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【FRE×雷鳴】業火ノ誓イ  作者: 九条智樹
サンダー・アストレイ
17/19

第4章 業火と雷 -7-


 暗い、暗い部屋の中央。

 近代チックな様々な機器が並ぶ中に、数メートルにも及ぶ巨大な柱状の振り子時計があった。そして周囲は全て大地を晒したままだ。

 そんなアンバランスな風景の中に、一つの椅子があった。

 ギシギシと軋むその事務用椅子を揺らしながらブロンドの髪をなびかせて、モノクルをかけたその女はゆっくりとそこ(、、)を見つめた。


「おかしいな。モデル大地ノ恋人の自動人形によって、ここに繋がる道は全て消したはずだが」


 その視線の先にいたのは、一組の少年と少女だった。

 力強い紅蓮の業火を右手に宿し真っ直ぐに見つめる少年――東城大輝と、銀色の美しい髪をぴょこぴょこと揺らす可愛げな少女――鹿島メイの組み合わせだった。


「どっかの馬鹿が壁をぶっ壊してくれたおかげだよ」


「いったいどこにそんなお茶目さんがいるんだろうねぇ」


 東城の皮肉も素知らぬ顔で鹿島は受け流す。

 先程、自動人形を片づける際に鹿島メイは周囲の地形を無視して落雷級――あるいはそれを超えるほどの放電を放ち、内部構造ごと敵をズタズタに破壊していた。その恩恵と言うべきか当初の目的通り自動人形は全て破壊され、おまけに閉ざされていた道も開けたというわけだ。


「やはり道を塞ぐ程度ならば無駄だったか」


「いや、結構盲点だったよ。一本道だったし、ファーフナーが出てきたから奥に繋がってるとばかり思ってた。鹿島が壁を壊してなかったら、まだここに来れてなかったかもしれねぇな」


「仮に気付いたとしても、文化遺産を壊すという発想にはないだろうと思ったんだがね。私も案外、常識人だったようだ」


 呆れたような感心したような、微妙な笑みを彼女は浮かべている。どこか裏が見えない、不気味ささえ感じる笑みだった。


「さてさて、それじゃあそろそろ始めよっか」


 しかし、それに臆する様子もなく鹿島は言う。


「元王族狩りの幹部、ティタニア・クロスだね。天装の違法使用に文化財保護法違反、公務執行妨害と罪状は様々だけど……大人しく捕まる気はある?」


 ざっと、鹿島はその漆黒のブーツ――建御雷を踏みならす。

 その全身から滾る火花にも似た気迫は、ただ傍に立っているだけの東城にさえビリビリと突き刺さっていた。


「……落ち着いたらどうだ?」


 しかし、その気迫を真正面から受けているはずのティタニアは、顔色一つ変えずにそう言った。


「せっかくの客人だ、茶でも振る舞おう。座りたまえ」


 ティタニアが言うと同時、さっきまで何もなかったはずなのに、唐突に東城たちの前に豪奢なテーブルが現れた。


「――ッ!?」


 唐突な現象に、東城は驚きを隠せなかった。

 目の前には、テーブルとイス三つ。大理石のような天板の上にはカップとソーサーだけでなく、ティータイムでもするのかケーキまで用意されていた。


「なるほどにゃあ。それが天皇・テミスの能力ってわけだね? 空間を歪め、繋げる能力。さながら四次元ポケットかどこでもドアだね」


 流石はプロのソレスタルメイデンといったところか、鹿島はまるで動揺していなかった。もしかしたら多少は驚いていたかもしれないが、それをきっちり隠せるだけの訓練を積んでいるのだろう。


