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【FRE×雷鳴】業火ノ誓イ  作者: 九条智樹
サンダー・アストレイ
9/19

第3章 再戦の時 -3-


「……で、あっという間に夕方になったわけだが」


 東城たちの時代からずっとあるケーキ店(ただし店舗は拡大されていた)で、東城大輝は疲れた様子で紅茶をすすった。


 時刻は午後六時。

 シックな趣の洋菓子店のイートインである。東城たちがいた頃よりも更にさかのぼったクラシックな雰囲気を作っていて、大人が集まる場所というような印象があった。


「……ちょっとのんびりし過ぎじゃねぇか……?」


 タイムトラベルという不思議な事件があったにもかかわらず、全員がケーキと紅茶を前にくつろいでいたのだった。


「いやぁ、実はこのお店、わたしたちの行きつけだったんだけどさ。この前ここで戦ったときに壊しちゃったんだよねぇ。それで修復工事が終わったから、久しぶりに来たいなって」


「それは完全にアンタらの私情じゃないの……」


 鹿島がケーキを頬張り満面の笑みを浮かべ、柊は疲れたようにため息をついていた。どうやらいがみ合いもひと段落し、多少は会話が出来るようになったようだ。


「まー、いいじゃねーの。それより大輝。ここの味って八十年前から変わってねーのか?」


「微妙に違う気もするけど、ほとんど同じだよ。老舗って呼ばれてるからには、伝統を守ってるんだろうな」


 月山の無邪気な問いに、東城は答える。

 このケーキ屋は東城がいた時代でも割と古くからあった店だから、この時代ではもうそろそろ創業百年が近いとか。何とも言えない不思議な気分になりながら、東城もケーキを食べ進めていた。


「ところで。今回の支払いは、高倉柊哉ということでよろしいですか?」


「さっきの話、冗談じゃないのか!?」


 シノの突然の発言に、高倉は目を丸くする。


「まーな。いつも柊哉のおごりだし」


「ゴチになりますぜ、ミー君!」


「毎度思うけど、親から小遣い貰って生きてる俺と違って、お前らは収入あるよね!?」


 しかし高倉の訴えに動じる様子もなく、三人は無視してケーキを食べ続けていた。


「私たちの分くらいは払って帰りたいのは山々なんだけど……」


「過去の通貨をこっちの時代で流通させるわけにもいかねぇだろ?」


 涙目になる高倉に、柊も東城も笑いかけた。


「……つまり?」


「御馳走さまです」


「六人分の会計とか今月の小遣いなくなるよ!? 母さんが弁当作らない日が出たら、そのままそれが昼飯抜きを意味するという地獄月間の幕開けだぞ!?」


 本格的に涙を流した高倉だが、東城たちにはどうすることも出来ない。出来ないのだから、ここはせっかくのケーキを堪能することにしてまた一口ほおばった。


「は、白状すぎる……」


「大丈夫! そのときはわたしがミー君に愛情たっぷりの愛妻弁当を――」


「愛妻じゃないだろ! あとその愛情があるんならここの会計くらいお前が払え!」


 うがー、とメイに怒鳴り散らす高倉だが、シノも月山も素知らぬ顔で紅茶を呑んでいる。


 ――そんな中だった。


「……――どうやら、またこのタイミングのようですね」


 そして、シノがソーサーにカップを置いた。

 シノの顔には真剣な気迫が宿っていて、しかし、事情を聴くより先にこの五人の誰もがその元凶を感じ取っていた。


「……嫌な気配――というか、これは殺気だな」


「この気配は、わたしたちの知ってるあの人かなぁ……」


 東城の呟きに、面倒そうに鹿島が答える。


「また店を壊されたら店長さんが可哀そうだし、さっさと出よう。貞一とシノには、この店とか周囲の避難を任せていいか? あいつの相手はメイがするだろうし、俺は形式的にだけでもこの二人を護るから」


