第4章 業火と雷 -8-
茶会でもしていたようなテーブルと柱時計――おそらく時君・クロノス――以外のものがない、ただの洞窟のような場所だった。
その中で、柊哉はただじっとティタニアの様子を見つめていた。
張り詰めた空気で分かる。先程の自動人形など、前座にもならない。彼女はおそらくあの戦闘狂のファーフナーと同等か、それ以上の実力の持ち主だと。
「……メイ、本気でやるぞ」
「らじゃー。――というわけで、金髪も大輝君も、ちょーっと気を付けてね?」
そう言いながら、メイはトンとつま先で軽く地面を叩いていた。
「たぶん、見えないから」
直後。
柊哉とメイは同時に地面を蹴った。電機系の王族神器持ちの二人だからこそ出来る加速を最大限に利用し、宣言通り誰の目にも映らない速度で二人が左右から挟むようにティタニアへ襲いかかった。
「なるほど、その速さには追いつけないな」
しかしティタニアは動揺する素振りさえなかった。
「だがな、いくら速くともテミスの前では無意味だよ」
僅かに青白い奇跡を見せた瞬間に、ティタニアの姿が消えた。
左右からの攻撃を考慮していた柊哉は即座に方向を変え、靴底をガリガリと激しくすり減らしながらもメイとの衝突をどうにか避ける。
ティタニアを追いかけるだけの余裕もなく、柊哉は苦々しくティタニアが移動した先を睨みつけていた。
視線を見ればティタニアの攻撃の回避や防御は出来るが、柊哉たちの攻撃を回避されるのはどうにもならない――からではない。
「無意味じゃないよ」
柊哉はそっとティタニアの背後を指差す。
そこには既に、鹿島メイが漆黒の鎧を纏った足を振り上げていた。
「――ッ!?」
とっさの判断でティタニアはまた姿を消し、メイの蹴りは空振りに終わってしまう。
「ちぇ」
可愛らしく舌打ちしながらも、その顔に笑みは消えていない。
「でもまぁ、まだ終わりじゃないけどね」
メイがそう言うと同時、また現れたティタニアに柊哉が刃を振り抜く。
テミスでの移動さえ間に合わないと判断したティタニアのアスカロンが、その蒼白の刃を受け止めた。
甲高い金属音が響き、目を突くような火花が散る。
「――何故、追いつける?」
「俺たちの速さから逃れようと思ったら、あんたは相当な距離を取らなきゃいけない。そこまで広くないこの空間で、メイの攻撃の終点と俺の現在位置から遠い場所に限れば、あんたの次に現れる位置はだいたい予測できるよ」
鍔迫り合いの中で、柊哉が僅かに押していた。
剣としての大きさはアスカロンの方が圧倒的に上だ。細い布都御魂など簡単にへし折れてしまいそうにさえ見える。
だが、仮にも布都御魂は王族神器だ。ましてやこの刀に全てを注いだ柊哉と彼女とでは、根本的な力が違う。
「どうした、ティタニア・クロス」
にやりと、柊哉は笑う。
「止まってたら、俺らの餌食だぞ」
柊哉の声ではない。――それは、大輝の声だ。
ティタニアの背後に現れた彼が、一瞬にして真っ赤に輝く炎を放っていた。
舌打ちをしながらティタニアはアスカロンを引き、そのままテミスで移動する。その彼女がいた位置だけを抉り取るように、大輝の業火が叩きつけられた。
「外したか……ッ」
「でも、テミスを使えばわたしの出番だしね」
離れたところでメイの声がする。またしても金属音がこの狭い空間に響き、アスカロンと建御雷が激突していた。
「――流石に、四対一で戦うには分が悪いか」
「でも逃げられないでしょ?」
メイは笑う。
「だってここには、クロノスがあるから」
「……バレていたか」
苦々しげに呟くティタニアに、メイは笑みを浮かべて続けた。
「大輝君を前にしたとき、あなたはこれを盾にしようとしたよね? でも冷静に考えて、王族神器を何の理由もなくそんな風に扱えるとは思えない。万が一にも大破したら、二度とそれは元に戻らないんだから」
しかしティタニアは、実際にそうした。つまり、ティタニアはこれを盾にするしかなかったのだ。
「テミスは目に見えるところにゲートを繋ぐ。それは実は、見える範囲にしかゲートを開けないってことだよね。それを察しづらくする為に、最初にお茶会でも開いてそこをカモフラージュしてみせたのかな」
そのメイの言葉にティタニアは答えない。それはほとんど肯定にも等しかった。