「それで、このお茶会の意図は何かな?」


「血の気が多いようだからな。お茶でも飲んで少し冷静になってもらおうかと思ってね」


「なるほど、確かにケーキもあるし中々魅力的なお誘いではあるんだけど――」


 バチッ、と何かを引きちぎるような音がした。

 それは鹿島の足元からだ。

 彼女の纏う建御雷から、抑え切れないと言わんばかりの紫電が溢れ出ているのだ。


「ケーキはお昼に食べたし、太っちゃうからお断りかな」


 鹿島はそう言いながら、地面を蹴った。

 柊同様に空気中に放電によって生み出したレールによって、電気的な加速を得ている。その姿は最早軌跡としてしか捉えることなど出来ない――――はずだった。



「座りたまえ、と言ったはずだが?」



 言葉の直後だった。

 真っ直ぐにティタニアへと迫っていたはずの鹿島の姿が消えた。


「……完全に、捉えたと思ったんだけどにゃあ」


 声が聞こえた自分の背後を振り返れば、戻ってきた入り口付近に鹿島は立っていた。今の一瞬で移動したとは思えない。おそらくこれが、ティタニアの力なのだろう。


「指定した空間面を繋げる天装を前に、物理接触を図ろうとするからだ。その身体が壁に打ち付けられなかっただけ、私としては僥倖だよ」


 悔しげに睨みつけている鹿島を、ティタニアは軽くいなす。


「断っておくが、これ以上の攻撃は控えた方がいい。ましては広範囲に影響を及ぼすものならなおさらだ」


 そう言いながら、ティタニアは事務椅子から立ち上がり自らテミスによって出現させたテーブルセットの上座へと腰かけた。


「私はこのモノクルである天皇・テミスともうひとつ別の天装――時君・クロノスの二つの王族神器を有している。そしてこの二つの王族神器を繋げることで、時空間をまたぐゲートを開き続けている。それによって、超能力を再現した自動人形を生産したわけだ」


「……何が言いたい?」


「私の後ろにあるこの柱時計――これがクロノスだ。ここまで言えば、意味は分かるな?」


 ティタニアが浮かべた笑みに、東城は冷たい瀬が背中に伝うのを感じた。

 彼女の背後にあるその巨大なアンティーク調の振り子時計。それが天装だとしなくても、きっと高価な値が付くに違いないほどの美を持った豪奢な調度品だ。

 それが、この時代と過去を繋ぐ唯一の王族神器。

 そしてそれは、見た目の巨大さゆえにそこから動かすことが出来ない。


 もしも、東城や鹿島が全力でその力を振るい、その余波がクロノスを破壊してしまったら?

 東城たちは過去に変える術を永遠に失ってしまう。この時代において、王族神器は複製不可能な貴重なものなのだから。


「テメェまさか、これを盾にする気かよ……ッ」


「使えるものは何でも使う主義でね。君たち能力者がここに来たとファーフナーから聞かされたときは驚きもしたが、この偶然のおかげで私の計画に支障は出なさそうだ」


 ティタニアはそう言いながら、ティタニアはそっと手を差し出して促した。


「座りたまえ。この私が三度も警告しているんだ。――次はない」


 ぞくりと、背筋が震えるのを東城は感じた。

 全身の汗腺という汗腺から冷たい汗が溢れ出ているような錯覚を感じるほどに、東城は恐れていた。指先など微かに震えてさえいる。


 それだけの恐怖を覚えたのは、何度も戦闘を経験している東城でさえ数度しかない。――それはつまり、このティタニアが東城にとってあの神戸や所長にさえ匹敵し得るほどの脅威だということに他ならない。


「くそ……ッ」


 小さく舌打ちしながらも、それ以外の選択肢の取りようもない東城は、仕方なく与えられた席に座る。それを見て鹿島も渋々と言った感じだが席に着いて、すぐさま高級そうなカップに注がれた紅茶を躊躇なく飲み干していた。


