第4話 もう一つの宿命(4)
「そう言えば、今度カジノが解禁されるそうですな。これで大手を振ってギャンブルできますがな」
ところがその後、上条が気になる話を持ち出したか?
[賭博場では、まだ中年たちの会話が続いていた]
すると、金光は、自分にとって好ましい話題をふられたもんだから思わず高揚しながら話し始める。
「社長、耳が早いですな。わしは今度、この町に巨大なカジノタウンを建てるつもりですわ。アメリカのラスベガスみたいなのを作ってみせますよ。そして、完成したのちには、わしがカジノキングに――」ただし、そこまで言いかけたところで、今度は突如、とんでもないことが起こった!
――何と、大爆音が頭上から聞こえてきたのだ!?――[同時に、天井の激しい揺れが発生し、大量の粉塵と白煙も上から降ってくる]
まさしく、想定外の出来事が勃発してしまったのだァー!
こうなると、「な、なにごとだ?」金光と言えども、一瞬で思考が停止した。もう上条の存在すら忘れて、唯々放心状態になる。
だが……事態はそんなことだけで済む話ではなかったか? その影響は客たちにも及び、途端に叫び声や駆け回る足音がホールに木霊したかと思ったら、取り乱した様子で一目散に出入口の階段へ殺到し始めたという。要は、ゲストの方もパニックを起こし、このままでは大事故になりかねないのだ!
となれば、狼狽えている場合ではなかった! 金光は我に返り、すぐさま部下に指示を出す。
そうすると、「皆さん、落ち着いてください。出口はこちらです」と、部下はその命に従って客たちを誘導し始めたか? とはいえ、その方法は少し様子が違っていて、地下に通じていた入り口の階段とは真逆にあたる場所へ連れ出していた。――それは一見すると、間違った行為に見えるかもしれないが、実を言うとそれが正しい選択だった。警察の手入れを想定して迅速に逃げられる別の出口を作っていたからだ――
これで何とか……客たちは片付いたか? 金光はホッと胸を撫で下ろす。ただ、そうは言っても、肝心の、この混乱を引き起こした原因が分からないままだ。金光は途方に暮れた。
ところが、その時! 入り口階段付近で――ドアを隔てていたものの――突然、打撃音と呻き声が聞こえてきた!
「げっ、今度はなんだッ?」よって、またまた驚く羽目に。……が、これで漸く勘付いたか! この大惨事は侵入者の仕業だということを。
すると、その直後、勢いよくドアが開いて、警護の部下が無残な姿で転がり落ちてきたか? [男は造作もなく床の上で倒れ込む]そして、それとともに姿を現した者は……
(ぐげっ? 何てことだッ!)
――言うまでもなく、桃夏であったァー!――
5 謎のボディーガード
遂に、二度目のチャンスが到来したようだ!
桃夏は、確りと奴を捉えていた。
とはいえ、標的は往生際も悪く――まさか飛び道具を握り締めこの場に現れるとは想像すらしていなかったのであろう――「お前? いつの間に……やめろ! 来るんじゃない」という声を喧しく叫んで逃れようとしていた?
だが、それは全くの無駄というもの。彼女は、とっくの昔に覚悟を決めているのだから。
それ故、息を止めたなら、躊躇などすることなくトリガーを絞った?……
ところが、「うっ!」次の瞬間、突如金属を叩いたような甲高い音が鳴ったかと思ったら、何と、手にしていた銃を弾き飛ばされてしまったではないか! しかも、辺りにガラスの欠片を散乱させるほどの衝撃で……
何てことだ! 予想もしない、誰かががガラス製の灰皿を投げてきたようだ。
流石にこうなると、桃夏も焦った。まさかここに来て、邪魔が入るなんて思いも寄らなかったのだ!
だが、気落ちしている暇はない。彼女はすぐさま、投擲が為されたであろう方角に目をやった。
そうすると、部屋の奥の、爆風で舞った薄煙が漂う中から、ゆらりと1人の男が姿を見せたか?
どうやら、強面のならず者……
否、あの顔に見覚えあるぞ!
〘よもや、こんな所で出会うとは?〙
――何と、かつて鬼頭の子分だった、剛だ!――いつの間にか金光の用心棒になっていたようだ。
ならば、先にこの強者の荒くれ男を排除しなければならなくなったという訳か?
