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第2話 悪のフェイスを借りて(ラスト)

      3 暗殺


 次の日の18時46分、2台の車が夕暮れ時の道路を走行していた。

 前車の後部席に鬼頭が乗り込み、子分たちを従えてパーティー会場に向かっていたのだ。

「おい康、仗は準備しているんだろうな?」と鬼頭は、助手席の気弱そうな男に問うた。

「ヘえ、もうすぐ指定の位置に着くとの連絡が入りやした」ただちに、おどおどした声が返ってくる。どうにか、準備は整った様子。ならば、後は順調に目的地まで進むだけか? 鬼頭は、もう一度、運転手の五郎を垣間見た。問題なく走行させているかどうか確かめるために。

 するとここで、鬼頭の横に座る上溝が、不満そうな顔で問うた。

「ところで、何故私も一緒に行くんだい。遠くにいる方が安全じゃないか」と。

 だが、それも抜かりがない。

「いやあそこですがね、遠くてもアリバイ作りにはなりませんからね。それより吉永の側にいた方が先生も被害者扱いされるじゃないですか」と説明した。

 途端に、上溝の表情が明かるくなったか? どうやらその言葉の意味を理解したみたいで、

「ほほう、つまり世間は誰が狙われたか知る訳もない。たまたま、吉永が撃たれる。さすが鬼頭さん、悪知恵が働きますな」という賛美する言葉に変わった。

 鬼頭は得意げに、「ははは、これぐらい考えつかないと商売になりませんわ」と答えるのであった。

 そうするうちに、2台の車は港に停船している豪華客船に到着した。つまり、この場所でパーティーが開催されていたのだ。――既に200人以上の人々が船のデッキで楽しんでいる姿を目にする――

 続いて船に乗り込むため、鬼頭、上溝、そして子分たち、腕っ節が強そうなまさと、あまり極道向きとは思えない康と赤シャツの五郎が、桟橋の入り口受付に向かった。残りの子分たちは、車の駐車場で待機する手筈てはずだ。

 桟橋さんばしに近づいたら、ギリギリ2人が通れる幅しかない狭い入り口だった。 

「いらっしゃいませ。招待状を拝見します」とすぐに秘書が声をかけてきた。

 そこで鬼頭は、「こちらは吉永先生の資金パーティー会場ですね?」とわざとらしく尋ねる。

「そうでございます」

「それでは、これを招待状代わりということで、入れてもらえないでしょうかね?」と言うなり、今度は部厚い封筒を手渡した。

 秘書は中身を見て、慌てた仕草で吉永の所へ走って行った。

 次にその様子を真横で見ていた上溝が、「いくら入れた?」と訊いてきたので、鬼頭は指を5本とも開いて示す。

 それから間もなく、鬼頭の要求が通り、参加可能になった。ただし、全身をハンディタイプ金属探知機で調べられたのだから、当然銃など持ち込めなかったが。それでも鬼頭たちはデッキに向かって行った。デッキでは吉永が客たちの相手をして忙しそうだ。そして言うまでもなく、彼の側をつかず離れず、警護する2人のSPの姿もあった。

「今晩は、吉永さん」先ずは上溝が挨拶した。

「やあ、上溝先生、今日はよく来てくれました」と吉永は答える。彼らは適当な会話で場を盛り上げた。

 それにしても周りを見渡せば、デッキは大勢の人々でごった返しだ。しかし、屋根がない分、開放感があって大空には星も見えていたため、とても快適だった。

 すると突然、「あっ、炎が見える」と女が上空を指差した。何かが燃えつつ上から近づいてきたからだ。……とはいえ、すぐにその正体を見抜いた様子。女が、「あれは……熱気球」と呟いた。

 一方、吉永も、何となくその存在に気づいていた。こんな夜に気球とはおかしな話だ、と思いながらも、その物体を注視していたのだ。が、暫く見ていると、さらに奇妙な物に目が奪われる。気球のゴンドラから不審な棒が突き出ていたという。

(あれは……何だ?)と彼は考えた。そして、突飛な予想だが、よく似た物を思いつく。

――(もしや、ライフル?)――

 と、次の瞬間、1発の銃声音がした! やはり、思った通り猟銃だった。それがゴンドラに仕込まれていて、火を噴いたのだ!

