表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第2話 悪のフェイスを借りて(1)

      1 スナイパー


 どれほどの時間が経過したのか定かではないが、大凡1時間は経っているであろう。じょうは、そう思いながらあずまが住むマンションを眺めていた。

 ここは、東の部屋が丸見えの、ちょうど道路を挟んで建っている向かいのビルの屋上だった。しかも、屋上の縁は数十センチほどの高い段になっているだけで、フェンスなどは設置されていなかったため、奴にとっては好都合なロケ―ションでもあった。これで見晴らしがいいうえに、膝を折った楽な体勢で狙えるという訳だ。

 後は、住人が帰って来るのを待つばかりか。

 すると、その時……やっと部屋の電気が点いて、それと同時に窓から人影が現れた。どうやら、東のご帰還か? 薄いカーテンが少し閉められているものの、確りとガラス越しに東と思える男を捉えることができた。

 ならば、今こそ仕掛ける時ぞ! 仗は、すぐさまライフルを構え、スコープで狙いをつけた。そう、スナイパー仗はプロの殺し屋! 訳あって東の命を脅かそうと潜んでいたのだ!

 ところが、東と思える男は、部屋をウロウロと歩き回り、なかなか動きを止めない。これだと狙いが定まらず、当てるのは至難の業だ。このままでは一発も撃つことなく、この苦境を切り抜けられてしまうのか? いいや、焦ることはない。最初からそんなことは、仗も重々承知の上だ。これまで通り、ただ粘り強く、来るであろう好機を待つのみ……と考えていたら、待つまでもなかったよう。早々にチャンスは到来した。一瞬東の顔が壁に隠れたと思いきや、突然窓側に背もたれを向けたソファーの上へ腰かけた。つまり、敵は命を奪われるとも知らず、全くの無防備な状態でソファーにもたれかけた頭部を、はっきりとスコープに映し出したのだ。

 まさしく、今をおいて他にはない!

 杖は、ただちにサイレンサー付きライフルで狙いを定めた。さあ、もう逃げられはしない、観念するしかないぞ!

 そして仗は、決意の末、息を詰めて、ゆっくりと引き金を……引いた!

 鈍い銃声音が鳴った! 続いてガラスの割れる音と重い着弾音が聞こえ、それとともに衝撃を受けた頭が、前方へ倒れ込んだ。弾が……当たったのだ! それ故、標的はまるで人形のごとくピクリとも動かなくなっていた。

 何と、遂に東が、凶弾に倒れてしまったようだァー!


「手ごたえあり」仗はこの結末に満足してすっくと立ち上がった。何とか大仕事をやり遂げたことで、ボスへの忠義が果たせたという訳だ。

……だが、そう安心したのも束の間、唐突に後ろの出入口から開閉音がした! 仗のいる屋上のドアが大きく開けられたのだ。

「うっ?」これには、当然ながら杖も驚いた。そして、こんな深夜の屋上で何が起こったのかと訝り、反射的に振り返った。

 すると、その目に1つの影を捉えた。知らぬ間に、黒いスーツの男が扉の前に立っていたのだ!

 まさに、想定外の出来事か。人が寄りつくはずもない所に、突如現れるなんて。

 ならば、いったい何者の登場だ? 杖は、ただちに「誰だ?」と尋ねた。

 そうすると、その男は、隙のない動きで近づいてきたと思ったら、朗々とした声で名乗りを上げた。

「私か、私は東九吾だ!」と。

 えっ、何だと? これは全くの、寝耳に水だ! よもや、今撃った相手が、目の前で対峙していようとは……。然しもの杖も、戸惑った。疑惑の目を向け、その男を凝視するのだった。


 風が吹き抜ける屋上に2つの人影があった。煌々たる月明かりに照らされる中、悠然と佇む東が、不審そうな顔つきで身構える仗を見据えていたのだ。

「チッ、きさま!? 騙したな」途端に、仗の怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら奴も、今回は東のトリックが先に仕掛けられ、自分より一枚上手を行く男だということに気づかされたみたいだ。やはり、東九吾はそれほどの兵。そう簡単に殺られはしなかった。