「天井かどこかにテーブルごと吊るしてあったのを、さも『見えないものも移動させられる』って形にして、その先入観を植え付けようとしてたってところだね」
そんな手品を使ってまで、彼女は『見えなければ移動できない』という制約を隠したかったのだ。
「撤退という選択肢がないことを、わたしたちに悟られるわけにもいかないよね? 戦いじゃあ、そういう選択が一つでも削られれば行動の予測はしやすくなっちゃうからさ」
この狭い空間から瞬間的にテミスを運び出す手段がないから、ここから逃げるわけにはいかない。それが露呈してしまえば、こうしてティタニアが移動する先を予測できてしまう。
「――なるほどな。確かに君の言う通りだ」
ふっ、とティタニアの姿が消える。
瞬間、柊哉は怖気を感じ、布都御魂による反射でどうにかその何かを防ぐ。
あれだけメイと密着した状態から、ティタニアは僅かな隙を見て移動してみせたのだ。その類稀な戦闘センスは、かの少女にも匹敵しうると柊哉が感じたほどだ。
「――君は、いい眼をしているな」
再度鍔迫り合いになっている柊哉に対し、ティタニアは言う。
「裏切りと死別――そして絶望を知っている眼だ」
ぞくりと、柊哉の背筋が震える。それは殺気を感じたとか、そういう類のものではない。
これは単純な嫌悪感で――それと同時に、強いシンパシーさえも紛れている。
「――ッ!」
ざわついた心を鎮めるように、柊哉は無理やり布都御魂を振り抜いてティタニアと距離を取った。しかし噴き出た汗は一向に引く気配を見せず、ただ不快にシャツを濡らした。
「……確かに四対一では、私が勝つのは厳しいだろう。――だが、それはこの場に誰も味方がいなかったらの話だ」
「何を言って――」
「テミスとクロノスの同時使用は出来ない。――だがそれは、テミスを使わなければクロノスの使用に影響はない、ということだ」
柊哉の声を遮って、パチリとティタニアが指を鳴らす。
静寂が訪れた。
そしてその原因を、柊哉はすぐに理解することになる。
「メイ……?」
見ていなくたって、柊哉はずっとメイの呼吸を感じていた。それは幼い頃からずっと培ってきた絆であり、柊哉とメイが二つの王族神器による最大の加速で連携を取れる理由でもある。
だが、それが途絶えた。
ゆっくりと振り向いた先に、彼女はいた。
大輝も美里も、同じように。
――まるで蝋人形のように、ピクリとも動かない姿で。
「何を、した」
心の奥底で、何かが煮え滾る。
吐き気すら覚えるほどの衝動を堪えながら、柊哉はティタニアを睨みつける。彼女の発する言葉が自らの求めるものでなかった瞬間、彼女の首を簡単に刎ね飛ばしてしまう気がした。
「死んではいない」
だが、彼女の返答は柊哉の怒りを抑えるものだった。
理性が決壊するギリギリのラインまでせり上がっていた感情の波が、すぅっと引いていく。
「クロノスの能力は個々に流れる時間を操るものだ。だから私は、彼ら三人に流れる時間を限りなく停止に近づけさせてもらった」
「理由は何だ」
「君と話をする為だ。――あぁ、安心してくれ。改造したクロノスを使用している間、私は他の天装を扱えない。つまりこの状態で彼女たちを屠ることは出来ないということだ。まぁ可能だとしてもそれをする前に、君の刃が私を引き裂くだろうがね」
そう言いながら、ティタニアはゆっくりと先程からそこにあったテーブルの前まで歩いた。
「座るかい?」
「敵の前で刀を置くような馬鹿じゃない」
柊哉がそう答えると「そうか」とだけ言ってティタニアは座った。
そして、まるで歌うように彼女は柊哉に語りかける。
「一目君を見た瞬間に直感したよ。――君は、私と同じだと」
その言葉に、柊哉はただ黙っていた。それは、柊哉もそう感じてしまったからだ。
ティタニアの瞳を見た瞬間に感じた嫌悪感とシンパシー。――あれは、同族嫌悪だ。
「昔話をしよう。と言っても、私もまだ若いからさほど前でもないがね」
ここで彼女を仕留めることは容易い。だが、それが柊哉には出来ない。
彼女が死んだとき、使用していた天装の影響はどうなるのか。もしも、彼女によって『時間を動かす』という演算を必要としているなら、彼女の意識を奪ってしまえばメイも大輝たちも当分あの状態のままだ。