「俺たちに座らせて、何のつもりだ?」


「話をしようと思っただけだ。私はファーフナーとは違い、穏便に済ませられるならそうしたいと、本気で思っているのでね」


 自動人形で襲いかかっておいてよく言う、と鹿島は呆れているが、ティタニアは気にした様子もなく本題に入った。


「君は、ファーレンはただの戦闘狂だと思っている口か?」


 ティタニアは東城の答えを待たずに、続けた。


「私は違う。私には確かな主義主張があり、武力をもってそれを伝えているのだ」


「……世界を変えたいのなら、政治家にでもなるべきだと思うぜ」


「政治家で世界が動いていたのは、昔の話だ」


 東城の反論をティタニアは切り捨てる。

 カチャとカップとソーサーが当たる音だけが、空しく響く。


「政治が政治として機能するのは、裏に権力と武力が存在するからだ。世界の中心は優れた軍事力を持つ国で、国の中心は金と権力に溺れた年寄りどもだった。――が、今やその軍事バランスは大きく傾いている」


 そう言いながら、ティタニアはトントンと自分のモノクルを叩いて見せた。


「天装。あるいは超能力か。この力の存在は世界の軍事を脅かしてしまった。ソレスタルメイデンという天装を独占する集団によって、だ」


 ぞくりと、背筋が震えるのを東城は感じた。

 それは何も、ティタニアの殺気に怯えたとかではない。ただ気付いてはいけない何かに気付いてしまったかのような、そんなどうしようもない何かだ。


「世界は歪んでいる。たった一つの組織で全世界が滅ぶほど不安定に、大きく傾けられてしまったんだよ」


 それは、あり得てはいけないパワーバランスだ。

 東城の過ごした時代では、どれほど強固な軍を誇っていても複数の国家に囲まれれば、もしくは核を打ちこまれれば、絶対に敗北する。

 どこか一国が勝ち誇れないようなその絶妙なパワーバランスこそが、きっと平和を形作っているのだろう。


 だが、この時代はどうだ?

 天装、王族神器。

 ある時代において戦争全てを覆す為に作られた超能力を改善に再現したその武装を、たった一つの組織が占有している。

 これがどれほどに危険な状況なのか。分からない東城ではない。


 ましてその組織は、表向きには治安維持部隊を名乗っている。難癖を付けて取り壊すことさえ不可能なほど、既に民意を得てしまった。


「分かったか? この世界にはもう、確たる正義など存在しない」


 だからきっと、こうしてティタニアのように反社会的な行動を起こす必要があるのかもしれない。それは必要悪なのだ。


「――とファーレンの女は供述しており、ってところかな」


 しかし、東城の不安を拭うように鹿島の軽い声が聞こえた。

 振り向けば、ケーキを食べていたフォークをくるくると回し鹿島は呆れた様子だった。


「なるほど、確かにそういう捉え方も出来るね。でもそれって、何の証拠もないでしょ? 結局オバサンの妄言でしかない以上、どんな破壊行為も正当化されたりはしないよ」


 確かに、鹿島の言うことももっともだ。

 ティタニアが言っていることは、東城たちの世界に置き換えれば、ただの週刊誌の記事のようなもの。信憑性はあるように聞こえるが何の裏打ちもない。全てが外れでもないし、しかし当たっているわけでもない。


「そうだな。――だが、この場においてそれは重要じゃない」


 そう言ってティタニアは真っ直ぐに東城を見た。


「分かったか? これがこの世界の正義の観念だ。――君がソレスタルメイデンに与する理由が『そちらが正しいと思っているから』なら、すぐさま引き返せ。私は君たち超能力者を元の時代に帰す用意もある」


 あぁ、と東城は思う。

 こうして東城が戦う理由は、確かにないのかもしれない。

 ティタニアを倒し、彼女の天装も押収したとしよう。月山が厳密な改造を施して『東城たちがいた場所・時代』以外への転位を出来ないようにすれば、あとはティタニアにどんな意志があっても東城たちは過去へ帰れる。