「了解しました」


 高倉の提案にシノは即答し、月山を連れて店の奥へと消え、それを見て東城たちもすぐに店の扉を勢い良く外へ飛び出した。



 ――夕方も更けてきたせいか、人気ひとけの少なくなった道。

 日の沈みかけたオレンジがかった紫の空の下。

 そこに、案の定とも言うべき殺気の正体があった。


「やぁ、久しぶりだな」


 イブニングドレスに身を包んだ、栗毛の外国人だった。

 美しい女性。だが、とても見惚れてなどいられない。

 彼女の手には、鞘に収まった状態とはいえ、西洋の剣があったから。

 その剣の存在感は彼女の全身から滾る闘志と殺気の混じった好戦的な気配と合わさって、その姿を野獣のようにすら見せる。


「最後にあったのは三週間前だ、久しぶりなんかじゃない。それに、俺は出来るなら会いたくはなかったよ。ファーフナー・クリームヒルト」


 さっきまでなかったはずの雲が、少しずつ空を鉛色に覆いはじめている。その不吉な雰囲気呑まれそうになりながらも、東城たちも高倉たちも彼女――ファーフナーを睨んでいた。


「そうつれないことを言うな。それに、私のフルネームを覚えているということは、それなりに脈はあると思ってしまうぞ?」


「にゃ? ミー君を口説きたければ、まずはこのメイちゃんを倒してからにしてもらえる?」


 少々怒ったような口調で鹿島は言う。その口元に浮かんだ笑みは先程東城たちと談笑していたときと変わらないが、瞳にちらりと光ったその電光は、この場の誰よりも戦意に満ち溢れているようだった。


「ふむ。――ならば、君から斬り伏せるとしよう」


 金属のこすれる耳障りな音を残して彼女はその剣を抜き、構える。

 その幅広の刃に、光がはね返る。


「それはまたバルムンク? 美穂さんに壊されてたんだよね?」


「生憎、私には王族神器のようなワンオフの天装を手に入れられるほど、そちら方面のネットワークがないのだよ。このバルムンクも安物ではないが、再入手自体は難しくはないさ。――だが、安心したまえ」


 その西洋の剣――バルムンクがゆっくりと引き絞られ、その切先を鹿島へと向ける。


「それでも、君の首には届くぞ」


「寝言は寝て言え、って前にミー君も言ってたよ?」


 言葉の応酬はそれが最後だった。

 直後、ファーフナーと鹿島が同時に動いた。

 鹿島の蹴りがバルムンクを打ち、しかしその反動を使ってファーフナーは身体を回転させ、蹴りを受け流すと同時に追撃へと変える。


 しかし、鹿島はまるで空間全てが土台かのように簡単に空気を蹴って縦に回転し、ファーフナーの追撃も防いでみせた。


 そうして幾度となく火花を散らし合いながら、まるでその舞いや殺陣のような戦いを締めくくるように、金属のブーツと両刃の剣が烈しくぶつかり合った。


「……軽いな」


 互いの力が拮抗し、その場で数ミリも動かない硬直状態に陥っている。だというのに、ファーフナーは余裕の笑みを浮かべたままそう言った。


「まさか、傷が癒えていないとでも言うんじゃないだろうな?」


 ファーフナーが強く一歩を踏み込む。瞬間、均衡を保っていたはずの鹿島は容易く吹き飛ばされた。

 空中で回転して体勢を立て直した鹿島は地面に降り立ったが、ファーフナーは追撃を仕掛けずにびしりと彼女を指差した。


「君は私と斉藤葵との戦いで二度負傷しているな」


「あなただってそれは同じでしょう? ミー君のお母さんにズタボロに負けて――」


「確かに私だって負けた。だが私は医療用の天装による治療が可能だった。しかし君にはそれが出来ない。細胞が定着しないから、短期間に連続で天装による再生治療は行えないはずだ。――ということは、君は実力以下というわけだ」