――だが、柊哉が刀を向けない本当の理由はそこではない。
今ここでティタニアの話を聞かなければいけないと、そう心の底で思ってしまったのだ。
「私は、この世界が間違っていると思っている。それは、ソレスタルメイデンが考えられないほど強大な戦力を保有しているからだ」
ティタニアの話を、柊哉は黙って聞くしかなかった。
「もちろん、その力が全て正しく使われるなら異論などない。――だが、ソレスタルメイデンの上層部は腐っている」
ティタニアはそう言いながら、カップを手に取った。
「……何を、見たんだ」
「親の死だよ」
柊哉の小さない問いかけに、ティタニアは真っ直ぐに答えた。どこまでも揺らぎのない視線で、その奥を、決して消えることのない業火の宿った瞳で。
「私の両親は、天装の開発をしていた。男性でも扱える天装の、な」
ゆっくりと紅茶を口に運ぶその動作は、先程までの余裕と何も変わらないはずだった。
しかし、線の抜けた手榴弾にも似た、手遅れになってしまったような危険を感じさせる何かがそこにはあった。
「だがある日、私の親は何者かに殺された。私が見たのは血に塗れ、とうに冷たくなった二人の姿と――銀の鷲の紋章を付けた誰かが、逃げ去っていくところだ」
「――ッ!」
その言葉に、柊哉は息を呑んだ。
銀の鷲の紋章。それは、ソレスタルメイデンの証だ。
「そして捜査が始まっても、一向に犯人は見つからなかった。天装による殺害は、その特異な形状から凶器および購入者の特定が容易にも関わらず、だ。一切捜査が進展しないまま、いつしかそれも打ち切られた」
彼女の真っ黒な瞳に、柊哉は言葉を奪われた。
真っ黒くどこまでも深いその闇を、柊哉はかつて、どこかで見た気がした。
「……その犯人が、ソレスタルメイデンだったとして」
それでも柊哉は、どうにか口を開く。唇は乾いてすぐにでも切れそうで、喉は干上がり息を吸うのも容易ではなかった。
「その動機は、何だって言うんだ」
「決まっているだろう。私の両親の研究内容が、『男性でも扱える天装』だったからだよ」
言われて、柊哉は納得してしまった。
そんな天装があり得たらどうなるか、言われなくても理解できてしまったから。
現在、天装は基本的に女性以外に扱えない。伴性遺伝する特殊な情報がなければ、天装を介してシミュレーテッドリアリティに繋がらないからだ。柊哉や貞一のような男性もいるが、それは遺伝子の乗り換えであったり性染色体異常であったりが原因だ。偶発的にしか生まれない以上、その割合はどうしても低い。
それ故にソレスタルメイデンという組織はほぼ女性で成り立っているし、逆に、軍隊のような男性主体の組織が天装を配備することはない。
だがもしも男性に天装が扱えたら、そのパワーバランスが崩壊する。
理学的な研究としては意味があるかもしれないし、男性のソレスタルメイデンが増えれば治安は良くなるかもしれない。
だが、個人でこれほどの力を持てる天装が簡単に軍の手に渡るような事態になってしまったら。そう考えるだけで、どれほど危険な状態かなど察しが付く。
「……そんな、ことが……」
「あるんだよ。真偽は定かではないし、世間は皆私の勘違いだということにしたがっているがね。それでも私は、あの日、私の親を殺したのはソレスタルメイデンだったと断言するよ」
ふぅ、と小さくティタニアはため息をつく。
その声音には怒りなど微塵も存在しない。だからこそ、もうどうしようもないのだと思わされる。
「大方、自分の組織以外が天装という強大な力を付けるのを拒んだんだろうな。だから、この世は腐っているんだ」
「……でもそれは、軍が暴走しないように苦渋の決断だったっていう可能性だって――」
「本気でそんなことを言っているとしたら、君が惨めにさえ見えるぞ」
呆れたように居ながら、ティタニアはカップをそっと置いた。
「仮に世界のパワーバランスを守る為に、男性でも扱える天装の存在を消したとしよう。――だが、それが人を殺す理由になるのか? たった二人の殺害が必要悪だったと胸を張って答えられるような組織が、本当に正義だとでも?」
ティタニアの言葉に、柊哉は俯いた。
