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第1話 その名も……(ラスト)

      3 転


 とにかく九死に一生を得た。俺は植木の柵に隠れて、暫く間、奴らが去るのを注視していた。ただし、その姿が消えるのに連れて、自身の愚かさを反省する気持ちが心の底から湧き上がってきたため、

「なにやってんだ。これじゃマンションには帰れないじゃないか! バッグを見つけた時、正直に警官に言えば良かったのに」と悔やんだ。

 それでもここで、ハタと気づく。

「そうだ。今から警察に電話しよう」こうなれば通報するしかないと、携帯を取り出したのだ。

 だが、ちょうどその時、不意のメールも入ってきた。おいおい、こんな時に誰からだ? 俺は、当然ながら迷惑な心持ちになった。とはいえ、確認しない訳にもいかないので、画面を見ることにした。

 すると、えっ! 次の瞬間、俺は固まった。何故なら、『君のバッグはいただいたよ。明智君、怪人9面相』というふざけたメッセージが、目に飛び込んできたからだ!

……ということは、まさか、あの男は? そうだ。漸く俺は理解した。やはり、嫌な直感が的中していたのだ。

 あの、グラサン男は、弟の信二だったのだァー! つまり、馬鹿な弟が要らぬ変装をして俺をからかうつもりが、結局はただの勘違いで、例のバッグを俺の物だと誤認して持って行ったという話だ。

 ただし、そうなると……余計話がややこしくなったような。信二はバッグを持って俺のマンションへ向かっているはずだから、もしかすると、奴らと鉢合わせになって捕らえられてしまう可能性も出てきた。それに、最悪信二が捕えられたとして、素直にバッグを渡すかどうかも分からない。なんせあいつは、変に天邪鬼で小細工したがる性格なので予想がつかず、下手をすると逆に騒ぎ立てるかもしれないのだ。……となると、そうなった時、奴らだって黙っていないだろう。信二に危害を加えることもあり得る訳だ。

 俺は、考えれば考えるほど危険を感じずにはいられなくなった。

 そこで、またまたマンションを目指して走り出していた。もう疲れたとか言ってられない、必死に頑張るのみだ。

 そして、大いに走った末、息も絶え絶えにマンションまであと数十メートルという地点に到着したところで、

「おい、止めろ! 何すんだ」と言う信二の声が、唐突に聞こえてきた。俺の目の前で、信二が奴らに捕らわれ車の中へ押しこまれていたのだ。しかもあいつ、まだサングラスとマスクをつけたままだ。

「信二!」俺は懸命に叫んだ。

 けれど、あっと言う間に信二は車に乗せられ、無情にも俺の前を走り抜けていった。

 うううっ、何てことだ! 信二が連れ去られるなんて……。俺は戸惑った。

 するとその直後、ポケットから音が鳴った。携帯の着信音だ。

「し、信二かー?」俺は、弟だと思ってすぐさま電話に出た。

「アニキ! 助けてくれ」途端に、耳をつんざくような叫び声が聞こえてきた。やはり、信二だった……が、それは一瞬のこと、すぐにサブの声に変わって、

「平田さんよ。俺たちを馬鹿にするのもいい加減にしろよ。何が怪しいサングラス男だ、てめえの弟じゃねえか。いいか、弟を助けたかったら、例の物を持って来い。場所は西埠頭の9番倉庫だ。時間は4時きっかり。それと警察に通報するなよ。弟の顔を二度と見られなくなるぞ!」と言った後、携帯が切れたのだった。

 俺は為す術なく、その場に呆然とたたずんだ。全く声も出せず、ただ車が去った方向をじっと見詰めるだけであった。


 サブの言葉に疑問を抱きながらも、俺はとりあえずマンションに帰ることにした。

 何も考えられないまま玄関を開けて部屋に入る。そうすると、目の前に1個の鍵が落ちていることに気づいた。無造作に床の上で転がっていたからだ。

「これは、何だ?」俺は、当然不審に思った。が、よくよく見れば駅のコインロッカーの鍵のよう。「そうか、信二のやつ、ロッカーに預けたのか……」どうやら信二は、幸か不幸か男たちに出会う前にバッグをコインロッカーに入れたらしい。たぶん、信二なりのお遊びの一種?

 となれば、俺は急いで手に取り、ただちに駅へ向かったのは必然だった。だが、駅への道すがら後悔せずにはいられなかった。俺のせいで信二を危険な目に遭わせてしまった罪悪感で一杯だ。

 すまない、信二。俺が必ず助けるから待ってろよ! こいつを渡せば無事に帰してもらえるさ。奴らだって人殺しまでしないさ。きっとそうさ、と心の中で願うのであった。

 そして一頻ひとしきり走った後、ようやく駅に着いた。それから慌だしくコインロッカーを探し、

「ええと、番号は09番とっ、あったあった。これだ!」と見つけ出したなら、早々にコインロッカーの鍵を回した。すると……やはり、バックが中に入っていたのだ。

 俺はそれを見て、これで信二を助けられるとの期待を抱き、一先ずホッとした。

 ならば、後は慎重にバッグを取り出すだけだった。……が、そう安心したのも束の間、んっ! 背中に異物が当たるのを感じたと思ったら、

「振り向くな! 拳銃がお前の背中を狙っているぞ」という低い声が、背後から聞こえてきたではないか!