「――ッ!」


 鹿島の余裕ぶった表情が、僅かに崩れる。それはおそらく、図星を突かれたからだ。

 今の動きの中で捉えきれなかったという時点で、ファーフナーと鹿島の力はほぼ等価だ。ここに来て、鹿島が万全の状態でないということが露呈するのは、痛手以外の何ものでもない。


「……高倉。あのファーフナーってヤツは、どれくらい強い?」


「相当だ。本気のメイ一人だけならどうにかなるかもしれないが……」


 言い淀んだ高倉を見て、東城は確信する。

 本来ソレスタルメイデンという職業は一般人を守ることが第一に掲げられている以上、能力者とは言え東城たちも護らねばならないのだろう。

 だから高倉は鹿島が全力で戦えないことを知っていても、自らは参戦できないでいるのだ。


 ――だがそれは、あくまで形式上の話だ。


「……お前は加勢に行けよ、高倉。俺も柊も、自分の身くらいは護れる。その方がたぶん俺たちに降りかかるリスクも最小限だし、俺たちが傷さえ負わなければ、ソレスタルメイデンのルール的にも大丈夫だろ」


「……悪い」


 小さな東城の後押しに高倉は短く答えて、彼はすぐに駆け出した。

 鈴が鳴るような澄んだ音と共に美しき蒼白の刃――布都御魂を抜き払うと同時、ファーフナーの首めがけてそのまま一閃する。

 それに反応したファーフナーが、狂喜に顔を歪めてバルムンクでその斬撃を受け止めた。


「ようやく君のお出ましか!」


「こっちはちょっとゲストが来てるんだ。あんたにかまけてる余裕はないんだよ」


 そう言いながら高倉はさらに一歩踏み込み、先程のファーフナーが鹿島にやったように、彼女を容易く弾き飛ばした。


「――メイ、怪我がきついんなら初めに言っとけよ。朝の鍛錬だって、もっと先に延ばしても良かったんだから」


「にゃあ……。でもせっかくミー君と二人っきりで朝の鍛錬とかするチャンスだったし、隠せるものなら隠そうかなぁ、と」


 果てしなくどうでもいい理由で誤魔化そうとしていた鹿島に、高倉はため息もつけずに小さく首を横に振った。


「……呆れてものも言えないな。――とりあえず今回は俺も戦う。異論はないな?」


「ホントは見習いのミー君を戦わせちゃ駄目なんだけど……。しょうがない、手伝ってね」


 高倉と鹿島が笑い合う。

 その姿は微笑ましいはずなのに、東城には、まるで檻を壊した野獣のような手のつけられなさを感じた。


「行くよ」


 小さな宣言と同時、彼ら二人の姿が消えた。


「――ッ!?」


 ただ観戦していた東城たちはおろか、補助天装なるもので常人よりも動体視力が高いはずのファーフナーも反応できていない。それだけ、超人的な速度なのだ。


「後ろだよ」


 一瞬で背後に回った高倉が、布都御魂の一閃をファーフナーに浴びせる。

 だが流石に、高倉が相当強いと評していただけはあった。彼女はその状態でもなお高倉に反応し、振り返らずとも腕一本でバルムンクだけを背後に構え、彼の攻撃を防いで見せた。


「そうだ、それでいい!」


 歓喜に打ち震えながら、ファーフナーの眼光が高倉を射抜く。


「わたしを忘れてない?」


 高倉との戦闘に興じようとしていたファーフナーの頭に、鹿島の蹴撃が襲いかかる。

 バルムンクを持っていない左の掌でそれを受け止めようとしたファーフナーだが、その程度で止まるほど安い威力では決してない。

 骨を砕くような嫌な音がして、ファーフナーが吹き飛ばされる。

 まるでボールのようにあっけなく彼女は街路樹に激突し、その幹がへし折れたところでようやく止まった。


「やったか……?」


 思わず東城は呟いた。だが高倉からも鹿島からも、闘志が消えたようには感じられなかった。


「早く立てよ。まだ、やるんだろ?」


 高倉の呼びかけにファーフナーの口元が歪み、彼女の高い笑い声が漏れ出る。


「やはり、君たちは最高だ」


 彼女は鹿島の蹴りをものともせず、左手をだらりとさげたままではあるが、すぐさま立ち上がった。あれほどの威力の攻撃を受けたと言うのに、彼女の負った傷は左の掌が折れた程度でしかないのだ。