 忽ち、銃声に驚いた船内の人々はパニックとなり、乗客の喚き声や金切り声、逃げ惑う足音が烈火のごとく充満した。加えて、銃撃を受けたのだから、SPも黙っていられようか。気球に向かって、何発もの銃声を鳴らし撃ち込んでいた。

 そう、鬼頭たちの計画とは、上空から吉永を狙撃することだったのだ。

 けれど、鬼頭たちの思惑は外れ、吉永は……無事だ。一瞬 かがんだため――彼にしてみると幸いだったに違いない――当たらなかったみたいだ。

「クソッ、失敗したか!」それ故、仕掛けた鬼頭は悔しがるしかなかった。しかもこれで、相棒の上溝が「ど、どうする?」と言っておろおろするばかりの、全く役に立たないお荷物になってしまった。鬼頭は難局に直面したのだ。とはいえ、ここまで来て諦める訳にはいかなかった。

 そこで、取りあえず上溝だけでも逃がそうと思い、「貴方は逃げな、後はわしらで何とかするわ」と指示を出した。

 上溝はその言葉を受け、耳をつんざくほどの悲鳴が聞こえる中、まさしく収拾のつかなくなった群集の内部へ、躊躇うことなく身を投げていた。

 片や、標的である吉永の方は、物陰に隠れているようだ。狙いが自分だと察しているのだろう。

 そして船上では、益々人々の叫び声と銃声が渦巻き大混乱に陥っていた。皆我先と逃げ惑い、陸への狭い桟橋を渡ろうとしているみたいだが、そうそう容易く大勢の中を進めるはずもなく、桟橋から海に落ちる者や船から落ちる者も出始めた。これはもう阿鼻叫喚の図と言うべきだろうか。

 するとその時、そんな狂乱の真っ只中で、思わぬ光景に出くわす。銃声音を鳴らし撃つことだけに気を取られた1人のSPが、不意に逃げる客に体当りされて床に転倒したのだ。しかも、その拍子に銃を落としたことは言うまでもないが、それだけで終わらず、頭をぶつけたSPの打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなっていた。つまり、幸運なことに銃を奪い取る絶好の機会を得たのだ。

 となれば……動かないでいられよか! 鬼頭は、躊躇なく銃を手にした。ただし、まだ事を起こせない。もう1人のSPが残っているのだから。

 鬼頭は辺りを見回した。ちょうどデッキの先端で銃声音を鳴らしながら無心で発砲していたSPを目にする。近くには五郎の姿もあったという。

 よって、子分に合図を送ったことは言うまでもなかった。

 そうすると、五郎はその意図を理解したようで、ボスの要望に答えるべくゆっくりとSPに近づいていった。そして、タイミングを見計らって……突き飛ばしたかァー!

「うおーー!?」忽ち、海面への衝突音が聞こえた。SPは海の底へと一直線だ。これで鬼頭にとっての邪魔者は消えたという訳だ。

 それから後は、お決まり通り、鬼頭は逃げ惑う客を無視して、ここぞとばかりにその銃を吉永へ向けた。

「何するんだ!」当然、吉永は驚いた様子だ。ただちに大声で叫んだが、客の喚き声や悲鳴、走り回る靴音が続く異常な騒音の中では、誰も彼の声など聞いていない。それをいいことに、即刻吉永を抱え込み口に猿ぐつわを噛ませた。

「ぐぐーがーごきゅさー」そして吉永が暴れようとも、構わず彼の両腕を抑え込み、鬼頭は子分ともども一塊となって、群集に紛れながら船の外へと連れ出そうとした。

 ただしそこに、「先生! 吉永先生、せん、せー!」という秘書の呼ぶ声が、その悪事を阻止するかのように聞こえてきた。……が、それも、「がぐーぎーばくがー」という虚しい音で返すのみ、あっという間に雑踏の中で掻き消された。結局は、吉村の居場所など分かるはずもなかったのだ。

 そうしてその間に、鬼頭たちは歩を進め、何とか岸壁まで辿り着く。

 すると、辺りは未だ混乱し、逃げて来た多くの客で悲鳴と騒音が止まない状態だった。要は、ある意味、悪党の一団にとって有利な状況になっていたという。何故なら、怯える大衆は自分たちのことだけで悪党どもを見向きもしない、そのうえ暗闇でもあるため、移動しても人目に付かないからだ。