 えっ! またまた誰かに脅されているのか? 俺は仰天し、今度はいったい何者が現れたんだ? とただちに思案したものの……それは考えるまでもなかったような。たぶん、あの族たちの取引相手に違いなかった。ということは、車でのいざこざを遠目で窺っていて、それ以降も後をつけてきたということになる。全く、何てことだ! 俺は信じられなかった。とはいえ、いくら嘆いても現状が変わるはずもなく……結局は、男の言いなりになるしかなかった。背中に紙袋を押し付けられたうえ――中に拳銃らしき物の存在を感じる――「振り返らず、バッグをゆっくりと渡せ」と急かされていたのだから。

 俺は、本当に観念した! 仕方ないと諦め、言われた通りバッグを渡すことにした。

 そうすると、男はそれを受け取り、

「いいな、そのまま動くんじゃねえぞ。お前をずっと狙っているからな」と捨て台詞を吐いたのち、その気配を消したのだった。

 暫くの間、俺はロッカーを前にして立ち尽くす。動ける道理がなかったのだ。そうして数秒が経ったところで、静かに振り返ってみると、言うまでもなく男は消えていた。

 途端に、張り詰めた気持ちがほぐれ、安堵感からその場に崩れ落ちた。だが一方で、この結末を思慮すると、悲嘆するばかりだ。

「あーっ、何てことだ。バックを取られてしまった! どうする、信二!? クソッ、どうする……」

 俺は茫然自失となり、頭を抱えるのであったァー!


      4 結


 時刻は午前4時過ぎ、西埠頭9番倉庫前に5人の男たちの姿があった。[そこは人気ひとけのない見通しの利く空き地で、近くに何台かの車が駐車していたが、それ以外に身を潜められるような障害物のない所だ]そして、まだ外は薄暗く風は冷たかった。

 そんな中、リーダー格であるサブは、拳銃を片手に辺りを窺っていた。自分の隣に拳銃を持ったゲンと運転手のタロウを控えさせ、その前にはヒデを配置させて――信二の肩を抱えながら拳銃を突きつけている――異常がないか見定めながら平田の到着を手ぐすね引いて待っていたのだ。

 すると……漸く人影が見えてきたか?

 平田が、到着したようだ。

 サブは、待ち兼ねたとばかりに一声を発した。

「バッグは、持ってきたか?」

 そうすると、平田はバッグを慎重に抱きかかえて言った。

「ああっ、持ってきた!」と。さらに弟のことを心配している様子で、「信二! 大丈夫か」と言う声も返ってきた。……が、その危惧は無用というもの。今のところ、信二に手を上げていない。そのため弟の方も、「オーケイ、大丈夫だ」と返答していた。

 これでどうにか、無事だということが伝わり、漸く交換する準備が整ったか?

 それなら、急いで事を済ませよう。サブは声を張って催促した。

「よし、バッグをこっちに投げろ!」

 とはいえ、平田もなかなかの用心深さを見せた。自分のペースを崩さず、

「その前に、信二を離せ」と抵抗してきたのだ。

 サブは、止むを得ず、「ヒデ、そいつを自由にしてやれ」と命じた。

 だが、ここで、ちょっとした異変が起こる? というのも、時は既に日の出を迎え、男たちの身形や持ち物までもはっきりと朝焼けに照らされるようになったせいで……

「待て! あいつの持っているバッグ、わしらのバッグと違うぞ!」とゲンが突然、偽装に気づいたようだ。

 となれば、「な、なに?」サブの方もまんまと騙されていることに勘づき、慌てて「おい、そのヤロウを放すなよ!」とヒデに命令をし直し、続いて平田を睨んだなら、「てめえ! どういうつもりだ。弟をぶっ殺されたいか!」と物凄い剣幕で捲し立てた。

 ところが、次の瞬間、より驚くべき異変が起こったか?

 突然、サーチライトが眩しく光ったのだ!――たぶん、偶々前方の車両がライトを点けた?――

 忽ち、バッグの問題は脳裏から吹き飛んだ。閃光に包まれながら、サブたちは固まる。しかし、本当に驚愕したのはその後かもしれない。何と、その一瞬の隙に、信二がヒデの腹に肘打ちを見舞っていたではないか! [若造は、あっという間に拳銃を落とし、その場に崩れ落ちる]

「な、なにィー」これには、流石にサブも慄いた。まさか、あの気弱そうな男が、強拳を繰り出して仲間を叩きのめすとは思いも寄らなかった!

