第3章 再戦の時 -2-
教室よりもかなり広い空間で、真っ白な壁に防音のための穴が幾つも空いている。――実習室、すなわち天佑高の生徒としての実技を学ぶ部屋である。
特殊な機材があるのかと言われればそう言うことはなく、随分と殺風景だった。せいぜい、端の方に銃の訓練の為の映画で見るような的と台のセットがあるくらいだ。
「――と、いうわけで。今日は珍しく後ろに二人見学者がいるが気にするな」
午後の授業開始と同時、柊哉たちの担任にして実技の教科担任でもある五十嵐真由美は他のクラスメートたちに大輝たちを紹介していた。
「しっかり、学んでいけよ?」
「了解です」
案内役として立っていた柊哉の横で、ビシッ、と機敏な動きで大輝は答える。天佑高は他の軍事や警察学校と違いそこら辺は緩いのだが、少々勘違いしている――ようにも思えなかった。
「何でそんなに固くなってるんだ?」
「……うちの担任と同じにおいがして超怖い」
小さく耳打ちするような問いかけに、大輝は素直に答えた。最強の発火能力者とやらがビビる高校教師という存在に、柊哉の方が驚きそうなのだが。
「まぁ分かるけどなぁ。でも五十嵐先生もいい人だぞ。普段は鬼のように怖いけど」
「……お前ら、聞こえてないと思っているのか?」
失礼な会話を繰り広げつつある柊哉と東城を睨みながら、ひくひくと引きつった笑みを五十嵐は浮かべていた。
「先生! 東城君ってどこに住んでるんですか?」
「先生! 東城くんって強いんですか!?」
しかしそんな五十嵐の怒気など気にした様子もなく、次々とクラスメートが手を挙げて、指されてもいないのに質問を口にする。
「……学級崩壊か? 時代は進んでねぇんだな」
「というかみんな男に飢えているんだよねぇ……。うちのクラスには貞一とミー君の二人がいるけど、それがうちの学年の男子全員だし」
そう説明するメイは「まぁミー君はわたしのだけどね!」と自慢げに補足していたが、当然のように誰も彼もスルーしていた。
「……モテモテで良かったわね、大輝」
「おい待て柊。そこで俺を睨まれても、俺の責任じゃねぇだろ」
ごごご、と立ち昇っている美里の怒りの炎を感じ取ったらしく大輝は冷や汗を流していた。……中々に実技の授業とは思えないコミカルな状況だ。
「――このままじゃ授業にならない。お前ら全員、罰として校庭一〇〇周させるぞ」
ぼそりと呟いた五十嵐のセリフに、一瞬にしてクラスメート全員が黙り込んだ。
一〇〇周というのがただの脅しの定型句ではなく、五十嵐なら本気でやらせると皆が確信しているのだ。
「……東城と言ったな?」
「はい。何でしょうか」
「お前の責任でこいつらはうるさくなったんだ、お前が罰を受けろ」
「横暴だ!?」
無茶苦茶な理屈で、しかも大輝は来たくてここに来たわけではないというのに、五十嵐は難癖を付け始めた。
「……と、言いたいんだがな。これもいい機会だと思うんだ」
そう言いながら、五十嵐は怒気をふっと消して、代わりに不敵な笑みを浮かべていた。
「高倉と模擬戦をしろ。手を抜いたら罰則だ」
「……それ、俺にメリットあります?」
「私には大いにある」
傍若無人な理論だった。
「高倉の剣術は他のクラスメートにはいい勉強になるだろうし、お前も、そこまで弱くはないだろう? この程度で尻尾を巻くような男はモテないぞ」
「……拒否権はないんですね?」
「一〇〇周したいならいいが?」
「喜んで模擬戦をさせてください」
理屈は無茶苦茶だし論破も出来そうな気もしたが、それも結局無意味だろうと諦めたのか大輝は首肯していた。
「――で、俺にも拒否権ないんですね?」
「あるわけないだろ」
ばっさりと一言で斬られ、柊哉は諦めのため息をつきながら前に出る。
ある程度他のクラスメートから離れた位置に立つと、それを察して彼女たちも壁際へと寄ってくれた。――あるいは、柊哉の放つ気迫に当てられたのかもしれない。
「――やろう、大輝」
床の上に粗雑におかれた段ボールの中から、黒っぽい樹脂の刀を二本取り出し、片方を大輝へ投げる。
「先生、ルールは?」
「一撃決着だ。補助・主力問わず天装の使用は許可するが、それで相手・相手の衣服・模擬刀に直接触れることは禁止。禁止事項に抵触した方か、模擬刀に塗った赤い塗料が衣服か体に付いた方の負けだ」
「了解です」
そう言いながら、柊哉は手際よく革靴のワックスのように赤い塗料を模擬刀に塗り込み、そのインクを大輝へと投げ渡す。
「……やけにやる気だな」