 逆にこのままティタニアに助力し鹿島たちを倒してしまっても、ティタニアが約束を護るなら東城たちは過去に帰れる。――約束を反故にする理由も、彼女にはないだろう。

 どちらにしたって、東城は当初の目的通り過去に帰れる。


 それに、どれほど議論を尽くしたところでティタニアたちの意見は『推論』でしかなく、鹿島たちのそれもまた『希望的観測』でしかない。


 この場でどちらかの味方をしようにも、東城にはどちらが正しいかを判断できない。

 だが。



「それでも俺は、テメェが気に食わねぇんだよ」



 立ち上がると同時、テーブルの上に乗って東城はティタニアへと真っ直ぐ走り出していた。

 カップが割れる音を無視して東城は右手に炎を纏い、テーブルを蹴って飛び上がり、斜め上からティタニアへ拳を振り下ろす。


「そう来たか」


 ティタニアも立ち上がり、しかし避けるでもなく虚空に手を差し出した。

 同時、それは現れた。


 横幅は三〇センチを超え、全長は一・八メートル近いだろうか。全く現実的ではない大剣が、彼女の手に握られていた。


 それの腹で、東城の業火の拳を受け止めた。

 炎の温度と出力を挙げ溶かしきろうとするが、その大剣はびくともしない。

 代わりに炎圧でティタニアの立ち位置が僅かばかりに下がり、東城は大剣に拳を叩きつけたままで着地していた。


「どっちが正義かだ? 知るかよ、そんなもん」


 東城はたった三十センチ先のティタニアを睨みつけ、吐き捨てるように言った。

 彼女から放たれるおぞましい殺気にさえ抵抗できるだけの気迫を、東城は持っていた。


「ただ俺は、鹿島たちを信頼している。タイムトラベルなんて漫画じみた話も、鹿島たちは信じて助けてくれたからだ。――だから、もし鹿島たちがこの件に関わることで戦うんなら、俺はそれを呑気に見てなんかいられねぇんだよ」