 故に鬼頭たちは、難なく駐車場に着くことができた。

 後は、着くなり吉永を車に押し込んで自分たちも同乗する。と同時に、子分たちの乗った別の車両へ、

「お前ら、警察がすぐ来るからな、わしらが逃げるまで派手に暴れてポリを引きつけておけ」と無線で命じていた。

 そして奴の車は、瞬く間に闇の中へと走り去っていったのだ!―― 


      4 偽りのフェイス


 ここは北港のドック。夜11時09分の薄暗い街灯の下で、5人の男たちが車から降りた。手を縛られ猿ぐつわされた男と、鬼頭たち4人の強面こわもてだ。

――鬼頭はSPが落とした銃を持ち、やすまさも同様に銃を構えている。ただ、五郎だけは飛び道具を持たないまま現れた――

 奴らは吉永の後ろを暗黒の海にして、前を塞ぐ形で陣取った。

 それから、鬼頭が徐に話し始める。

「あんたには何も恨みはないが……わしらの商売の邪魔になるんでね。悪いがここで死んでくれ」と。

「あぐうがーくがぐー」忽ち、吉永の、声にならない声が聞こえてきた。ジリジリと後ろへ下がろうとしながら。だが、それは無駄というもの、後方は冷たい海だ。逃げようがなかった。

 続いて、鬼頭は言った。早々に終わらせるために。

「康、殺れ!」

 気弱な男に命令したのだ。

 ただしその男は、「お、俺がですかぁ?」と蚊の鳴くような声であからさまに拒んだ? 全くの、腰抜けだったようだ。

 これには、「何ビビってんだ! お前も度胸のつけ時だろうが」と当然ながら鬼頭は腹を立てた。……が、今は時間がなく、無理強いさせるより早く終わらせることが先決だったため、康のことは後回しにして、もう一人の厳つい男にその荒仕事を任せることにした。

「仕方ね。剛、お前が殺れ!」

 すると、ただちに請け負う剛。

「オッケー、ボス。俺が仕留めますわ」

 どうやらこの男は、血も涙もない根っからの悪党みたいだ。剛は躊躇することなく、ゆっくりと吉永に近づいて行った。

 一方、そうなると、「うぐぎーばぷうー」と吉永はただちに声を荒げ、おろおろと後退しながら命乞いを始めたことは言うまでもない。必死の形相で首を左右に振り、掌を突き出す動作をして訴え続けた。

 だが、それが何になるというのか? 凶悪な剛に通用する訳もなかったのだ。奴は全く意に介さない態度で――既に指をトリガーにかけている――今にも撃つぞと言わんばかりに狙いを定めていたのだから。

 そして、遂に悪漢が、吉永の頭部を目がけ、引金をひいた?……

「待てー!」ところが、その時、突如闇の奥深くから声が響いた!

――ぬぬっ! 誰だ?――まさしく、思いもかけない邪魔者が現れたのだ! となれば、当然ながら鬼頭は驚き、同時に子分たちも動きを止めた。それから、すぐさま気配のする方を顧みる。

 そうすると、暗闇の中から靴音が聞こえてきたか? しかもそれは力強く、どんどんと近づいてくるような……。鬼頭は、その接近してくる足音を耳にして、何故か嫌な予感を抱いた。

 そして、姿を見せたのは……

「仗!」

 鬼頭は思わず口にした。

 何と、スナイパー仗が、唐突に登場してきたのだ! 全く、何というタイミングの良さ……。それでも、確かに硬い表情の仗ではあったが。

 そうしてその男は、近寄るなり、

「ボス、俺がりますよ」と申し出た。

 鬼頭は、その言葉を不審に思いながらも、先ずは問うた。

「よくここが分かったな」と。

 男は、「上から見ていたんでね」と人差し指でフェルトハットのツバを下にして答えた。さらに、「こうなったのも、俺が吉永を撃ち損じたせいだ。俺の責任でやつを始末しますよ」と殺しのプロなら言いそうな言葉を吐いた。

 鬼頭は、少し迷った。が、その男をじっと見定めた後、

「いいだろう。仗、きさまに任せた」との承諾をした。

 故に彼は、了解を得たことで早々に吉永の方へ近づいていった。さしもの名手も、暗い場所で遠くの物を命中させることは難しかったみたいだ。

 そして、もう観念したかのように黙ったまま膝をついている吉永に対して、「大丈夫だ、すぐ済む」と言った後、彼は、ガンホルダーに手をかけ、ゆっくりと銃を抜いた……

 ところが、次の瞬間、「そこまでだ!」と急に鬼頭が叫び声を上げた! しかも、その男に銃までも向けて、「剛、気を抜くな。お前たちもチャカで狙っていろ!」と子分たちにも指示を出したではないか!