大輝も刀に塗料を塗りながら、問いかける。
「まぁ何て言うんだろうな。今さら断れないからやるけれど、お前相手じゃ、気だるくやってちゃ負けそうだなって思っただけだよ」
そう言いながら、柊哉は模擬刀を正眼に構えた。
「好きなタイミングで来ていい。刀っていうことは俺の土俵だしな」
「……あんまり、俺を舐めんなよ?」
塗料の入った缶を投げ捨てると同時、大輝の瞳に鋭い気迫が宿る。ビリビリと空気が震えているかのような錯覚さえ覚えるほど、その圧は凄まじいものだ。
直後、爆音と同時に大輝が真っ直ぐに柊哉に迫る。
「爆発を背負って加速か……ッ」
大輝の斬撃を自身の模擬刀で受け止めながら、柊哉は喘ぐように呟いた。
「――でも、それは前に散々戦った相手だ」
鍔迫り合いになるかと思われたが、柊哉が一歩踏み込むだけで大輝は軽く吹き飛ばされた。火炎による加速は斎藤葵の十八番で、それにも慣れている。しかも大輝自身の筋力は補助天装の助けを得ていない。
ただの押し合いで柊哉が負けはしない。
「…お前に負けるのだけは、俺のちっぽけなプライドが許さないんだよ」
柊哉は追撃を仕掛けずにそう呟いていた。
「――はっ。結局そういう理由かよ。まぁ俺も、同じこと思ってたけどさ」
そして、大輝はそれを笑い飛ばした。
似た者同士であるが故に、相手に負けるということを本能的に嫌っているのだ。
「全力で叩き潰すぞ」
直後、先程とは比べ物にならない速度で大輝が突進する。先程の加速でさえ、東城は手加減していたのだ。――動体視力拡張の補助天装を持つ柊哉でさえ、その反応はギリギリだったほどに。
「どうした、お前の土俵じゃねぇのか」
「喋ってると、舌噛むぞ」
軽口の応酬と同時、二人の剣閃が幾度となく火花を散らす。
「……で、金髪つるぺたはどっちに賭ける?」
その様子を眺めながら、メイは美里に問いかけた。
「私が大輝以外に賭けるわけないでしょ」
「だよねぇ。――でも、ミー君は十年以上刀を振るってた剣術馬鹿だよ? このルールでその戦いは厳しいんじゃないかにゃ?」
「かもね」
あっさりと美里は、大輝の不利を認めた。
「……それでも、大輝君は負けないって?」
「別に。あいつだって、負ける時は負けてるしね。私が知る限りでも結構。たぶん、単純な勝率じゃ五割か六割くらいだったかも」
「じゃあ、どうして?」
「負けようがどうしようが、私は大輝を信じるだけよ。――それに今回に限って言えば、本当に勝てると思うし」
美里の不敵な笑みに、メイは言い返すでもなく不機嫌そうに頬を膨らませるばかりだった。
「――中々、躱すのは上手いな」
「レーザーとかぶっ放す奴と戦ったこともあるからな。まぁ動体視力以上に直感は鍛えられてるだろ」
一撃打ち合っては爆発の補助を受けて離れるというのを、大輝は繰り返していた。柊哉の剣の腕があれば二撃目から確実にペースを引きこまれてしまうことを理解しているのだろう。
(――というか、俺の剣閃を見て真似てる……っ?)
一撃受けるごとに、大輝の力が増していることをひしひしと感じていた。素人が力と生まれ持ったセンスだけを頼りに棒を振り回していた先程までとは、明らかに違う。
まだ到底、自分には及ばない。だがそれでも、確かに剣術と呼べる入り口くらいには立たれている。
(早く決着を付けないと、ヤバイかも――)
――その僅かに生まれた焦りこそが。
――東城大輝が狙っていたものだ。
ぞくりと柊哉の背筋が震えた。大輝から恐ろしいほどの殺気が放たれたのだ。
同時、大輝の模擬刀が柊哉の模擬刀を強く打つ。慣れている柊哉とはいえ、一瞬痺れた右手に、動揺がさらに広がった。
自身を護る為に、反射的に左手で布都御魂を引き抜いてしまう。それはもはや、身についた習性とさえ言っていい。
大輝の次いで放たれた模擬刀を、柊哉はその布都御魂で受け止めてしまった。
「そっちの刀で防ぐのは、禁止事項だよな?」
「……俺の負けだ」
からん、と模擬刀を落した音が空しく響く。
「ま、ルールに従った上での試合だからな。ガチでやり合ったら、俺がお前に勝てるとは思わねぇけど」
「慰めんなよな、余計傷つくんだよ……」
はぁ、と柊哉は肩を落としながら布都御魂をそっと鞘に納めた。
「――というわけで、賭けは私の勝ちだけど、何か貰えるわけ?」
「くぅ……っ! 仕方ない、ケーキを奢ってあげるよ、ミー君のお金で!」
「何でだよ!」
負けて傷心の柊哉の心に傷を塗り込むようなメイの言葉に、柊哉は涙目でツッコむのだった。