第2章 歪んだ時空 -3-
「よく分からない内に信じてくれたのはいいんだけど――何で、お前らはずっとその調子でいがみ合ってんの?」
高倉とシノという少女の後ろを歩きながら、東城大輝は本日何度目かの深いため息をついた。
その横では、歩きながら取っ組み合うという器用な真似をしている柊美里と鹿島メイがいたのだった。
「……本能的に、こいつとは馬が合わない」
「なぜならキャラがもろかぶりだから!」
「だから、私はアンタみたいに馬鹿丸出しじゃないわよ!」
「あぁ、分かったからもうちょっと大人しくしててくれ」
説教どころかなだめるのも面倒になった東城は適当に言って、高倉の方に視線を戻す。
「それで、どこに向かってるんだ?」
「あぁ、月山貞一っていう俺の友だちのところだよ。天装の調整・改造屋を目指してるから、俺たちより天装についてはよっぽど詳しいと思う」
そう言いながら、高倉は人気のない教室の前で立ち止まり、引き戸を押した。どういう意図か知らないが押し戸となっていたその扉の向こうには、酷い光景が広がっていた。
古今東西のあらゆる刀剣や銃器が、半分分解されているのか壊されているのかと言った状態で散乱している。
「……目指してる度合いがおかしいだろ。これ、もう開業してんじゃ――」
「それはちょっと、この時代の法に触れるからお茶を濁さざるを得ないと言いますか……」
困ったように笑いながら、高倉は奥へと進んでいく。
「貞一、メールで送った通り二人を連れてきたぞ」
「おー?」
がしゃがしゃと無造作に武器の山をかき分けて現れたのは、一人の少年だった。
長身でスタイルもいいのだが、顔立ちは割と平凡だった。それでもマイナスなイメージはなく、「親しみやすそうだな」と東城は感じた。
「おー、お前らが柊哉の言ってたタイムトラベルしてきたって人たちか。よろしく」
「あぁ、こちらこそ」
そんな挨拶を交わしながら、月山は床を指して言う。
「椅子も座布団もねーけど、まー座れよ。お茶くらいなら出せるぞ」
「その前に座る場所自体がねぇよ」
すかさず東城がツッコむ。散乱した天装たちで、足の踏み場程度しかないのだ。
「そこに転がってるのは別に依頼品じゃねーから、ガチャガチャ隅に追いやっていーよ。戦いに使うものがそれくらいで動作不良が起きたら、どっちにしても修理しないといけねーし」
何て適当な……と思う東城であったが、高倉も鹿島も、大人しそうなシノでさえ言われた通りに転がっている武装を何の躊躇もなく放り投げて座る場所を確保しているのを見て、素直に自分も同じように押しのけて、床に腰を降ろした。
「――あ、そうだ。シノさん、注文受けてた調整、終わってますよ。一個はまたシノさんの戦闘データを貰ってから再調整しないと駄目ですけど」
「一週間でとお願いしたはずですが、ようやくですか」
「後のせサクサクな感じでもう一つの天装との連携を、つってシノさんが改造も上乗せしてきたんでしょーよ。さすがの俺も一週間だけじゃ無理ですって。勘弁して下さい」
頭を下げて、月山は布にくるまれた長い棒状の何かと、抜き身の弓を差し出した。
少々機械的なデザインの、アーチェリーのボウと言った方が印象は近いかもしれない弓だ。しかも、それだけで鹿島の纏うブーツや高倉の持った漆黒の刀と同様の威圧感がある。
「……弓はいつものグングニルだけど、そっちの長い棒は新しい天装か?」
「元々使用申請を上層部に出していたものが、先日届いたのです。これが斉藤葵との戦いのときにあれば、もう少しまともに戦えたのですが」
高倉の問いに、シノは素っ気なく答えた。
しかし東城には、無表情なシノの顔がどことなくにやりと笑っているように見えた。それだけ新しい何かの強さに、自信があるのだろう。
「で、本題に入るか。確か、タイムトラベルが出来る天装があるかって話だったよな」
そう言いながら、月山は薄いノートパソコンのようなものを取り出していた。色々と雑ではあるが、手際はいいらしい。
「何か心当たりはないか?」