「もっと、もっとだ。もっと私を愉しませろ」


「……お前、忘れてないか?」


 ファーフナーの雄叫びに、柊哉は冷たく答える。


「俺とメイは、一度お前を追い詰めてるんだぞ」


 その声がしたときには、既に高倉はファーフナーの背後に立っていた。

 彼女の脇腹を、横の一閃で薙ぎ払う。

 特殊な補助天装を用いているのか、それでもファーフナーは皮一枚斬られた程度ではあるが、運動エネルギーを打ち消せるわけでもなく、無様に吹き飛ばされていく。


「あのときの俺はまだ布都御魂を抜けなかった。ましてや、葵の名前を出されて冷静さも欠いていたし。それでも、王手はかけたぞ」


「なるほど。確かにあのとき斉藤葵に助けられなければ、私が負けていただろう……。ならばこうして君たちに勝てる道理も待たないのかもしれない」


 高倉の言葉に、ファーフナーは即答してみせた。流石に腹へのダメージで呼吸は荒いが、完全に一致したタイミングで当たった高倉の一撃を受けたとは、残念だが思えない。


「だがな。戦士というものは戦えば戦うほど強くなるものだ。それが敗北であればなおさらな。高倉美穂に惨敗した私が、まさか以前と同等の強さであると思ったか?」


 ファーフナーはバルムンクを構え直してみせた。受けたダメージなど、欠片も感じさせやしない。それはたったいま戦い始めたのかと見間違うほど、一分の隙さえ存在しない。


「タフネスに磨きがかかって、最早バケモノだねぇ……」


 うんざりしたように、あるいは呆れたように鹿島が呟く。


「でも、たかだかバケモノ程度じゃあ、王族神器には勝てないんだなぁ」


 カツン、と鹿島が靴を鳴らす。その音は済んだ鈴の音のように美しく、そして、身を切り裂く刃のように鋭いものだった。


「知っているさ」


 しかし、ファーフナーは肯定した。

 完全なる初対面でただ傍観していただけの東城ですら「そこまで言うのなら、私を愉しませてもらおうか!」くらいは言うだろうと思っていただけに、あまりに予想外の答えだった。


 そして、彼女は笑う。

 愉悦に顔を歪めて。



「――君たちが二人だと言うのに、私が一人で戦う道理があるか?」



 その直後だった。

 頭に鈍器を落とされたような、痛みすらある目まいと共に、東城たちはその場に倒れた。東城も柊も、そして、鹿島も高倉も。


「何だ、これは……ッ!?」


 高倉が呻くのも無理はない。突然真上から米袋を叩きつけられたような、理不尽な感覚だったのだ。立ち上がることさえままならないこの状態で、その何かに対して明確な答えなど得られるはずもない。


 だがそれは、|過去に同じ現象に遭遇していなければ《、、、、、、、、、、、、、、、、、》、の話だ。


「どういう、ことだ……ッ!?」


 東城も、そして柊も知っている。

 この力の正体を。

 たった一度ではあるが、手を合わせた相手なのだから。


「来い、自動人形(オートマトン)


 ファーフナーの声と共に、彼女の背後に真っ白い影が姿を現した。

 だいたい一七〇センチ前後という、ほぼ人と同等のサイズの人形だ。しかしそう呼ぶのさえおこがましいほど、簡素な作りをした身体だった。


 顔はフルフェイスのヘルメットをかぶったような、ツルツルとしていて目も鼻も口もない。外から関節の接合部が見えないようにか、ライダースーツのような外皮に覆われている。


