第2章 歪んだ時空 -4-
真っ暗な場所だった。
電気の配線と思われる太いコードなんかはその外壁の上にガムテープでくっつけられているという、随分とずさんな様相だった。どうにか内壁は拵えているが、まともな工事をする余裕もないらしい。
そこに、白く切り抜かれたような空間があった。
真っ白い高価そうな機材の起動ランプが付いているせいで、その一角だけはぼんやりとした明かりに包まれているのだ。
「――準備は、出来ているか?」
そう問いかけたハスキーな声の正体は、栗毛が特徴的な一人の女性だった。
昼間だと言うのに黒いイブニングドレスに身を包んだ、白人系の顔立ちの異邦人。そのスタイルの良さはさながらファッションモデルのようだが、その顔に浮かんだ好戦的な笑みは、その全体的な美しさを食い尽くすほど野蛮でもあった。
ファーフナー・クリームヒルト。
かつての王族狩りの幹部にして、今もなお逃亡を続ける残党の一人である。
「解析は終えたよ」
そのファーフナーの問いに、ゆっくりと間をおいて彼女は答えた。
ファーフナーにも負けず劣らずのスタイルの良さを持った、同じく異国の女性だった。白衣に身を包んでいるからか、ファーフナーの好戦的な雰囲気とは対極で、理知的な雰囲気を感じさせる。
軽くウェーブのかかったブロンドの髪を掻き上げ、キャスター付きの椅子をくるりと返して彼女はファーフナーと向き合った。
瞳を覆うモノクルが、きらりと光りを反射する。
「残りは自動人形のデータインストールと実験、そして、かつての“世界”の再現だ。データインストールだけなら数時間、全て合わせてもあと半日と言ったところか」
「上々だよ、ティタニア・クロス」
ふっ、と満足げにファーフナーは笑う。
「私の飢えを満たすだけの戦禍を、この手にもたらしてくれ」
「私の目的の副産物が、たまたま君の欲求を満たすだけだ。それ以上を求められても困る」
ぎらぎらと目を輝かせるファーフナーに、ブロンドの髪の女性――ティタニアは呆れたようなため息をついた。
「私は君のように、戦いを望んでなどいない」
「知っているさ。世界を正す、だったかな?」
ファーフナーはため息交じりに笑っていた。まるで、自分の理解の範疇を超えていると言わんばかりに。
「今の世界は歪んでいる。天装という存在によって世界は本来あるべき姿を失い、ソレスタルメイデンによって社会の根幹は致命的なほどに揺らいでいる。それを正すことこそが、ファーレンの存在意義と思うが?」
「知らんな。私はそういう堅い話に興味がない。ただ刹那の快楽に溺れられるなら、何だって構わんさ。――例えば、今すぐ君を斬り伏せる、とかな」
ギラリとした眼光がティタニアを射抜く。しかし、ティタニアはファーフナーを軽く一瞥すると、呆れたようにため息をついた。
「生憎、これでも王族狩りで技術面と戦闘面の両方で幹部についていたんだ。戦闘力は君と互角かそれ以上であることは承知しているだろう、ファーフナー?」
「承知しているからこそ飢えるのだろう? 弱者との戦いになど興味はない。ファーレンならば、戦いを嫌うこともあるまい?」
「変わらないな、君は。だが私は君と戦う気はない。確かに私はファーレンだが、主義主張を持ったファーレンだよ。大義なき戦いに私は興味を持てない。――それに仮にここで私を殺せば計画は頓挫し、君の愛しの少年とやらと再戦する機会は遠のくぞ」
ティタニアのぶれない回答に、ファーフナーはふっと力を抜いた。
「君の眼光は美しいよ、ティタニア。出来るなら敵として出会っていたかった」
「君のようなソレスタルメイデンがいるとすれば、それこそ世界は間違っているがね」
ティタニアは軽口で返し、作業に戻った。
それを少し眺めていたファーフナーは退屈した様子を見せていたが、突然、また狂気的な笑みを浮かべはじめた。
「――時にティタニア。その自動人形は一体くらいなら、いつ頃完成する?」
「何に使う気だ?」
そのティタニアの問いに、ファーフナーはさらなる狂気に顔を歪め、犬歯まで剥き出しにして笑う。
「決まっている。――宣戦布告だ」