 東城大輝には、かつて決めたたった一つのことがある。

 記憶を失くした自分が傍にいることは、彼女を傷つけてしまう。それが分かった上で、それでも彼は自己中心的な満足を得る為だけに、彼女の傍にいる。


 だから、代わりに。

 東城大輝は、自分がしたいと思った全てを成し遂げる。ただ一つ彼が成し遂げられないことを、柊美里が流す涙を止められないことという、ただそれだけにする為に。

 そうすることで、せめて、彼女の涙を世界との天秤にかけてもつり合うようなものにして見せようと。


「テメェを倒して、俺は元の時代に帰るぜ」


 拳がその大剣に受け止められた状態で、東城は更に一歩を踏み込む。

 補助天装で筋力を増加しているであろうティタニアを、そのただの一撃で数メートル後ろまで弾き飛ばす。


「なるほど、君の考えは良く分かった。――だが」


 ティタニアはそう言って、モノクルをくいっと上げる。

 その奥に映る瞳に、溢れんばかりの殺気を滾らせて。



「まさか、この私を本当に倒せるとでも?」



 瞬間、東城は後ろへ大きく跳んだ。ティタニアの余りの殺気に気圧されて、炎の加速まで使って、無理やり十メートル近い距離をティタニアから取らざるを得なかったのだ。


「確かに距離は取ったが――それで、果たして正解か?」


 ティタニアの姿が、消えた。

 東城の思考に一瞬の空白が生まれる。何が起きたのか、あまりに超常的すぎて能力に慣れている彼でさえ理解が遅れたのだ。

 そしてその僅かな隙は、致命傷にさえなる。

 生ぬるい風のようなものを東城は背に感じた。そしてそれが、剣を振りかぶった動作だと言うことを直感した。


 だが、間に合わない。

 何故いきなり背後に。そんな当然の疑問が、東城に回避という選択を取らせることさえ鈍らせていた。

 僅かに振り向いた東城の視線が、大剣を振りかぶったティタニアを捉える。しかし今さら足掻いたところで、回避も防御も間に合う距離ではない。



「ふっふふーん。このメイちゃんを前に、速さで勝負を挑もうなんて片腹大激痛だぞ?」



 その大剣を、鹿島の黒いブーツが阻んでいた。

 どう見たってティタニアの大剣の方が威力は上だと言うのに、東城との間に割って入った鹿島が僅かたりとも動く気配はなかった。


「ックソ!」


 その隙間を縫うように、東城が炎弾を撃ち放つ。

 しかしそれが当たる前にティタニアの姿は消え、彼女はさっきまで立っていた位置に戻っていた。


「……悪い、鹿島。おかげで助かった」


「ソレスタルメイデンは助けるのがお仕事ですからにゃー。礼を言われるほどじゃあないよ。――それにこうして一般人に戦いを強いている時点で、こっちも頭は下がりっぱなしですし」


 鹿島は答えながら、ティタニアを見る。


「その大剣がテミスかな?」


「残念だが違う。テミスはこのモノクルで、この剣の名は『アスカロン』だよ。ただただ堅さと鋭さのみを追い求めた、普通の剣の天装だよ。テミスとクロノスは改造した影響で同時併用できないのでね」


 がしゃり、と重い音を立てながら彼女はその大剣――アスカロンを構えた。


「なるほど。じゃあクロノスと一緒でテミスも壊しちゃいけないわけだけど――その大剣は、へし折っていいんだね?」


 鹿島から放たれた威圧感に気付き、東城は思わず一歩後ずさってしまった。

 自分に向けられたものではないことは重々承知しているし、彼女のそれはティタニアの殺気とはまるで違う。

 だが、彼女がニコニコと変わらない笑顔で放つその気迫は、東城がかつて経験したことがないほど重くのしかかっていた。


「――その眼だよ」


 その東城の姿を見たティタニアは、しかし怯えるでもなく小さく呟いていた。

 先を聞く余裕もなく、またしても彼女の姿が消えた。

 とっさに背後に反応しようとした東城だが、即座に標的を頭上に変えた。

 背後を警戒させて別の死角を狙うのは常套手段だろう。だからこそ、東城は直感的に頭上を迎撃することにしたのだ。


 そしてその読みは、ほとんど正解だった。

 しかし自分の真上に現れたティタニアは、東城の放った炎弾を防ぐべく振りかぶっていたアスカロンの腹で無理やり受け止めていた。


 動きを先読みした迎撃でさえ、ティタニアは後出しで防げる。それはそのまま東城とティタニアの間に絶望的なほど、身体的なスペックの差があることを意味している。


「このまま押し切って――ッ!?」


 さらなる追撃を仕掛けようとした東城だったが、そこで声は途切れた。


「その正義を確信した眼が、私は大嫌いなんだ」


 ティタニアの姿が消える。

 同時、鹿島が脚を振り上げた。

 まるで吸い込まれるように、テミスの空間移動で姿を現したティタニアの斬撃が、その漆黒のブーツと激突する。

 テミスによる空間移動によって、ティタニアの移動時間はゼロになっている。しかし剣を振りかぶる僅かな時間だけでも、電気的な加速を得られる鹿島は追いつけるのだろう。


「温いな。ファーフナーの言う通り、怪我の具合は良くないようだな」


 しかしその状態で、ティタニアは更に一歩踏み込んだ。

 それだけで鹿島の華奢な身体は容易く吹き飛ばされて、剥き出しの洞窟の壁に背中を打ちつけていた。

 ずりずりと壁から地面へ滑り落ちていく彼女のブラウスの正面に、血が滲む。今の攻撃を受けた個所でないということは、傷が開いたのだ。


「鹿島!」


「人の心配をしている場合か」


 忠告の直後、東城の視界に影が映る。背後にティタニアが現れたのだろう。

 即座に東城は反応して、前へと転がるように飛ぶ。その直後、東城が立っていた位置にアスカロンが深く突き刺さった。


 あとコンマ数秒判断が遅れていれば――そう考えるだけで、東城の背中に冷たい汗が伝う。


(鹿島はあの怪我じゃしばらく戦えないだろう。――けど、俺には防ぐことは出来ない。これがかなりネックだな……っ)