「うーん。時間を操る天装自体は珍しくねーんだよ。別段値が張るわけでもねーしな。時間を操る天装の最上位ってなると、王族神器の『時君・クロノス』辺りだな」
高倉の問いに応えながらも、カタカタとどこかのデータベースでも参照している様子だ。そしてその一覧からクロノスという天装の性能を読んだのだろう、小さく月山は舌打ちした。
「――でも、クロノスじゃータイムトラベルは出来ねーっぽいな。個々の物体に流れる時間を操る天装らしーから。よっぽど上手く改造すればどうにかなるかもしれねーけど、現実的じゃねーな……」
「っていうか、そもそも単純に時間を移動しただけじゃなくて、場所も変わってるよな。俺たちは地下にいたのが、急に地上にいたから」
東城はそう補足する。もしも単に時間移動するだけの天装によってタイムトラベルしたのであれば、東城たちは今頃、残っているかどうかも分からない地下都市に現れていなければおかしいのだ。
「……なるほど。移動系の天装なら『天帝・テミス』があるぞ。こっちはAという地点を通ったものをBという地点に転送するっていうものだから、使用者の意図にかかわらず誰かが誤って移動してしまうってことは起こり得る。――まぁ、当然時間はまたげねーからこれの可能性もねーんだけど」
「結論は出ないっぽいな……」
高倉がそう呟いた。おそらく、天装のデータベースなどに頼っても答えが見つからないのなら、他の誰かに訊いてみるという選択も結果は同じなのだろう。
「あぁ。しかもどっちの王族神器も、王族狩りの残党が保有してるからな。ひょっとしたら改造でどうにかなるかもしれんが、真偽の確かめよーがないのも現状だ」
「王族狩り?」
高倉から受けた説明の中にはなかった言葉に、東城は首を傾げる。
「さっきファーレンの説明はしたよな。天装を使ってテロ的な犯罪をする奴らだって」
「おう、それはちゃんと覚えてる」
「で、ファーレンにも派閥があるんだよ。無差別にテロをしたり、何か社会的に訴えようとしたり、ただ強い奴と戦いたいだけの決闘好きとかな。その中に、王族神器っていう最上位の天装を奪うことを目的にした集団がいた。――それが、王族狩りだ」
「……残党ってことは、潰したのか?」
「三週間前にな。元々がトップのワンマンだから、ソレスタルメイデン全体としてはさほど脅威に感じてはいなかったし」
高倉はそう言っていたが、その言葉から感じる雰囲気からはとても弱小の集団であるようには思えなかった。
見てもいないし、話を聞いたわけでもない。それでも東城は確信できた。その相手は、神戸や所長のよ0うな集団という枠を遥かに超越した脅威に違いない。
しかし高倉は東城のそんな畏怖など気にした様子もなく、笑顔で続けた。
「党首の斉藤葵を俺たちが撃破して、王族狩りは解体された。大半の王族神器は元の持ち主に返されたり、ソレスタルメイデンの管理下に置かれてる。けど、逃げ出した何人かが持ち逃げした分も少なからずあるんだよ」
「ほー。なら、それを見つけ出してそのクロノスとかがどうなっているかを聞けば、それが元凶で私たちが飛んできたのかそうでないのか、くらいは分かるわけね?」
「馬鹿なの? 金髪つるぺたはお馬鹿さんなの?」
不敵に笑う柊の言葉に対して、鹿島はため息交じりに嘲笑していた。
「誰がつるぺたよ、銀髪ツインテール」
「はっはっは! 悔しければメイちゃんのようなボインな体になりたまえよ!」
「……いいから先に進め」
ガン、と高倉が鹿島の頭を容赦なく叩く。
「うぅ……。つまりだね、残党とは言えソレスタルメイデンは全力で逮捕しようとしてるのだから、そう簡単に見つかるとは思えないのだよ。仮に見つかったとしても、貞一の話じゃ無駄足の可能性は高いみたいだし」
先程のカフェルームでつけられたたんこぶの上に雪だるまのようにたんこぶを増やしたメイは、涙目になりながら説明する。
「ここは長期戦を覚悟で、少し様子を見た方がいいだろうってわけだ。悪いけど、もう少し事態の全容が
把握できるようになるまで、こっちの時代でのんびりしていてくれないか」
「まぁ、仕方ねぇよな……」
高倉のもっともな提案に、東城も頷くしかないのだった。