とはいえ……そんな障壁は何の意味も持たないのだが。どれ程の強者が来ようとも、彼女を負かすことなど有り得ないからだ。
それでも、挑んでくるなら相手をするしかない。
故に、女戦士は腕試しとばかりに、(よし、受けて立ってやる!)と即座に承諾した。
さあ、新たな戦いの始まりだ。桃夏の拳に力が入る。
そして、一時でも早く片を付けようという思いから……彼女は、先制攻撃に打って出た!
「てやァァー!?」息もつかせず猛然と突っ走ったなら、未だかつて誰も防いだことのない、得意の跳び蹴を繰り出したのだァー!
ところが、「えっ?……」少し思惑が違ったかぁ? 強面は、紙一重でかわした。
何と、これは驚きだ。彼女の技が通じなかったのだ! ということは、予想に反して、かなりの手練れ?……
それなら、気持ちを切り替え、次の攻撃だ! 今度は着地と同時に右回し蹴りを仕かけた。
……が、これも上手く「うくっ?」男の左手で受け止められた?
さらに桃夏の、蹴りと見せかけてからの、左右連打のパンチを繰り出した、ものの……それすらもことごとく避けられた? まさしく、剛と思われし男は見切っていたのだ! これには、然しもの桃夏も慌てた。ただ、そうは言っても、男の方も防戦一方で攻めあぐねているみたい?……。と思ったが、「うくッ!?」一瞬でも気を抜いてはいけなかったのだ! あっという間に攻撃に転じられ、彼女の襟首が掴まれた途端、投げ飛ばされてしまったではないか! [彼女は宙を舞い、そのままテープルの上に嫌というほど叩きつけられる]
とどのつまり、縦横2メートル弱のテーブルワゴンを真っ二つに割って、彼女が床に打ち付けられてしまったのだァー!
――(全く、信じられない。いとも簡単に敵の技で倒されるなんて!)――
まさにこれが、男の本領?……。とするなら、兎に角滅法強いぞ! この事実は彼女でさえも驚くべきことだった。
一方、そんな中、金光たちもこの機に乗じて動きだしたか?
「今の内です、早く逃げましょう! 社長」と奴の部下、岩城が囁くと、
「わ、わかった」金光の方も同意を示したよう。
奴らは急いで裏口から退散していた。
ただし、2人の戦いは、まだ終わりそうになかった。
机の側でグッタリと倒れていようとも、桃夏の眼光は鋭く、今にも攻撃の狼煙を上げるかのような殺気すら感じられたからだ。
そして、それを一番肌で感じ取っていたのは、言うまでもなく対戦相手の剛だ。彼は、瞬ぎもせず彼女を凝視しながら、(やはり、退く気配はないようだ)と思い、諦めることにした。つまり、この後も荒くれの用心棒として、さらなる彼女の攻めを全力で阻止しなければならなくなったようだ。
全く、何と損な役回りよ!
すると、そんなことを考えているうちにも桃夏がスクッと立ち上がったか? 手足を振って一旦緊張を解きほぐすような仕草を見せる。まるで、ウオーミングアップが済んだとでも言いたげに……
どうやら、彼女の、本気の戦いが始まりそうだ。
――今度こそ死闘は避けられない?――
彼は、思わず息を呑んだ。
……と、その直後、とうとう仕掛けてきたかッ! 前回とはまるで違う、獣のごとき速さで――桃夏の五体が見る見るうちに迫り来る――突っ走てきたのだァー!
だが、彼も、臆していられない。退くことなく真正面で身構える。
そして、遂に両者が激突?
……と思えど、ここで異変が起こる。何と、彼女の姿が掻き消えたのだ!
今まで目前にしていたのに、影も形もなくなっただとォー? [余りにも接近を許してしまったことに加え、まだ薄煙も漂っていたため彼女の動きを捉え損ねたよう]
どこだ? どこへ行った? ただちに、彼は焦慮した。
〘とはいえ、その一瞬が命取りに成り兼ねない?〙
「むむっ? 仕舞った!」
何と、次の瞬間、全く虚を衝かれる位置に現れたではないか! 知らぬ間にジャンプを完遂し……上空を華麗に飛び越えていたのだァー!
よって、あっという間に背後を取られことは言うまでもない。
――強打撃音が鳴った!――そして、桃夏の強烈な後ろ蹴りを諸に貰ってしまったようだッ!