 ただそうだとしても、仗の態度に引き下がる気配が見えない。もう一度、素早く狙えば仕留められると感じたのか、即座にライフルを構え直そうとした……が、1発の銃声を響かせた! 無駄なこと、東の拳銃が先に火を噴いた! 奴のライフルを呆気なく弾き飛ばす。そして、「無意味な悪足掻きは止めろ」と彼は言葉を投げた。

 流石にこれで、奴には勝ち目がなくなったように思えた。仗は奥歯を噛み締める仕草を見せ、悔しそうに立ち尽くす。……とはいえ、どういう訳か、その後も周りを窺っている様子だ。しかも次に、

「ふふふ、どうかな、俺に一杯食らわせたと思ったら大間違いだからな!」と言ってから、何やら怪しそうな顔つきになり、徐々に後ろへ下がりだした。

 むむっ、奴は、まだ白旗を上げるつもりはないのか? ここは、高さが20メートルもあるビルの屋上だ。下には跳び下りられるようなめぼしい建物も存在しない。それなのに、逃げることを諦めていないようだ。

 東は、不可能だと思いつつも、その不穏な動きを警戒し、

「おい、もう逃げられんぞ、諦めろ」と諭した。

 ところが次の瞬間、危惧した通り、何故か奴は、屋上の端へと走り出した!

「……はっ?」これには、東も驚嘆するばかりだ。いったい、何を考えているんだと呆れた。……としても、今は奴に合わせて後を追うしか方法がなく、慌てて駆けだしたところ……げっ? さらなる奇行を目にする羽目に。仗は、全く躊躇も見せず、一気に屋上から外へ飛び出したではないか!

「な、何ということを……」東は仰天した。よもや、こんな結末を見せられようとは想像だにしない。すぐさま奴の飛び降りた場所へ駆け寄り、身を大きく乗り出して下を覗き込んだ。

 すると、まさか、目の前にはとんでもない光景が展開されていた。あろうことか、仗が、「かかったな」という得意げな声を発するとともに、ちょうど真下の壁にしがみついていたのだ!――奴は地表へ飛び降りたのではなく、両手で外壁の縁を掴み、ビルの側面にぶら下がっていただけだった――

 しかもその直後、驚愕する東の隙を突き、攻撃さえも仕掛けてきた! あっという間に、東の首を左手で締め上げたなら、彼の上半身を屋上から突き出させたのだ。

「うぐっ!?」大変だ! こうなると、東も身動きが取れなくなった。このままでは、奴の容赦ない腕力を受けて、20メートル下の強固な地面へ引きずり落とされてしまうぞ!

 東は、必死で耐えた。言うまでもなく全身全霊で抗った!

……が、何てことだ! 仗の握力は予想以上に強く、彼がどれほど懸命に堪えようとしても、それ以上に力を込めてきたではないか!

 そして遂に、「死ねぇー!?」と雄叫びを発したなら、奴は渾身の力を振るった?


――うわぁぁぁー!?――


 東の命運が、尽きた瞬間だったァー!



      2 逃げる男

 

――さかのぼること9時間前――

 空が夕焼け色に染まる頃、繁華街に靴音が響き渡った。

 それは、唐突なる逃走劇であった。赤いアロハシャツを着た男が、複数の人影に追いかけられていたのだ。そして、追跡していたのは警官たちで、男の方は、「おい、待て、待たないか!」という警官の声を無視して、街並みを滅茶苦茶に駆け抜けていた。それも、まるでわざと目立つように、大通りから入り組んだ細い裏道へと行ったり来たりして逃げ回っていたのだった。

 だが、そうした逃走を続けていると、次に異例なことが起こった。うらびれたビル裏の路地に入った時、突然怪しげな者が前方に現れ、走る男に合図するかのごとく、しきりに右手の人差し指である場所を指し示したという。そこは、目立たないありふれたバーのようだが……