《はて? これは、どういうことだ……》

 実は、目の前の男を疑い始めていたのだ。――というのも、男の振る舞いを見て、当初からどことなく仗とは違う雰囲気を感じ取っていたからだ――

 となると、彼の方も、「ああっ? 何のおふざけだ!」と抗議してきたことは言うまでもない。

 だが、男の言い分など聞いていられよか。

「銃を下に置け!」と命令した。

 忽ち、彼の顔に困惑の色が浮かんだ。……それでも、

「俺だよ、仗だよ! スナイパー仗だ」という主張を続けたようだが、結局のところ鬼頭は承知せず、

「いいから、捨てろ!」と銃口を突き付けて叫んでいた。

 流石にこうなると、彼も覚悟を決めるしかないだろう。仕方なさそうに右手で銃のグリップを慎重に摘んだら、足元へ投げた。

 それで漸く、鬼頭が理由を話し始める。

「仗、いや、誰か知らないがお前は仗ではないな」と確信がある口振りで言った。

 その声に、彼の方は沈黙を通し、少し微笑んで聞いているかのよう。

 なおも鬼頭は、「いいか人間てものはな、どうにか上手く化けても、体の輪郭だけは真似できないもんだ。暗がりの中、お前の輪郭は仗よりちょいと細くないか?」との指摘をしていた。

 そこで確実に、彼は頬を緩めたか?

「それに今の拳銃の置き方……仗はなっ、左利きだ!」と言った途端、「わはははははー」その男が声高々に笑い出した。まるで悪党を蹴散らすように。

――そうだ、鬼頭の推理は正しかった。 かくして、その正体は?――

「お前は誰だ!」

 ゆっくりと、顔から精巧に作られたマスクを剥がして、声を発した!

「私か、私は警察署捜査一課第9班、あずま九吾きゅうごだ!?」

 やはりその実体は、東だったかァー!

 東は仗のボイスチェンジャー付きフェイスマスクを被っていたのだ。〔そのマスクと言うのはアメリカのバイオテイク社の協力の下、警察技研班が科学の粋を集めて、声質と顔が瓜二つとなるがごとく人工皮膚で極秘に製作された物だった〕

 鬼頭が叫んだ。

「何! 東? 東は死んだはず」頭に血が上ってこようとも、大声を出さずにはいられなかった。「仗はどうした?」

「仗は死んだよ。屋上で私と争い、手を滑らせて落ちた。私は縁ふちにつかまって助かったがね」

「何だと!」どうやらあの時、屋上から落ちたのは東でなく仗だったという訳か? 鬼頭は、それを新たに知らされ、本心から悔しがった。「ええい、ちくしょう!」とさらなる雄たけびを上げた。

 ただ、そうなると、次なる警戒心も湧いてきた。他の警官もいるのではないのか? という疑念だ。そこで、急いで辺りを見回したものの……他には誰もいない様子だ。鬼頭は少し安心した。それから、半分嫌味を込めて「1人で来たとは度胸があるじゃないか!」と言った。

 だが、東の方は何故か余裕があるらしく堂々と言い返してきた。

「お前たちなど、私1人で十分だ」と。

「何を! 生意気なあ」怒り心頭だ。「ええい、こうなったら2人とも、殺っちまってやる!」と言って、鬼頭はSPから奪い取った銃を彼らに向けた。しかも、「先ずは、お前だ!」と東に照準を合わせた。

 さあ、まさに彼にとっては、絶体絶命の状況か? 丸腰のまま9メートル離れた所から発射される鬼頭の弾丸を避け、数名の敵と戦わなければならないのだから。それに辺りは何もないガランと開けたドッグ。一旦弾から身を守ろうとしても、どこにも逃げられない……

 東よ! この危機を避けられるのかー?

 そして、とうとう鬼頭は、その指を引金にかけ……容赦なく撃った?

〈うっー!?〉ところが次の瞬間、鬼頭に異変が起こった! 唐突な腹の痛みでうずくまる。(何が起こった? 不意に誰かの攻撃を受けたのかのよう)

 さらに、この一瞬の出来事によって、奴にとっては好ましくない方向へと転じた。東に反撃する機会を与えてしまったのだ! 素早く足元の銃を拾ったなら、瞬く間に2発の銃声を響かせ、剛と康の拳銃を撃ち落としていた。

 全く、何てことだ! 形勢逆転され、今度は己が銃を向けられる番になるとは……

(しかし、いったいどうなっている? 誰が、殴りつけたというのだ!)鬼頭は、未だ苦痛で座り込んでいたものの、その刺客を知るため、仰ぎ見た。

 するとそこには……五郎と呼ばれた男が立っていたではないか!(彼に見事な肘打ちを食らわされていたようだ)

「き、きさま! 裏切ったなあ」これには、鬼頭も烈火のごとく怒りを表した。続いて、こうなったら子分たちに命令するしかないと考えて、

「クソッ! 剛、康、こいつらをやっつけろ!」と叫んだ。

 が、1発の発砲音が聞こえた! 東が剛に威嚇射撃したのだ。

 その発砲で、「うわー! 逃げろ」剛は慌てて逃げ出した。康は既にどこにもいない。

「うっくー! あの馬鹿ども」結局は、子分の不甲斐無さに地団駄を踏んだだけで無駄な足掻きだったという。……ならば、せめても我が身を殴った男の素性を知りたいと思い、「お前は! 何者だ?」と訊いた。

 そうすると、その男は待ちくたびれたとでも言いたげに顔からマスクを取って正体を明かしたのだった。

「俺は、西村信二警部捕だ!」と。

 何と、知らぬ間に、信二が五郎に成り済ましていたのだ!

