 しかもそこに、「愚か者め! お前のすることはお見通しだ。手下に成り済ましていたことには少々驚かされたが、いずれそのつらを見せるだろうと踏んでいたのよ。さあ銃を捨てろ!」という、厳鬼の勝ち誇った声までも聞こえてきた。

 やはり、見抜かれていたようだ。

(何てことだ! 一瞬のうちに優劣が逆転してしまったではないか!)

 東は悔しがった。そして、例の女が知らぬ間に消えていたのが気がかりだったが……睨んだ通りだった、と回顧した。

 これで前には10人の悪党、後方は銃を構えた5人の男に囲まれ、流石の東でも人数が多過ぎる。簡単には倒せないだろう。

 それなら、一旦ここは退いて態勢を立て直すべきか? とも考えて周囲を窺ってみたものの……それも不可能に思えた。今回こそは、抵抗など無意味だと悟るしかないようだ。東は、仕方なくゆっくりと銃を下に置いた。

「さて、それでは死んでもらうわ!」続いて奴の最期通告を耳にした。それから、「確りと狙いをつけろ!」という、5人の子分に向かって発した声も聞こえてきた。

 とうとう、5丁の拳銃に狙われてしまったのだ! もう、逃げられはしない…… 

――まさに、東の命も、これまでか?――

 そして、後ろの男たちが、今にも引き金を絞ろうと構える中、厳鬼の命令が、遂に下されたのだァー! 

「撃てー!?」


 ところが、その時だ!

――地を揺らす大爆音が、辺り一面に轟くと同時に、耳を劈く破裂音が忽然と鳴り響いた!――何と、東を狙った5人の後ろで、大爆発が発生したのだった!

 途端に、哀れ悪党5人は悲愴な絶叫を発するとともに前方へ吹っ飛び、無残な姿で倒れ込んだ。続いて厳鬼たちも、爆風を受け後ろに仰け反った。

(そう、まさしくこれは……援護射撃だったのだ!)

 よってその場は、忽ち恐ろしいほどの煙が立ち込め、視界がゼロとなってしまった。

 それでも、数秒後に薄っすらと周りが見えてくると……《えっ? まさか》誰もがその光景を一見した途端、度肝を抜かされたであろう。驚くべきことに、5人が立っていた後方の壁面が完全に破壊され、その上の屋根までも大穴が開けられているではないか! そしてその直後には、開いた穴から警官たちが何発もの銃声音を鳴らし突入してきたという。

 これで完璧に、東たちが優位に立ったのだ! 子分たちも慌てふためき、逃げ惑う姿を見せていたのだから。……とはいえ、まだまだ懲りない連中でもあった故、抗うことも忘れていなかったよう。ただちに、銃を乱射して応戦してきた。この場は一瞬で凄まじい戦場へと変わってしまったのだ。

 そうした中――難を逃れるため物陰に隠れていた――東も、漸く動き出す。ともあれ、信二たちが倉庫の外でタイミングを計ってバズーカーを発射するという筋書きが――無論その作戦の決行時は、危険が及ばないように東の位置が赤外線探知機で把握されていたのであろう――成功したみたいだと感心しながら。そして、拳銃を――既に取り戻していた――握りしめたなら、急いで標的を探した。厳鬼がどこにいるのかと、目を凝らしたのだ。

 すると、ホークリフトの陰に隠れている姿が見えた。だが、奴は何故か反撃することなく一点を見つめていた。不意の奇襲で打つ手を失ったか? 確かに無理もない。倉庫では弾丸が乱れ飛び、四方八方で銃声音が激しく聞こえている狂瀾怒涛の交戦中だ。そうそう動き出すことも……。と思ったが、否、違った。厳鬼が、突然走り出した。奴は、ただ逃げる機会を探っていただけだったよう。倉庫の端にあるドアへ向かって一直線に駆け出した。

 ならば……逃がすまい! 東も、すぐさま追った。

 しかし、厳鬼は予想以上に速く、飛び交う弾丸の中を難なくドアに辿り着き、あっという間に扉を開けて内部へ入ってしまった。

 これには、東も焦った。「ええい、待て!」走行の途中で捕えようと懸命に追いかけたのに、奴は意外にも俊敏だったようだ。それでも、遅ればせながら、何とかドアに辿り着き扉を開けた。……が、その途端、(うっ、危ない!?)――突如、2発の銃声音が鳴り響いた!――何と、弾丸が行く手を遮ったという! 厳鬼の狙撃だ。その場は上り階段で、奴はいつの間にか拳銃を手にして――どこかの隠し棚から取り出したか?――上階から発砲してきたのだ。

 しかし、そこは百戦錬磨の勇士――そう簡単にられはしない――素早く身を伏せたため上手く避けることができた。それから今一度、危険を承知の上で追跡を続行する。奴の動きを警戒しながら、用心深く階段を上り始めた。たぶん、最上階は屋上だと目星をつけて。

 ただ、そんな中、上がるにつれて上階の開け放された扉から空気を切り裂くようなローターの回転音も耳に入ってきた。(むっ! あの音は搭乗機か? 急がなければ……)どうやら屋上に、ヘリコプターまで待機させていたようだ。

 故に、東が屋上まで上り切ったところで、ヘリに乗り込む厳鬼の姿を目にした。と同時に――3発の銃声も鳴った!――ヘリから狙い撃ちをしてきたか!

 だが――弾かれた金属音と低く詰った音がした――その弾は階段の手摺りと床に当たり、辛うじて東には命中しなかった。さらにその後も、何発かヘリからの銃声が続いたものの、彼の華麗なステップで屋上を縦横無尽に走り抜ければ、何とか弾を回避することができた。

 とはいえ、その間にも、ヘリはドンドンと上昇して離れていく。……駄目だ。このままでは捕まえられないぞ!

「待て! 逃がすか」彼は叫んだ。そして、即座に銃を構え慎重に狙った。今度はヘリの飛行を止める決意だ。

 となれば……どこを狙うべきなのか?

 瞬時に答えを得る。それは、テールローターだ!

 よって――数発の銃声音を響かせた!――見事、ヘリの後方テールローターを撃ち抜いた。

 そうすると、ヘリは忽ちバランスを崩し、煙を上げて回転し始め――到底飛行は無理な状況だ――錐揉きりもみしながら下の道路に落下する結果となった。

(よし、これで思惑通り動きを封じ込めたぞ。もう少しだ)

 そこで彼は、早速、下へ向かおうとした。けれどこの場は、ビル三階ほどの屋上、急には降りられない。それなら――可能と思える方法――倉庫の壁を這ってでも下りようと試みたが……(むむっ? 時遅し?)先に子分の車が進み来て、ヘリに横付けしたよう。結局は、間に合いそうになかったという訳だ。

「ここまでかァー!」東は、悔しがった。あと一歩のところまで追い詰めたのに結局は捕まえられなかったのだから……

 それでも、今回は……諦めるしかないようだ。

 彼は、断腸の思いで奴が車に乗り込む光景を見続けていた。次こそは逃がさないと決意しながら。


 ところが、その時、思いがけないことが起こった。「えっ?」厳鬼の仮面が、何と、唐突に外れて、期せずして奴の素顔を垣間見てしまったのだ! [ただし、それは一瞬の出来事。その後は腹立たしくも、車は厳鬼を乗せたなら、タイヤの摩れる音も姦しく高速で走り去って行った]

 彼は、呆然とその場に佇んだ。悪漢を逃がした後悔もることながら、〝仰天する事実〟を知ったことで……

 そして、思わず、その事実を口にしたのだった。


「厳鬼は……女だ! あの女だ!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