 ならば、その指示に従うしかない。追われる男は、迷うことなくドアを勢いよく開けてそのバーへ逃げ込んだ。

 すると、中に入るなり、「こっちだ」という声が聞こえてきた。店主らしき男に手招きされたのだ。それから、あっという間にカウンターの後ろにある小さな隠し部屋へ押し込まれたなら、店主の方は――偽装を仕掛けた張本人であるにも拘らず――何食わぬ顔でコップを拭き始めたよう。(……全く、そのお手並みには恐れ入る)

 続いて遅れること数秒、警官の登場となる。

 彼らは、入店するとすぐに、「今、男が入ってきただろ?」と訊いた。が、その問いにも、筋書きが用意されていたみたいで、

「ああ、そうだね。でも、すぐ裏のドアから出て行ったけど。何か、やばいことでもやったのかい?」とつとめて自然な感じで店主は答えた。

 警官たちは顔を見合わせ、それ以上何も言わなかった。それでも、カウンターの中を探したり、店内を隈なく見て回ったようだが、店には訳あり男が3人ほど酒を飲んでいるだけでお目当ての男の姿が見えるはずもないのだから、結局は諦めた様子。

「悪いな、裏から通るよ」とだけ伝えて、すぐに出て行った。

(どうやら、上手く追い払ったような。これでやっと、一安心できる)

 すると次に――安全になった故――赤シャツ男は店主によって部屋から出され、

「どうした? 五郎」と話しかけられる。《やはり、店主は男を知っていたのだ》

 赤シャツ男は、答えた。

「いやあ、ポリはしつこいんだわ。それより大変なんだ。ボスに早く報告しないと。ボスは今どこにいるんだい?」と。

 店主は――すぐに話の意図を理解したみたいで――迷うことなく、「いつものアジトだ」と言った。

 どうやら、次に向かうべき所が判明したようだ。

 そこで、五郎と呼ばれた男は、一瞬考えるふりをしてから、

「まだ、ポリがうろついているからな! 誰か俺を先導してくれないか」との要求を出した。

 店主は、思案している風だった。……が、一理あると思ったに違いない。すぐさま、一見気が弱そうな若造に、

「康、お前が連れて行け」と言った。

 よって、赤シャツ男は、康の導きでアジトへ向かうことになった。


 迷路のような細い路地を進んだ後、うらびれたビルが見えてきた。どうやら、目的地に着いたようだ。そして、ちょうど目の前にある、怪しげなドア――その建物の一階に設置されていたのだが、何故か取っ手がなく目の高さの所にスライド式の小窓がついているだけの扉――が入口らしい。

 続いて康が、ドアをノックした。

 そうすると、その小窓が開けられ、厳つい男が顔を出して素性を確かめるようにこちらを睨んだ。(警戒しながらも、仲間の是非を瞬時に判断したか?)後は、すんなりと扉が開けられ、労せずして部屋に入ることができた。そして、3人の屈強なボディガードを横目で見ながら細長い廊下を進んだところ、ちょうど20畳ぐらいの部屋に突き当たり、その奥のソファーでどっかりと座り込んだメタボな中年――太々しく葉巻を吸っているよう――と、その前で座している、リーゼントできっちりきめた紳士風の男を目にした。漸く、この界隈を仕切っている、鬼頭厳造きとうげんぞうという悪党と対面したのだった。

 早速、康が、「ボス、連れてきました」とおどおどしながらも、中年男に告げた。

 すると鬼頭の方は、開口一番、「五郎、どうなった?」と尋ねてきた。

 アロハシャツの男は、報告すべきことを話し始めた。

「はい、サブ兄いたちは捕まりました。俺は倉庫の屋根で隠れて見てやした」

「クソ、ポリコウめ! だいたいの話は聞いたが、誰がサブたちを捕まえた?」

「えーと、何でも東九吾あずまきゅうごとかいう奴ですわ」

「東九吾か……。捜査一課の、ちょっとは名の知れた警官だな。サブたちも最初にそれを見抜いていたら、臭い飯を食わなくて済んだものを……。それでやり手か?」

「はあ、拳銃の腕は結構いけてますわ、そらもう2人の拳銃をバッバアンと撃ち落としました……」

「そいつの住所は?」

「はい、分かってます」

 と、ここまで話した後、一旦会話は止まった。鬼頭が眉間にしわを寄せ、何か考え始めたよう。そして、少し間を置いてから、

「次の大仕事の邪魔になるな。ねえ、上溝かみみぞ先生」と今度は目の前の紳士に話しかけた。

 ただし、上溝と呼ばれた男の方は声をかけられようとも、テレビに夢中で上の空だ。というのも、ちょうど画面に映る自分の姿を――この男は政治家だった――ご満悦の様子で見入っていたせいだ。

 それでも、次に別の男が口角泡を飛ばす画に変わったなら、薄ら笑いを浮かべつつ話に加わったか?