 流石にその結末は、鬼頭を驚嘆させた。それから、ゆっくりとうな垂れて、「い、いつから入れ替わっていた?」と思わず口にしたところ、その詳細を東から聞かされた。

「サブたちを捕まえた後、9番倉庫の屋根に隠れている五郎を見つけたことが発端だ。そこで、この男を上手く使えないかと考えた末、西村警部捕が五郎に変装してお前のアジトの様子を探るというミッションが発令されたのだ。そして、まんまとアジトに潜入し、必要な情報を得たことで仗に罠を仕掛けることできた。私の部屋にいたのは信二警部捕だ。彼が私に似せた人形を操作してライフルを撃たせている間に、こちらは仗のいるビルへ向かったのだよ。後は、知っての通り、私が仗に成り代わっていたという訳さ」と。

「最初から……」鬼頭は、彼の説明を耳にして自分の注意のなさを悔いた。

 そうして最後に、東の自信と生気に満ちた声で引導を渡されたのだ。

「鬼頭厳造、お前を殺人未遂、及び麻薬密輸罪で逮捕する」と。 

 その言葉に、鬼頭は肩をガクッと落とし両手を地面につけた。観念するしかなかったのだ。

 その後、どこからともなくパトカーのサイレン音が聞こえてきた。もうすぐ、警官たちも到着するであろう。

――これで全てが、解決したようだ――


      5 足掻き


 遂に終わったか、と信二は胸を撫で下ろした。

 一方、東は、背中を向けて吉永を助けようとしていた。そして、悪巧みを完膚なきまでに封じ込められた鬼頭の方は、反撃する気力も失せているみたいで、膝をついて力なく顔を伏せている。ただその姿は、これでやっと1つの麻薬組織が終焉したということを意味していた。それは勿論、信二たち警察官にとっても喜ばしい結果だった。たった1つの抑止でも、しいては多くの人々の生命を護ったとも言える訳で、それこそが警察の使命であったからだ。彼は今回のミッションが成功に終わり、心の内で誇らしく感じていた。

 次に信二は――まだ警官たちは来ていないが――すぐにでも鬼頭を署に連行できるようにと、奴の側へ近づいていった。いつしかこの男も、真っ当になることを願いつつ。

 そして、奴の伏せた態を立たせるため、腕を掴む……

 だが、その時! 予想だにしないことが起こった。鬼頭が信二の手を振り払い、彼を突き飛ばしたではないか!

 まさか、奴はまだ抗うつもりなのか? 信二は唐突な突進を受け、倒れ込むしかなかった。……しかも、それだけでは終わらない? 鬼頭は、さっき真下に落とした、SPの銃を拾い上げたよう。

 仕舞った! 一瞬の隙を突かれ、飛び道具を奪われてしまったのだ!

 さらにその銃を――何てことだ!――奴は、目の前の東に突きつけた? 東は、後ろを向いたままで気づいていない。これでは、確実に撃たれてしまうぞ!

 信二は、心底焦った。ただちに、東に向かって、「危ない、あず!?」と叫ぶも……駄目だ、もう間に合わなかったァー!

――銃声音が響いた!――

 とうとう東が、弾丸を受けてしまったのだァー? 全く、信じられない結末に……

 と思ったが、「んっ?」次の瞬間、信二は己の目を疑った。

 何と、東は健在だった! 倒れるどころか、平然と正面を向き直り仁王立ちした状態で悪党を見据えていたのだ。

 いったいこれは、どういうことだ。弾が当たらなかったのか?

 となれば……言うまでもなく、鬼頭の方も怪訝そうな顔を見せた。それでも、撃ち損じと思ったに違いない。さらなる連射で容赦なく何発も東に撃ち続けた!

 だが、不思議なことに東は平気だった!?

 鬼頭は、唖然とした表情を浮かべた。そして、「…………?」何も言わず、ただその場に佇み、マジマジと手にする拳銃を見つめていた。

 すると、そこに、終焉を告げる東の一声が、高らかに聞こえてきた!


「それは……空砲だ!」



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