 物理攻撃に対して、東城はそれを『燃やす』ことで防いでいる。

 燃焼・溶解させることでその武器としての性質を奪うか、あるいは更にその先のプラズマまで昇華させることで、その物質を自身の能力の支配下に置くのだ。


 しかし、先ほど東城が拳を叩きつけたとき、東城は本気の火炎を放っていた。本来ならあの温度の炎を浴び続けていれば、剣だろうが並の金属はドロドロに溶かされているはずだった。

 だが、アスカロンは少しも変化しなかった。

 それはつまり、防御のように瞬間的な反撃だけでは、東城の炎でアスカロンを溶かすことが出来ないということ。


 防御という手段を奪われた東城にとって、ティタニアのこのテミスによる空間移動は最悪の組み合わせと言っていいだろう。


「何を呆けている?」


 追い打ちをかけるようにティタニアは東城の前に瞬間移動し、武骨な大剣が風を薙ぎ払う。

 とっさに火炎の加速で避ける東城だが、アスカロンの切先が僅かに皮膚を掠めた。紙一重のこんな回避では、捉えられるのも時間の問題だろう。


「いかにも研究者ですって面して振り回すサイズじゃねぇだろ、その剣は……ッ」


「子供のくせに千度を超える炎を操っておいて何を言う」


 三百六十度、軌跡も見せずに唐突に現れるアスカロンの刃を、東城はほとんど直感だけで回避し続ける。申し訳程度に炎弾を打ち出して反撃するが、アスカロンの分厚い刃の前ではそれも無力だった。