「こいつが当選すると鬼頭さん、あんたの仕事はお手上げですよ」と。どうやら、候補者の中に強力なライバルがいるようだ。

 そして鬼頭の方も、そのことは重々承知しているみたいで、

「分かってますって、貴方の対抗馬の吉永が市長になったら終わりだというのはね。あんなお堅い男ではブツは売りさばけないからな。それに比べて上溝かみみぞ先生は柔軟なお人柄だから必ず市長になってもらわないといけない」と返答した。

 するとその声を聞いて、上溝は次なるぼやきを口にしたか?

「まあ、当選するにも金がいるからねえ」と。

 だがそれも、鬼頭には問題なかったようで、

「わははははー、それは任せてくださいと言ってますがな。わしは必ず貴方を当選させますわ。当選の暁には、貴方の権力でドンドンかせがせてもらいますがね。そしてこの町を牛耳る」と答えたという。つまり、鬼頭の支援を受けて、上溝は十分に安泰だったという訳だ。

 これで、納得したであろう……と言いたいところだが、はて? 何故かまだ上溝は怪訝そうな表情を見せていた。

「しかし、このままでは無理だ。世論では奴の方が有利だからね」どうやら、決定的な得票数の差があるようだ。

 となると、どう考えても無理がある。鬼頭もお手上げか?

……と思ったら、それにも手があったようで、奴は殊更声を荒げて言った。

「だから、明日の資金集めの船上パーティーで死んでもらう――」

(えっ! 何だと? とんでもないことを口走ったぞ!)これには――側で一部始終聞いていた故――アロハの男も慄いた。まさか、こんな悪行を耳にするとは思いも寄らなかったのだ。

 ただし上溝の方は、その企みに気が乗らない様子だ。

「おいおい、物騒ぶっそうなことを……。それ以上は聞いていないからな」と戒めたという。

 そして鬼頭も、結局はそれ以上詳しい話もせず、「おおと、そうでした」と言って会話を終えたのであった。

 その後、奴は何か思案しているような素振りを見せる。徐にグラスを手にして酒を注ぎ始めた。

 それから、ポツリと「ただ、東という奴が厄介だなあ」と呟いた。

――やはり、そう来たか? 彼の存在が気になりだしたと見える――

 すると、その時、「ボス、俺がそいつをりますよ」という声が、突然奥の別室から聞こえてきた!

――おっと、新たな展開か? どうやら、別の悪玉が名乗りを上げたようだ――

「おお、仗か、お前には大事な仕事があるしな」とはいえ、鬼頭の方はその申し出にすぐさま反対した。

 だが……

「ねえボス、俺以外誰がいる? 腕が立つ男をやれるのは俺しかいないだろ。このスナイパー仗しか!」その悪玉は引こうとしなかった。頭に被ったフェルトハットを指で押し上げながら、再度己を推奨していた。

 鬼頭は、迷い始めた様子。

 そして、暫く考えてから、「よおし、いいだろう。東を殺やったらすぐ戻れ、準備の時間も必要だ」と認めたよう。それから今度は、アロハ男の方を振り返り、「仗を東の所へ連れて行け」と命令したのであった。

 ただちに、2人の男は準備に取り掛かる。

 奴らの計謀が始まったのだ!



  …………………………


 そうしてその9時間後、

「死ね!」仗が、東を力任せにビルから落とそうとした。

 東は、懸命に堪えたものの……

「うわぁーー!?」

 暗闇の中へと、遂に落ちていったのだァ――――!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