第4話 もう一つの宿命(2)
3 恨み節
早朝にも拘らず、2人の警官がビルの爆発現場へ向かっていた。市民の通報を受けて捜査するため赴いたのだ。
だが、彼らが車で現場に近づくに連れて、今までとは勝手が違う光景が展開されていることに気づき始める。何故か既に数名の男たちがビルを取り巻き、入り口には一般人が入れないようにロープまで張っていたという。
2人の警官は、首を傾げた。すぐさま車から降りて、ビルの前で佇む1人の男に訊いた。
「おおい、君たちは誰だ?」と。
すると見張りらしいその男が、無言のまま腕の腕章を突き出して警官に示した。
どうやら、『自警団』という文字が印刷されているよう……。とはいえ、それでは全く理解できない。
が、次に、「俺らは、市の自警団だ。警察のダンナ、あんたらに用はないわ」と男が言ったことで、漸く金光が以前言っていた宣言のことを思い出す。例の、訳の分からない組織を作り出すという戯言が現実になったのだ。
しかし、「何が自警団だ!」そんな話が受け入れられようか? ただちに警官たちは閉口して、「お前たちが誰であろう関係ない。現場を捜査するのは警察だ!」と声を荒げて抗議した。
これで、何とか男をやり込めたよう……。と思ったが、その後、他の〝自警団たち〟もゾロゾロと集まりだし――警官の大声を聞きつけたみたいだ――忽ち大人数になってしまったか? つまり、厳つい男たちに取り囲まれて、今度は逆に警官の方がプレッシャーを感じ始める羽目に……。そのうえ、気落ちしていた男の方も仲間の威を借りたことで気持ちが大きくなったみたいで、
「警官には、任せられないんだよ。俺たちで全て調べるからな。無能な警察はとっとと帰れや!」とあからさまに威嚇する態度を見せて言い放ったという。
何ということだ! 一介の市民にそんな暴言を浴びせられるなんて。警官たち憤慨した。よって、言わせてばかりもいられないと、すぐさま詰め寄ろうとした。……が、そうは言っても、今回はちょっと勝手が違ったような? 多数の男たちに取り囲まれていたため威圧感で一杯なのだ。そうそう強気に出るのも難しい状況か? それでも、反論しなければならないとの思いから口を開こうとしたが……結局は言葉が出ず、「し、しかし」と顔を見合わせ躊躇してしまった。そしてその弱腰が、さらなる抵抗に繋がったことは言うまでもない。
「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ……」警官の態度を見透かしたように、それぞれが大合唱を唱えだしたのだ。全く、多勢に無勢、迫力に押され気味か?
……となれば、どうしようもなかった。
警官たちは仕方なく、一旦この場から撤退することにした。
――まさしくこれは、警察が自警団によって陵駕された瞬間であった!――
どれほどの時間が過ぎたのであろう? 太陽が西に沈もうとしていることだけは知れた。
そして、そんな斜陽に照らされる中、漸く意識を取り戻したか?……。そう、桃夏は無事だったのだ! 運転席が潰れようとも空いた隙間に上手く入り込んだお陰で――額を少々切ったものの――大した怪我はしていなかった。己の強靭さに、今更ながら感謝するばかりだ。
ただ、そうは言っても、今のこの状況は芳しくなかったような? というのも、ぼやけた視界で自分がどこにいるのか探ってみたところ、うち捨てられた工場跡地のような所だと分かったのだが、その場所で思いも寄らない待遇を受けていたからだ。何と、両手を縄で縛られたうえに上の鉄骨から吊り下げられていたのだ。しかも、彼女にとってこの世で一番憎むべき男までも目の前にしていた。〝堂々とパイプ椅子に座ってこちらを見ている、金光だ!〟奴が、3人の取り巻きを控えさせ、正面に対峙していた。どうやら、知らぬ間に囚われの身となって、絶体絶命の危機に直面していたようだ!