「何なんだ、その人形は……ッ」


「自動人形だよ。天装と同じ力を有し、自動で戦うただの玩具だ。――固有名は、万物ノ刑死者(ハングマン)だったかな」


 高倉の問いに惜しげもなく答えるファーフナー。しかし、その返答の中にあったその単語を東城が聞き逃すことは出来なかった。


「万物ノ刑死者だと……?」


 東城は呟く。

 万物ノ刑死者。かつて宝仙陽菜との戦闘の為に一度衝突した相手――落合雄大おちあいゆうだいの能力にして、最強の重力操作能力グラビテイションでもある。

 今こうして、地球と自身に働く引力を増加させられるという状況もまた、そのときに東城は経験している。


 ――だが。

 目の前には、落合雄大などいない。この世界が本当に八十年後の未来ならば、死んでいたっておかしくはないだろう。――まして、高倉の話では超能力は失われているはず。


 原理は不明だが、東城たちは能力を使える。しかしそれはおそらく過去からやってきたことによる何らかの作用だろう。この時代に存在するものが、そのまま超能力を使えるなどという話があるのか。――それも、人ではないこんな人形に。


(考えても、仕方ねぇか)


 分からないことばかりだが、一つ、ほとんど明確なことがある。

 超能力者である東城たちがこうしてこの時代にやってきたことと、この時代では存在しえないはずの超能力を扱う人形がいること。この二つが無関係であるはずがない。


「――そろそろ幕を降ろそう」


 チャキ、と一人重力の鎖から逃れているファーフナーがバルムンクを握り締める。


「せめて、もう少しだけ楽しませてくれることを願おう。それが叶わぬとは知っているが」


 彼女の握る剣から、威圧感が溢れ出る。――いや、それはただの精神的な感覚ではなく、物理的な『風』となって周囲に吹き荒れ始めているのだ。

 この状況で放たれるということは、おそらくこれが彼女の必殺技。まだ間合いの外だが、高倉と鹿島の両方に視線をやったことから、二人を同時に仕留められる技なのは確かだろう。


 彼女の唇が、ゆっくりと動く。別れの言葉でも口にしているに違いない。

 その最初の一音が出た瞬間に、鹿島のブーツが青白く光り、彼女の肉体を無理やり動かした。柊同様の電気的な加速であれば、多少の無茶はあってもファーフナーの攻撃を回避するだけの速力はこの重力下でも手に入れられるはずだ。


 しかし、二音目で鹿島は気付く。

 高倉の武装、雷帝・布都御魂は刀の形をした――発電能力エレキネシスを有した天装である。だがその本質は、おそらくだが鹿島のような加速ではない。手に握っているだけの布都御魂では、重力の鎖に縛られた体を動かす力を得ようとすればすっぽ抜けるだけだ。


 最後の音と同時。

 二つ(、、)の風が、駆け抜けた。

 一つは、ファーフナーの件から放たれた風だ。それは斬撃を巨大化したように、彼女の振り下ろした延長線上のアスファルトを切り裂いて高倉へと迫る。

 そしてもう一つの風は、赤と白の尾を引いていた。

 身動きの取れない高倉に深の斬撃が迫るその寸前、その二つ目の風が高倉を抱え上げ、斬撃の軌道の外へと運んでのけた。


「――危ねぇところだったな」


 東城はふぅ、と安堵のため息をつく。彼の横には柊美里もいる。風の正体は、能力によって加速した彼らだ。


 鹿島も手を伸ばそうとしていたが、それでは無理だと東城たちは判断した。この倍加された重力下では、誰かを助けようと思ったら三人分の重量を背負うようなものだ。いくら建御雷に移動を頼ると言っても、そもそも鹿島だけでは抱え上げることが出来なかっただろう。