「――にゃあ、さっきのは流石に痛かったよ……っ」


 アスカロンを振り上げたティタニアに、白い閃光が衝突した。

 一瞬動きが硬直した彼女に対し、漆黒の何かが更に追い打ちをかける。勢いよく数メートル吹き飛ばされていくティタニアを眺めているのは、鹿島メイだった。


「……受身も取れないで背中打った挙句に、傷口開いてんだろ。大丈夫かよ」


「心配してくれるんだね? でも残念。わたしにはミー君という心に決めた人がいるので大輝君の想いには――」


「ただの友だちとしての心配だ、過度な期待をしてんじゃねぇよ」


 呆れたようなため息を返しながら、東城は言う。


「……あいつに、勝てると思うか?」


「勝つよ」


 東城の弱気な問いに、鹿島は間髪入れずに力強く答えた。


「たとえ味方がいなかったとしても、敵にティタニアを超えるようなファーレンが百人いたとしても、わたしは負けない」


 一点の曇りもない声で、彼女は宣言する。


「だってわたしは、ソレスタルメイデンなんだから」


 ――眩しいとさえ、東城は思った。

 この手の言葉は当たり前のように耳にする。警官だから犯罪者は逃さないだとか、そういうのはだいたい建前だ。本音では、出来ることと出来ないことは区切られている。

 それでも彼女が、その言葉を口にする。そして東城には、彼女が本気でそう思っていると思わされた。


「……カッコイイな、お前」


「惚れても無駄だよ?」


「馬鹿なこと言ってる場合じゃねぇだろ。――やるぞ」


 東城は笑いながら、右手に纏っていた業火を一振りの剣へと形成する。


 本来、発火能力者は炎の形状の操作に関しては不慣れだ。ましてそれに堅さを与えるなど不可能に近い。それは、元々の炎の性質として『実体がない』からだ。


 だがレベルSの東城大輝は、それを覆す。

 類稀なる演算能力で炎の形状を強制的に固定させる。物理的な堅さを与えるのではなく、能力の支配性を最大限に発揮し、外的な力を受けても形状を保つようにするのだ。


「――美しい刃だな」


 それを見たティタニアは、感嘆にも似た声を上げた。

 吹き飛ばされたと言うのに、彼女はその白衣に土が付いた程度で大した怪我はないようにさえ見えた。


「だが、君たちでは私に勝てない」


 そう言いながらティタニアはテミスによる空間移動で、東城たちの背後を取っていた。

 ――しかし。


「甘いんだよねぇ、オバサン」


 まるでどこにティタニアが現れるか知っていたかのように、鹿島の建御雷がアスカロンを受け止めた。


「――なっ!?」


「驚いてる場合かよ」


 驚くティタニアに、東城も炎の刃を振り抜く。

 補助天装とやらの防御力のおかげか、皮膚を切り裂くには至らなかったが、それでも彼女の身体を吹き飛ばすには十分だった。


「……何故、私の位置が分かった」


「背中をぶつけた後、どうしてわたしが大輝君に任せて戦いに手出しをしなかったと思う?」

 鹿島はにやりと笑う。


「状況観察は戦術の初歩だよ。――そのモノクル型の天装、テミスは自分の目が結んだ焦点を起点に空間を繋げるゲートを開いているんでしょ?」


 一発で看破した鹿島に、ティタニアはぎりっと奥歯を噛んでいた。空間移動などという規格外の速度を持つ彼女にとって、これまで観察されるほど戦わされたこと自体が初めてのことなのかもしれない。


「だが、仮に鹿島メイに動きが読めたとしても、超能力者の燼滅ノ王まで動きが分かった理由は何だ。補助天装すら持たない彼には、後出しの反射では速さが足りないはずだ」


「理屈は単純だ」


 にやりと東城もまた笑う。


「鹿島ならきっと、テメェの動きに追い付く。だから俺はそれを信じて、鹿島の動きに合わせただけだ」


 それは絶対的な信頼がなければ成り立たない、ほとんど無策にさえ等しい行動だ。

 だが実際、東城の刃はティタニアに届いていた。

 それが何よりも、彼らの強さを証明している。


「――信頼か」


 しかしティタニアは、僅かばかり劣勢に立たされているにもかかわらず、小さく笑ってさえいた。


「子供の理論だよ、それは」


 瞬間、ティタニアの姿がまた消えた。

 即座に対応した東城と鹿島だが、振り下ろされたアスカロンの重い一撃は、受け止めようとしても手も威力を殺し切れるもではなかった。

 真一文字の剣閃を二人がかりで防いだにもかかわらず、東城も鹿島も五メートル近く吹き飛び、無様に大地を転がった。


「そんな曖昧なもので、勝利など掴めるわけがない。――ましてや、誰かを護るなど」


 ティタニアの放つ殺気の色が、より一層黒くなった気がした。だが、決して東城の肌に刺さりはしない。

 ティタニアの放つ殺気は、確かに本物だろう。――しかしそれは、殺意とは違う。


 殺気は放つものであり、殺意は向けるものだ。ティタニアの放つ殺気は本物でも、彼女の殺意は、決して東城を向いてはいないのだ。


「……一つ、教えてくれねぇか」


 立ち上がりながら、東城は問いかける。この殺気を見てしまえば、東城は疑問を置いたままになど出来なかった。


「何だ」


「――あんた、何の為に戦ってるんだ?」


 その東城の言葉に、ティタニアの表情が一瞬、大きく傾いだ。


「何を言っている? さっき言ったはずだ、この世界のソレスタルメイデンは、決して正義ではない。私はそれを正す為に――」


「何でそれを、あんたが背負っている。どうしてその役目が、あんたじゃなきゃいけない」


 ティタニアの建前など切り捨てるように、東城は更に問い詰める。


「あんたはいったい、何を見たんだ」


「答える義理はない」


 だが、ティタニアはそれを拒絶する。

 彼女の瞳が、僅かに光を閉ざしたようにさえ見えた。どこか彼女にとって触れられてほしくないところに、その問題は根付いているのかもしれない。


「疑問は以上か?」


 瞬間、彼女の動きが変わった。さっきまでは遊んでいたとでも言うかのように、アスカロンを振り抜くキレが段違いだ。紙一重で躱した東城の服を裂き、うっすらと一文字の紅い線がその胸に浮かぶ。