するとそうした中、「どこかで見た顔だと思っていたら、お前は……花崎の家の者だな」と金光が彼女を静かに一目してからゆっくりと話し始めた。
(やはり、隠し切れなかったようだ)これには、流石に桃夏も悔やむしかなかった。この瞬間だけは避けたかったのだから……。だが、知られたからには仕方がない。こうなったら制裁を受ける前に遠慮なく言わせてもらおう。彼女は、今までに見せたことのない本気の形相で言い放った。
「そうさ、あんたに両親を殺された娘だよ」と。
「……ぅ!」すると、金光は一瞬驚いた表情を見せた。……が、その後すぐに、平静心を取り戻したみたいで、「ほうほう、何を藪から棒に。それは勘違というもんだ」と顔を歪めながら否定した。
しかし、そんな言葉で誰が騙されようか! 彼女は、疾うにその真相を究明していたのだ。故に、強い口調で事の成り行きを語り始めた。
「白を切るな! 私は長年調べ尽くしたんだ。私がまだ5歳の時、あんたは私の父と共同経営していた会社の資金を勝手に持ち逃げし、行方をくらましたまま一切連絡を取れなくしただろ。そのせいで、負債を負った父がどれだけ苦労したか……あんたには想像もつかないだろうがね!」と。
だが、金光の方は、その声に対しても、
「いやいや違う、持ち逃げしたんじゃない。会社の金は新事業のために使っただけだ。ただ反対されると思って、花崎には言わなかった。軌道に乗ったところで金は返すつもりだったんだ」と見え透いた言い訳をしたのだった。
……となると、もう我慢も限界か? (何て奴だ! この期に及んで、まだそんなことを)と、忽ち彼女は憤慨した。そして、遂には感情を抑えきれなくなり、今まで堪えてきた恨み節が口から溢れ出していた。
「嘘をつくな! あんたは父の会社なんか丸っきり気にしていなかった。……いいや、その逆さ。最初から潰す気だったんだ。その証拠に、両親が会社を立て直そうと必死で働いていたというのに、あんたは内緒で、会社に多額の保険をかけていたじゃないか! しかもその半月後に……。何故そうなったぁ? どうしてそうなったのか教えてくれ! あんたの、思惑通り事が進んだよね。突然、会社が火事になったんだよ! そして、その火を消そうとした両親が……犠牲になったッ! 私と弟を残して……死んでしまったんだァー!」と。
これが、桃夏の、金光を憎む理由だったのだ! それから最後に、
「唯一、助かった弟とも、ううっ、生き別れ! 必死に探してはいるけれど、どこにいるのか分からない。こうなったのも全て、高額な保険金を得るために会社を火達磨にした、あんたのせいだ! 鬼のような残忍さで、あんたが両親を焼き殺したんだ!?」と目には涙を浮かべ、悔しさから唇を噛み締めながら訴えを終えた。
これでやっと……全てぶちまけたことができたのだ! 桃夏は、少し気が晴れたような心持ちになった。だが、それは一時のこと、到底奴を許す訳にはいかないため、すぐに険しい顔に戻り、憎き相手を睨みつけていた。
一方、金光は、その話を天を仰ぎながら無表情なまま耳にしていたようだ。そして、
「ただの物取りではないと思ったが……」と、彼女の本当の狙いを理解した様子でポツリと呟いた。ただし、今まで訴えた話より――奴にいくら責め句を言ったところで糠に釘か?――己の保身の方が気になると見えて、その後すぐに、「わしがやったと言うなら、証拠はあるのか?」と訊いてきた。金光にとっては最も重要な情報であろう。
桃夏は、心からの接遇として答えてやった。
「さあね、あるかもね」と。
とはいえ、その返答は見透かされていたに違いない。金光は、「ないな、あったらわしを殺そうとしてないだろ」と自ら結論付けた。
(……やはり、腹の内は読まれていたようだ)
すると次に、もう話すことは何もなくなったと思っていたのに、奴はまだ何か腑に落ちないことがあったみたいで、予想外なことも訊いてきた。
「お前、児童施設を出てからどうやって戦闘訓練を受けた」と。どうやら、彼女の人並み外れた強さにも、少なからず疑問があったようだ。
ところがその言葉は、逆に桃夏を驚かせた。
「何故私たちが施設にいたことを知っている?」と訊き返した。意外にも、この男が彼女の過ごした幼少期について何かしら知識があることに唖然としたからだ。
金光は何も言わず背を向けた。余計なことを言ったという素振りだ。その後、ゆっくりと立ち上がり部下の1人と話し始めた。奴はもう桃夏に用がないらしい、部下に指図したなら、さっさと車に乗り込み行ってしまった。