 だから東城たち二人が、高倉を助ける為に動いていた。


「――少年たち。君たちは、いったい……」


「知ってるんじゃねぇのかよ? こんな人形を作ってんだから」


 東城はそっと高倉を地面に下ろし、ファーフナーを睨みつける。その眼光はただ傍観していたときと違い、獰猛な光を讃えていた。


「超能力者――燼滅ノ王の、東城大輝だ」


「霹靂ノ女帝の柊美里よ」


 その口上に、ファーフナーは一瞬目を見開いていた。


「過去の人物がこの時代に……? いやしかし、あの速さは並のソレスタルメイデンも凌駕している……。なるほど、どうやらティタニアが何かをしくじったようだな」


 ひとりごちたファーフナーは、東城たちの存在を即座に認めていた。


「そして、その最強とまで謳われた二人の能力者燼滅ノ王と霹靂ノ女帝が、いったい何をしている?」


「それはこっちのセリフだよ」


 東城はファーフナーの問いを無視して、自分の疑問を押し付ける。


「これは超能力だ。それも万物ノ刑死者――重力操作能力のトップだ。テメェ、どうやってこれを作った?」


「その質問には答えられないな」


「――なら、吐かせるだけよ」


 回答を拒否したファーフナーに、柊はそう言い切った。


「ちょっと待て……っ。あんたたちが強いのは俺だって知っているけど、それでもファーレンとの戦いを俺たちソレスタルメイデンが認めるわけがないだろ」


「私たちがこの時代に来た原因が、もしかしたら王族狩りの残党の持っている特殊な武器かもしれない。そして、その相手が超能力を完全にコピーした人形を持っている。――なら、コイツを倒せば問題は解決するわけよね?」


 高倉柊哉のまっとうな指摘も、柊は呆れたように一蹴していた。


「だから、俺たちが参戦したっていいだろ。大人しく指をくわえて見てるようなただの一般人じゃねぇんだよ、俺たちは」


 そして、柊の言葉を東城が締める。


「さぁ始めようぜ、ファーフナー・クリームヒルト」


 東城の両手に、溶鉱炉の中のように猛る炎が生み出される。その姿はもはや人の域を超えている。炎の神のようですらあった。


「この重力下で、私に牙を向くか」


 その姿を見てもなお、彼女の笑みは崩れない。


「素晴らしいよ。あぁ、最高だ。これほどの強き眼を持つ四人と、私は戦えるのだな」


 ぞくりと、背筋が震えるほどの怖気を東城は感じた。

 自動人形が増えたとはいえ、東城たちとファーフナーの戦力差は、数の上でも倍は違う。ましてや、ファーフナーの持つバルムンクという剣は、高倉たちの王族神器の足元にも及ばない。


 だというのに、彼女は笑ってすらいたのだ。


「――勝てると思う、大輝?」


 柊が横で小さく問いかける。その額には、うっすらと汗が滲んでいるようにすら見えた。おそらく柊もまた、ファーフナーの底知れない戦闘への狂喜を感じてしまったのだろう。


「五分五分だろうな。ファーフナーってヤツは強いし、あの自動人形ってヤツも人型ってことは、ただ能力を使ってるわけじゃなくてきっちり戦えるんだろう。下手したら、落合の戦い方をそのままトレースしてる可能性もある」


 東城はそう言ったものの、あの自動人形は落合雄大をトレースしているのだと確信していた。証拠など何もないが、それでも一度手合わせした東城には分かる。ただ立っているその姿だけで、既に落合の面影が見えるようだった。