自らが信じて、全てを捧げてでもなろうと思ったソレスタルメイデン。その存在の裏に潜んだ闇を知って、自分の中の大事な柱が少しずつ崩れていくような気がした。
「私も、かつてはソレスタルメイデンに憧れていたよ。両親の作った天装で誰かを護りたいと、そう思っていた。――でもそれは、裏切られたんだ」
がたりと立ち上がり、ティタニアはゆっくりと柊哉に歩み寄る。
「君も知っているだろう? 裏切られ、奪われ、その先の絶望を君は見たはずだ。――私の痛みを、君は理解できているはずだ」
ティタニアの言葉を、否定しなければいけない。でなければ、自分の中にある大切な何かが、更に崩されてしまう。
そんな焦りばかりがあって、しかし、何も彼女の言葉を打ち消せるような手札を柊哉は持っていなかった。
「なぜあの日、君の父親はたった一人で王族狩りの党首と戦ったのか」
全身の毛が逆立つような錯覚があった。
目を見開き、ティタニアを睨みつける。
「偶然か。――必然だと考えたことはないか?」
身体の中に、不快な熱が這いずり回る。ティタニアの言葉には、どこにも根拠はない。だけれど、それを否定することさえ柊哉には出来ない。
そして、ティタニアは柊哉に手を差し伸べる。
「私の手を取れ、高倉柊哉」
甘い、甘い蜜のような言葉だった。
「私と共に、世界を正そう」
ゆっくりと、柊哉は手を持ち上げる。
彼女に応えれば、柊哉は真実を手に入れられるかもしれない。
「――けど、それでも俺は、メイを護るよ」
その持ち上げた手で、柊哉はティタニアの手を叩き落としてみせた。
はたかれ痺れている手を見つめてから、ティタニアはゆっくりと柊哉に視線を戻した。
「どういうつもりだ」
「あんたの言う通り、もしかしたらソレスタルメイデンは悪なのかもしれない。でも俺は、メイを護りたいからソレスタルメイデンになろうって決めたんだ。誰の正義も関係ない。何が間違っていて何が正しくたって――」
布都御魂を握り締め、柊哉は答える。
「俺は何も変わらない。今も昔も、そしてこれから先もずっと、メイを護る為だけにこの刃を振るう」
真っ直ぐな、雷光のような眼光で柊哉はティタニアを射抜く。
「……残念だ。君は、私の理解者になってくれると思ったんだがね」
ティタニアはそう言いながら、ゆっくりとアスカロンを持ち上げた。
「ならば分かっているな?」
そして、ティタニアは言う。
「君は一度王族狩りを潰し、私の夢を砕いた。その罪をその命で購ってもらうぞ」
瞬間、メイたちの呼吸が戻る。
それはつまり、ティタニアがテミスとアスカロンを使えるようになったということだ。
アスカロンと布都御魂が、烈しい火花を散らしてぶつかり合う。
「……もう、やめにしようぜ」
アスカロンを弾き、柊哉は言う。
「四対一じゃ勝ち目がないって言ったのは、あんたじゃないか」
柊哉が声をかける間にもメイの追撃がティタニアを襲い、どうにか凌いでも大輝や美里の攻撃が浴びせられている。
どう見たって、ティタニア・クロスに勝機はない。
「……だから、諦めろと? ソレスタルメイデンという基盤を破壊せしめるまで、私は止まらないぞ」
だが、そんな劣勢でもティタニアの気迫は決して揺らがなかった。
アスカロンの武骨な刃が、柊哉の首元に迫る。
しかし、それも反射で防いだ柊哉は容易く彼女を弾き飛ばす。
柊哉の操る反射の制御は、相手によって内容が変わる。つまり、戦う時間が長引けば長引くほど敵の動きを分析し、正確な判断を行えるのだ。
だからもう、柊哉の身体にアスカロンが届くことは絶対にない。
「……もしもあんたが、本当にソレスタルメイデンという組織を破壊しようとしているのなら」
アスカロンと布都御魂を激しく打ち合いながら、それでも柊哉は彼女に言葉を投げかける。
「どうして、超能力を再現しようとした?」
その言葉で、ティタニアに大きな動揺が生まれた。
柊哉への攻撃をやめ、テミスではるか後方へと下がるほどに。
「もしも本当にこれを兵器として使うつもりなら、無駄としか言いようがない。俺や美里さんは無傷で自動人形を破壊した。他のソレスタルメイデンにだって、あんな意志のない人形はすぐに攻略されるに決まってる」
「……黙れ」