彼は、その凄まじいパワーを浴びた所為で側壁まで飛ばされ、嫌というほど壁に激突させられる。
やはり、どれほどの剛腕であっても、彼女の変幻自在な攻撃には敵わない。
強面男は、背を丸めて、その場にしゃがみ込むしかなかったのだァー!――
(どうにかこれで……一矢報いることができた)
桃夏はこの結果に納得していた。己の瞬発力に肩を並べる者はいないと自負しながら。されど、彼女の反撃はまだ始まったばかりだ。たった一度の強蹴を決めただけで満足するはずもなく、次なる死闘に備えて拳を構えた。――もう彼女を止められる者は誰もいない――
「んっ?」だが、そう意気込んでみたものの、その後、突然状況が一変した? この最終決戦を前にして、何故か視界が悪くなったような? [白煙がより濃くなって、辺りを見通せなくなる]これでは、敵の居場所を把握できない。桃夏は戸惑った。
とはいえ、ここまで来て断念することなどあり得ない。彼女は、相手を求めて手探りで前進する。
……が、やはり周りが曇っていては埒が明かず、結局は見つけられないままで、その存在すらも怪しくなった。ましてや金光の姿などあろうはずもなかったという。
つまり、漸くここで、桃夏は悟ったのだ! 敵に化かされたことを……
「くくっ、またも逃がしてしまったかッ!」
それでも、一縷の望みを捨て切れず、急いで外に飛び出し駐車場へ行ってみるも……思った通り無駄だった。予想通り、人っ子一人いなかったのだ。
うら寂しい荒れた広場に佇む桃夏、遠くの方で輝く、町の灯りを黙って見つめるだけだった。
するとここで、ふとある思いが脳裏を駆け巡ったか? あの、対戦者のことだ。今まであれほどの強者に会ったことがないと、今更ながらに回顧……「んっ?」だが、その途端、ハッと気づく! 「もしや、あの男は……」
だだし、それ以上の詮索は心が拒んだ。桃夏は、静かに目を伏せる。
この地は、漆黒の闇の中に浮かび上がった、まるで風が吹き荒ぶゴーストタウン。
しかし、どんな場所であっても、一時も経てば、風に乗ってどこからともなく騒がしい音が聞こえてくるもの。
どうやら苦手な、桜の代紋を付けた連中の登場のようだ。
桃夏は、そのサイレン音を耳にしながら、ゆっくりと工場街を後にするのであった!
6 襲撃
次の朝、警察署内の大部屋には、いつものように忙しく働く数十名の署員たちがいた。
そして、彼らを取り仕切る警視が、1人の署員から昨日の報告を受けていた。
「昨夜起こった、古ビルでの爆破事件ですが……」
「ああ? また同じような事件があったのか」
「近隣住民の通報を得て、すぐに前田、他4名を向かわせました。ですが、既に自警団という市民が占拠してまして、少々いざこざがあった模様です」
「そのうえ自警団までも現れただと?」それを聞くなり警視は辟易した。
「はい。しかもその後、少々問題も起こりまして……ビルの地下辺りから火の手が出て何もかも燃えてしまいました」
「燃えた? 地下室でか?」今度は一瞬驚き、ただちに問い直した。「火事の原因は?」と。
「消防員が調べていますが、今のところ分かりません」
「ふーむ。何の手がかりもなし、物証も灰となった訳か?」この時、警視はやはり自身の嫌な予想が当たっていたと確信した。この自警団の存在が警察捜査の障害になっているということを。しかも、それだけでなく何か不都合な物を隠すために使われているのではないか、という気もしていた。そのため次に、「ビルのオーナーは誰だ?」と訊いてみる。
すると、「はあ、それですが実態のない会社名義になっています」との返答を得た。
思った通り幽霊会社の所有物だ。
「そうか、よし、分かった」納得などできはしないものの、警視は少し手間のかかる事件だと感じつつ、「まあ、ひとまず地道に調べ上げてくれ」と指示するしかなかった。
その後、別の署員が入れ替わって他の事例を話し始めた。
「すみません。今朝漁港から、中島の沖合いに出ていた漁船の底曵き網に死体がかかったという連絡を受けたため、調査してまいりました」
「ほう、海でか。それで身元は?」警視は事も無げに聞いていた。
「山本孝雄、新聞記者です。1週間前に中島に取材しに行ったきり戻らず、捜索願が出ていました」
「中島へ? あの無人島へか」その話を聞いて、警視は意外だという思いで訊き返した。