桃夏はその後ろ姿を慌てもせず見送る。その目に、次なる思案も浮かばせながら……
そうして、残ったのは3人の男たちだけ。夕日が日没間近なことを知らせていた。
そんな中、1人の男が、その手に〝布〟を持って桃夏に近づいてきたか? (たぶんクロロホルムを湿らせているのであろう)
よって、彼女の口と鼻が有無も言う間もなく塞がれたことは言うまでもなく……そのまま、グッタリとするしかなかった。
後は、両手は縛られた状態で車内に運ばれ、男たちも乗車したのち、車は黄昏色に染まる工場街を走り抜けていったのであった――
車内の後部シートには、無防備に倒れ込む、1人の女の姿があった。どうやら、気絶しているようだ。そしてそれを、隣に座る男が足の爪先から頭まで舐めるように眺めていた。
だがここで、その男は、女の寝姿が艶めかしく見えたのか、良からぬ思いに急き立てられたようだ。
「いい女なのに、消すのが勿体ないよな」と己の気持ちを口に出した。
しかし、それをリーダー格の運転手が――バックミラーからその様子を垣間見ていたのだが――許すはずもなかった。
「仕方ねえだろ、社長の命令だ」と釘を刺す。
次いで助手席の男も、忠告するように言った。
「変に仏心を出すんじゃねえぞ。おめえの尻拭いなんかまっぴらだからな!」と。
そうすると、「そんなこたあ、分かってるよ!」と即座に男の方も言い返してきたという。それでも、「だけどよ、ちょっとは楽しんでも構わないんじゃないか。こんなにいい体してるのによ」と言って桃夏に近づいていったか? 彼女を前にして諦め切れなかったようだ。そして、意識がないのをいいことに、あろうことか彼女の太股をいやらしく触り始めた。彼女はされるがまま?……
ところが、その時――突如、硝子の粉砕音が響いた!――何と、男の頭がサイドガラスを突き破ったではないか! 男は呆気なく〈うぐっ!?〉失神したみたいで、首を窓枠に引っ掛けて倒れ込んだ。
まさか、この早業は……桃夏? そうだ。彼女の、怒りを込めたであろう右フックが炸裂していたのだ! 既に目を覚まし、縄抜けさえも容易にこなした後、不届きな男へ凄絶な鋭拳を食らわしたという訳だ。
「な、なにッ?」
となると、当然ながら残りの男たちも仰天した。まさしく、寝耳に水だったのだから。よってリーダーは、慌ててブレーキ音を姦しく鳴らし車を止め、
「こ、このあま!」助手席の男は後ろを振り向くなり桃夏に掴みかかろうとした。……が、それも彼女には通用しなかった? 男は強烈な前蹴りを貰って、〈おえっ!?〉後方に吹っ飛っんだなら、敢え無くダッシュボードに頭を打ちつけ、忽ち気を失ってしまったよう。
全く、何という強さだ! 一瞬で大の男2人をあっと言う間に気絶させるなんて……
ただし、まだだ。「きさまぁー!」運転手が残っている。男は懐から拳銃を取り出した。……としても、そんなことで彼女の反撃を止められなかった? 後ろから瞬時に男の手を掴み、銃口を逸らされたかと思ったら、シート越しに片羽絞を決められてしまう。これで男は、首と腕を固められて身動きできない体勢となった。そのうえ、気絶しそうなほど苦しい。
「うううう……ど、どうやって、目を、目を覚ました?」それでも、何とか声を絞り出して、解せない難問だけでも訊こうとした。
すると彼女は、当たり前だと言わんばかりの表情で、「私は3分以上息を止められるのよ。クロロホルムで眠らせたいなら、5分は口を塞ぐことね」と答えた。が、それから後は、もうその男に主導権はない。彼女のペースで話が進み、「さあ、金光はどこへ行った。言いなさい!」と喉を容赦なく絞められながら、逆に問い質された。
運転手は呼吸ができない。死にそうに辛い。それ故、遂には「埠頭……西通りっ、古ビルっ」と声を漏らしていた。
まさしく、完全なる大敗を喫したのだ! 女兵士にやられ放題……
そうして後は――もう役目は済んだということだろう――彼女は一瞬力を緩め、今度は男の頚動脈を絞め直した。[運転手は寸時に気絶する]これで全員が倒されてしまったという訳だ。
桃夏は、徐に拳銃を拾い上げた。それから、並々ならぬ決意の表情を浮かべ、男たちを外へ投げ捨てた。
彼女の、反撃が今始まろうとしていたのだ!
ハンドルを握り締める手に力が入る。そして、後輪のタイヤから白煙を吐き出させつつ、ただちに車を滑走させたのであった!――