「あんたがこの超能力を再現した自動人形を――いや、かつて男女に関係なく能力が扱えた時間軸へクロノスとテミスでゲートを開いた理由は、一つしかない」
布都御魂の切先を彼女に突き付けて、柊哉は言う。
「あんたはただ、両親の遺志を継いだだけだ。そこに復讐なんて、持ち込んじゃいけない」
柊哉の言葉を聞いていたティタニアは、犬歯まで剥き出しにして吠える
「知ったような口を利くなよ」
瞬間、柊哉の前にアスカロンが振り下ろされていた。
外的反射の制御を行う布都御魂と動体視力向上の補助天装を持つ柊哉でさえ、僅かに反応が遅れる。
アスカロンの刃だけの移動だ。――しかしそうだと分かっていても、柊哉の相手の動きに合わせる反射ではどうしようもない。
だが、その刃はまた阻まれる。
紅蓮の炎が、それを正面から受け止めていたから。
「――テメェに何があったのか、俺は知らねぇ」
そこにいたのは、東城大輝だ。
「でもさっきから、あんたの眼には躊躇いしか映ってねぇよ」
大輝の言葉は投げた石のように、彼女の瞳に更に波紋を広げていった。
「自分の研究と復讐を重ねることを、今でもあなたは後悔しているんだね。なら、もう引かなきゃいけない。これ以上やったら、わたしたちはあなたを殺してしまうかもしれない」
「ってか、覚悟も揺らいだ人間に負けるほど私たちは柔じゃないのよ」
メイと美里が、動きを止めたティタニアに同時に蹴りを繰り出した。
しかし、ティタニアはアスカロンを無理やり回転させ、挟んでいた布都御魂と炎の刃を弾くと、テミスで姿を消した。
「あまり、図に乗るなよ」
ぞん、とティタニアの全身から黒い気配が溢れ出る。
殺意、憎悪、怨嗟。あらゆる負の感情を糧に、彼女はなお、強くなる。
「私を本気にさせたことを、後悔しろ」
瞬間。
アスカロンの刃が、美里の首元に迫っていた。
「――ッ!?」
この場の誰もが反応できない速さ。先程まで捉え切れていたのは、彼女自身まだセーブしていたのだと気付かされる。
ギリギリで躱した美里だが、肩口をばっさりと斬られその場でうずくまっていた。
「柊!?」
「いいから自分の心配してなさいよ、大輝!」
美里が叫び返した瞬間、大輝ははっと何かに気付いた様子だ。――それは、ティタニアの放つ殺気に気付いたのだろう
炎の刃で受け止めようにも、きっと間に合わない。柊哉の見立てと同じくそう判断したらしい大輝は背後に爆発を生み出し、自身とティタニアを同時に弾き飛ばすことで回避した。――だがそれは、自身も少なからずダメージを受けるということだ。
「くそっ!」
一気に形勢が傾き始め、柊哉とメイは畳みかけるようにティタニアへ襲いかかる。しかし、二人同時の攻撃だというのにティタニアはたった一本のアスカロンで防いでいた。
鍔に近い部分で布都御魂を受け止め、切先に近い部分をテミスによるゲートで随時移動させてメイの建御雷を防ぐ。そんな芸当を、彼女は容易くやってのけた。
幾度となく火花を散らし合いながら、しかし、ティタニアは一撃たりともその身に受けることはなかった。
その姿は、さながら修羅や鬼神のようで。
柊哉には、とても、痛ましく見えた。
「――もう、やめろよ」
激しく布都御魂とアスカロンを打ち合いながら、柊哉は呟く。今にも泣き出しそうなくらいに崩れた顔で。
「そんな無茶苦茶な戦い方で、本当にどうにかなるわけがないだろ」
「戯言を――ッ」
柊哉を押し切ろうとした、刹那。
彼女の全身を、白い閃光が貫いた。
「現に、もうアンタには私が見えてないじゃない。一度斬りつけたってだけで意識から除外してる。そんな狭い視野じゃ、勝てるものも勝てないわよ」
紫電を撒き散らしながら言うのは、柊美里だった。彼女が柊哉とメイの隙間を縫うように、電撃の槍でティタニアを射抜いたのだ。
「そんな風に最後に無茶をしたくらいじゃ、俺らには勝てねぇ」
そして、火炎によって加速した大輝が、ティタニアをその刃で一閃する。
美里の電撃によって硬直を強いられたティタニアは、当然防ぐすべもなく吹き飛ばされる。ごろごろと地面を転がって、彼女はそのまま仰向けに倒れていた。
「……負けを、認めてくれないか。躊躇ったままのあんたじゃ、ここが限界だ」
倒れたティタニアに刃を突き付けて、柊哉は言う。