「そうです。中島で怪しい動きがあるとのタレコミが新聞社に寄せられたということでした」
「ふーむ」と考えこむ警視。その報告には違和感あった。何故なら、何もない辺ぴな島に取材すべき事柄が存在するとは考え辛かったからだ。
「事故か事件か?」それでも、取りあえず調べる必要がある。「よーし、誰か中島へ行ってくれ、ただし用心しろ。人1人死んでいるからな」と署員たちに発破をかけるのであった。
ちょうどその頃、金光たちは車で移動していた。専属の運転手は勿論のこと、助手席にも部下を配置し、金光自身は後部座席の真ん中で、右に剛と思える男、左に岩城を従えさせて走っていたのだ。
そして、暫く進んだところで、
「花崎め! あいつのせいで2箇所もビルを潰されたわ……」と中年男は愚痴を漏らす。それでも、何とか命だけは助かったのだから、「でもな剛、お前のお陰で命拾いをしたぞ。これからもわしの警護を頼んだからな」と、右側の男に感謝とも取れる言葉を伝えていた。
そうするとその男は、「へい社長、俺に任せておいてください。どんな奴も防いでみせますぜ」と強気な答えが返してきたか? ただし――命を狙うほどの相手が現れたことに、多少疑問が湧いたのだろう――続いて余計なことまでも問いかけてきたという。「ちなみに社長、あの女とどんな関係なんです?」と。
金光は渋い顔になった。部下とはいえ、当然訊かれたくない事柄だった故……。そこで、取り敢えず差し障りのない返答をする。
「お前たちが知らなくてもいいことだ、ただの逆恨み――」
だが、そこまで言ったところで、突然ハプニングが起こった? ブレーキ音が姦しく鳴り響いたと思ったら、車が急停止したのだ!
「ふっむむむーッ!」忽ち、男たちはつんのめる。と同時に、当然ながら――運転手のミスだと思い――怒りも湧いてきたため、「おい、気をつけろ!」とドライバーを叱りつけた。だが、本当はその運転手に罪はなかったのかもしれない。
次にその部下は、「み、見てください。トラックが道を塞いでます」と声を震わせ訴えてきたからだ。
「なに?」それなら、その事実を確かめようと金光はすぐさま前方を直視した。
すると、その途端、信じられない光景を目の当たりにした。何と、目の前に貨物コンテナを乗せた10メートルぐらいのダンプトラックが、横向きの状態で道幅一杯に置かれているではないか!
――これは、明らかに、妨害工作!――
忽ち金光は、(仕舞った! 何者かによる謀だ)と慄く。
よって、こうしてはいられないと、「早く、早く引き返せ!」と叫んでいた。
そして運転手も、同様に危機感を持ったようで、指示に従いすぐさま元来た道へ帰ろうと急いで車を切り返した。
ところが、その時だ!――大爆音が耳を劈いた!?――まさしく、ユーターンした途端、進行方向5メートル先の道が、爆発で噴き飛んだのだ!
(ぐげっ!? 何てことだ!)こうなると、さらに度肝を抜かされる。まさか、そんな罠まで仕掛けられていたなんて想像もしていなかった。
それでも、どうにか、運転手がすぐさまブレーキを踏めば、危険を避けられる……と思えど、車は急に停止できず、煙と砂埃で視界が遮られながらも惰性で前へと進んでいったなら、突如目前に現れた(爆破でできたのであろう)深さ1メートルの大穴へ、〈うわー!?〉瞬く間に突っ込んでいったのだったァー!
「ク、クソッ!」結局は、どう足掻いても無駄だったという訳だ。車の前部が見事に嵌り込み前にも後ろにも進めなくなるという、企てた奴らの思い通りになってしまったのだ。しかもこれで、この歓迎が終わった訳ではないだろう。本当の危機はこれから……
薄い金属板を踏む音が耳に入った。誰かが車の天井に乗ったみたいだ。
そして、この状況に逸早く反応したのは運転手と助手席の男だ。詳細を探ろうと先陣を切って外へ出た。
しかし、次の瞬間――2発の銃声が鳴り響いた!――加えて、「くっ!?」という呻き声と転倒した音が聞こえてきた。
(……よもや、2人とも撃たれてしまった?) 何という冷酷無比な仕打ち。車の上からの狙撃だ!
それなら、撃った悪党は、誰だ?
金光は部下を押し退けて外を垣間見る。
すると、まさに特徴的な格好をした族を目にした。
あれは……そう、あの、悪名高き男!
――その名も、厳鬼だッ!――