「この重さの中じゃ、俺たちのいつもの高速移動は乱用できねぇ。引力と斥力を巧みに使えば、遠距離からの攻撃も落合なら避けれるだろう。要するに八方ふさがりだ」


 それも、ファーフナーも同時に相手にしなければならない。中々に不利な状況だ。戦ってみれば活路は開けるかもしれないが、それでも、今の段階で明確な勝機はない。


「シノがいれば、まだ何かは変わるんだろうけどな……」


 高倉はそう呟いていたが、東城は首を横に振った。


「やめとけ。万物ノ刑死者って能力は、対物においては制限がない。人体と地球との引力は倍程度で済んでるけどな。天装はもう振るえないと思っていい」


 東城たちのような能力者にとって、その武器は超能力という実体のないものだ。故に、能力者同士の戦闘ならばその万物ノ刑死者の弱点を最大限利用できる。

 しかし高倉や鹿島のようなソレスタルメイデンは違う。その天装という武装は、物体としてそこに存在する。それと地球との間に存在する引力を増加されれば、高倉たちは戦うことが出来なくなる。たとえシノ一人が増えても変わりはしない。


「実質、俺と柊しかまともに戦えないわけだ」


「――理解が早くて助かる」


 東城の言葉に、ファーフナーはそのバルムンクの切先を向けて答える。


「ならば、始めようか。正真正銘の殺し合いを!」


 叫び、ファーフナーが強く地面を踏み締めたその瞬間。



「――大輝様に切先を向けるとは、良い度胸ですわね」



 腐った果実を踏みつぶすような湿った音と、堅い鉄板を切り裂いたような澄んだ音。その二つが、同時に聞こえた。

 東城たちを押さえつけていた見えない何かが、解けるように消えていく。


「何が起きた……?」


 バチチ、と漏れ出た音を東城は聞いた。

 その方を振り向けば、真っ白な自動人形の胸を、透明な円柱状の物体が貫いていた。漏れ出る紫電やオイルが、まるで血液のように派手に飛び散っていく。


 その、後ろに。

 馴染みのある顔があった。


 ブラウンの髪をハーフアップに結った、美しき少女。その顔にある奥が見えない不思議な笑みを、東城はきっと誰よりも知っている。


「七瀬……ッ!?」


 この時代にはいないはずの七瀬七海が、そこには立っていた。


「えぇ。大輝様が消えたので探していたら、このような場面に遭遇しまして。手を貸した次第ですわ」


 あっさりと七瀬は言ってのける。


「お、お前。俺たちがいま何に巻き込まれてるのか分かってるのか……!?」


「愛さえあれば、何の問題はありません」


 自ら危険に首を突っ込むなど何を考えているのか、と叱責したかった東城だが、はっきりと七瀬に言われてしまい、もうそれ以上何も反論できなくなった。


「これが万物ノ刑死者を再現したものならば、重力の増加は限定範囲ではなく、個々に設定されているはずです。その証拠に、この栗毛の小母様は自由に動けていました。そうであるなら不意打ちが通用すると判断したのですが、当たりだったようですわね」


 にやりと笑って、七瀬はかかしと化したその真っ白い人形を蹴飛ばした。がしゃん、と無機質な音を立てて溢れたオイルの海へその身が沈んでいく。


「――なるほど。宣戦布告に来たのだが、これは撤退だな」


 その様子を見ていたファーフナーは呟いていた。それもそうだろう。高倉と鹿島を相手でも苦戦していた彼女が、更に最強の名を冠する能力者――アルカナである東城たち三人を相手にして勝てる道理はない。


「ミー君!」


 鹿島が叫び、高倉は逸れに応えて走り出す。

 しかし、それよりも早くファーフナーはバルムンクを天にかざし、


「さらばだ、少年たちよ。また後で会おう」


 周囲の布陣を巻き上げたうす暗い風に彼女の姿が覆われた。とっさに目の辺りを覆い凌いだ東城たちだが、風が強すぎてそれ以上近づけない。

 そして、その風が晴れた後にファーフナーの姿はなかった。


 曇天の空の下、東城はいらだち紛れにアスファルトを蹴りつけた。



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