もうティタニアに勝ちの目は存在しない。これ以上は、彼女が無駄に傷付くだけだ。
「ふふ、はは……。何を言っている?」
柊哉の最後の願いさえ、ティタニアは一笑に付す。
「私が躊躇っている? そんなことは百も承知だ。だから、私は賽を投げることにした」
「何を――」
「私の手から離れたところで、自動人形が街を破壊する。元はそういう計画だ。事前にソレスタルメイデンに止められれば、私の復讐はそれまで。私には復讐を成し遂げる覚悟もなかったと、そう諦めようと決めていた」
それはきっと、言葉だけなら敗北を認めたようにも聞こえるかもしれない。
なのに、胸のざわつきが消えない。
彼女の声音は、まるで、勝利を宣言するようだったから。
「個々の性能など関係なくなるのが、数の暴力だろう? 私は千体を超える自動人形を、とうに造り終えていたんだよ。何の為にこんな場所を選んだと思っている? 内部の収容量を重視したからに決まっているだろう」
「な――ッ!?」
「起動にまでは時間がかかるが、それもたったいま終わったようだ。既に人形は街へと動き出した。――安易な時間稼ぎに引っ掛かってくれてありがとう、高倉柊哉」
「くそ!」
ティタニアを置いて駈け出そうとする柊哉だが、ここからでは間に合わない。それに、時空間を操るティタニアならば、ここから柊哉たちを出さないということだって可能だ。
「終わりだ。これだけの規模の破壊を、天佑高を持つ街で起こせば、ソレスタルメイデンの地位は大きく傾ぐ。そこにきて能力を再現した人形の登場だ。――完全に、世界は一変するぞ」
ゆっくりと起き上がり、ティタニアは高笑いを上げる。
「どうやら私の勝ちのよう――」
『だと、思いましたか?』
無機質な声が、この空間に響いた。
それはメイから――正確に言えば、メイのリボン型の補助天装から発せられた音だ。
その声の主は、間違いなくシノだ。
『何故、私たちがそこにいないと思っているのですか?』
そう語るシノの背後から、何かの破裂音が聞こえていた。
『蟻の巣でも突いた様にうじゃうじゃと出て来ますわね。まぁ、蟻らしく踏み潰せばお終い、という話ですが』
シノの声に乗せて、七海の声までした。
『私と月山貞一、七瀬七海の三名がこの周囲一帯に陣を組み、溢れ出る自動人形全てを破壊しています。――あなたの計画は、失敗ということです』
「馬鹿な……。たった三人で何が出来る――」
『わたくしは、大輝様に道を作る為にここに残りました。――行き道だけでなく帰り道も守り通さなくて、どうして私は彼の為に尽くしたと言えましょうか。理由はそれで十分でしょう。それだけあれば、わたくしは千だろうが万だろうが、あらゆる敵を屠ってみせますわ』
そんな、どうしようもない理屈だった。
どう考えたって、そんなことは出来るはずがない。なのに、どうしてか彼女たちならそれを成し遂げてしまうと思わされる。
「……ふ、はは……」
そして、ティタニアはまた笑う。
それは先程の笑みとは違う。何かが吹っ切れたようにも見えた。
「ははは、まさか、こんなふざけた結末とはな!」
ティタニアは笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。
込み上げる笑いを押し殺すように深く息を吸い、そして、彼女はもう一度だけアスカロンを構えた。
「――折ってくれないか」
殺気も何かもが消えた彼女は、ただ、そう言った。
「私の負けだと、そう、突き付けてくれ」
きっと彼女は。
初めから、そうなりたかっただけなのかもしれない。
消すことの出来ない怨嗟の炎にその身が焼き切れてしまう前に、誰かに止めてもらいたかったのだ。
「……いいぜ。やってやるよ」
炎の刃の形を崩し、代わりに解けた炎を右拳に纏って東城大輝は言う。
「もう、終わりにしよう」
彼の横に立ち、漆黒の刃を真っ直ぐに構えて高倉柊哉は言う。
たった二人の少年が、たった二人の少女に対して立てた誓いを護る為に。
彼らは、この戦いに終止符を打つ。
「あんたの負けだ、ティタニア・クロス」
柊哉が振り抜いた布都御魂は彼女の胸を裂き、大輝の拳が彼女の顎を捉える。
ティタニア・クロスの抱えていた全ての想いを。
その刃と拳が、粉々に打ち砕く。