 しかし、そうなると……黙って見ているわけにもいかない。(反抗する者を野放してなるものかァー!)

 よって、二人の悪漢は、すぐさま決意した。「このやろう!?」と叫ぶなり、信二に銃口を向けたのだ!

⦅大変だ! 歯向かった代償は、まさしく死に値するのだから……⦆

 そして遂に――哀れ、信二の最後かッ?――銃声音を夜空に響かせたァー!

 とうとう……信二が、絶命?

……と思ったが、えっ? 違うぞ! 彼は健在、銃弾を受けていなかった!

⦅はて? どういうことだ?⦆

 というより、悪漢が発砲した形跡すらなかったような。何故なら、撃つ前に銃を弾き飛ばされていたからだ。

 そう、つまり今の銃声は、サブたちに向けられたものだったのだ!

 ええっー? そんな馬鹿なァー! ならばいったい、誰が悪党どもの銃を撃ち落としたというのだッ?


 サブは、口をあんぐりと開けて、前方を見据えた。

 すると、そこには、拳銃を構えた……えっ! 平田? 何と、あの平田が、すっくと屹立していたではないかァァー!



 ただちに、数名の警官たちが集まってきた。4人の男たちを取り押さえるため、事前に潜んでいた警官たちが動き出したのだ。サーチライトも警察の車両によるものだった。その後、お決まり通り彼らの働きで、現場は周辺を隈なく捜索され、猫の子一匹逃れられない状況となる。

 そうした中、1人の警官が平田に近づいてきた。続いて敬礼するとともに、

「任務完了しました。警部!」との報告を受けた。

 要は、これで一件落着したということだ。平田も本来の自分に戻っていた。以前とは全く違う顔つき、ポーカーフェイスで隙がなく、まるで別人と思える姿に。そして今さら言うまでもないが、本当の彼は治安を守る警部であり、過去の振る舞いは全て事件を解決すための芝居であった。

「他に仲間はいたか?」平田が徐に訊いた。

「いいえ、4人だけです」警官は即答で返した。

 その返事に、平田は少し残念な思いで、

「そうか。ボスを含め全員逮捕するためにサブたちを捕えず、えておよがせてみたが、無駄だったか」と語るも、すぐにもう1つの気にかかることを尋ねた。「だが、捕えずにいた別の理由。バッグはどうなった?」

「ハッ、信二警部補が簡単に発見されないようにと、バッグの内布の中に発信機を縫いつけたお陰で、奴らのアジトが判明しました。その後、緊急手配した結果、全員確保して逮捕することができました」

 こちらは思惑おもわく通りいったみたいだ。それを聞き、多少安堵する平田であった。

「分かった、ご苦労」後は、警官をねぎらっていた。

 するとここで、別の警官に誘導されながら、サブたちが神妙な面持ちで近づいてきた。ただし奴らも、この結末に納得できなかったと見える。サブは、間近に来るや否や、

「あんたは警官か? あの弟も?……」と声を震わせ訊いてきた。

 平田は、その問いに、「そうだ。彼は弟でなく私の部下だ」と答えた。その声に自信と生気をみなぎらせて。

 さらにサブは、ふと思い出したように言った。

「車の煙も、あんたの仕込みか?」と。

 それも、少し微笑みを浮かべ、

「あれも私が小型の白煙筒を足元で焚いたのだよ」と答えたなら、空の白煙筒をふところから取り出して見せた。

 すると突然、今度はヒデが割り込んできた。

「いつからだ? いつから俺らを出し抜こうとしてた!」と我武者羅がむしゃらに訊いたのだ。

 平田は、その声にも応じるべく、今回のミッションについて詳細を話し始めた。

「運搬される日や輸送ルートは前段階で判明していた。しかし一網打尽にするべき情報の欠如、取引場所がはっきりしなかった。そこでお前たちが通るであろう公園に警官を配備し様子を探っていたところ、お前が樹の下にバッグを放置した。その放置したバッグを使えばと……要は、お前がバックを置いて行った時、あの時から私は平田浩一になった訳だ」と。

 途端にヒデはうな垂れた。それから、己の犯した失敗にも悔いるような顔つきになり、

「……俺のミスか!」と呟いた。

 そして最後に、サブが問わないではいられないと言いたそうな顔で尋ねてきた。

「あんたは、何者だ?」

 ならば、その正体を明かす時が来たようだ。

 彼は、男たちを見据え、高らかに告げたのであった!


「私か、私は警察署捜査一課第9班、闇に忍ぶ悪を叩くために組織された潜入捜査特殊部隊の主任警部、あずま九吾きゅうごだ!」と――




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