「――ッつ」


「それで終わりではない」


 その微かな痛みに気を取られた隙に、ティタニアは更にアスカロンを振るう。

 とっさに炎の剣で受け止めた東城だが、力が足りない。元々巨大なアスカロンに対し、こちらは貧弱な刀。ましてや、演算で形状を保っている東城では、必然的に脚の踏ん張りが損なわれてしまう。

 軽々と吹き飛ばされ、東城は固い地面の上を何度も跳ねる。


「――思い出したくない何かを思い出させられた、って感じかな」


 しかし、そのティタニアの変化を見ても鹿島は冷静に立ち向かっっていった。東城の心配よりも、ティタニアの迎撃が優先だと鹿島はしっかり判断したのだろう。


「……君に何が分かる?」


「何も。でもそうやってトラウマを掘り返されたときの反応は、ミー君そっくりだなぁと思っただけだよ」


 アスカロンと建御雷が数度、火花を散らし合う。


「あぁ、本当に、君たちのせいでこちらは狂わされてばかりだ」


 小さなため息のような言葉の後だった。

 鹿島の建御雷を大きく弾き、数メートルの距離を取った。――おそらく、テミスによる空間移動で仕留めに来るのだろう。

 ティタニアの視線に注視する鹿島。だが、ティタニアが想定外の動きを見せた。


「――え?」


 空間移動する前に、ティタニアはアスカロンを振り上げたのだ。それも、まだ完全に間合いの外だと言うのに。


「鹿島!」


 とっさに気付いた東城は叫ぶ。

 鹿島の背後に、アスカロンの刃だけが現れたのだ。


 テミスのそれは瞬間移動というよりも、空間を無理やり繋ぎ、穴を開けているようなものだ。故に穴の反対側での動きは転移した先でも反映される。

 視線でゲートを繋ぐ彼女からすれば、自らが飛び込んだ方が距離の修正はしやすい。間合いに僅かなずれがあっても斬れ味はがくんと落ちるからだ。

 だが刃だけを移動させて斬ること自体は、理論上不可能ではない。それこそが、彼女の奥の手なのだろう。


 そう気付いたときには、もう遅い。振り向いた鹿島でさえ間に合わない。

 その巨大な刃は、鹿島の白い身体に――



「させるわけがないだろ」



 少年の声がした。

 目も眩むような火花が放たれる。しかし、いつまで経っても血飛沫は見えないし、鹿島の悲鳴も聞こえはしない。

 それもそうだろう。

 アスカロンの刃は、横から現れた蒼白の刃によって逸らされていたのだから。


「間に合って良かったよ」


 そう言って笑うのは、一人の少年だった。

 穏やかそうに見えて、しかし、確かな一本の芯が通っている。そしてその眼光は、雷光にも似た力強さと鋭さを備えていた。


「ミー君……っ。いったい、どうやって――」


「アンタと違って、私も高倉も馬鹿じゃないからね。堂々と壁をぶっ壊したりなんかしてないわよ」


 鹿島の問いに応えた声は、東城の背中から聞こえた。

 振り返った彼の視界を閉めるのは、その凄絶なまでに美しい金色の髪。可憐で、そして苛烈な力を持つ少女だ。


「私のレーダーを全開にして通路が行き止まりなのは分かってたから、高倉の刀で一番薄い壁を切り取って、通ったらちゃんと切り取ったやつで穴を埋めた。構造的に安全な道ばかり選んでやってたから時間かかっちゃったけどね」


 簡単そうに言ってのけるが、柊はかなり無茶なことをしている。もともとこの古墳が彼女たちの基地であることを見抜く段階で、電線に触れて街中の電気の流れを理解するなどという芸当をやった上で、この広い基地の中をくまなく走査したというのだ。どれだけの負荷がかかったのかなど、発電能力者でない東城でも想像に難くない。


「何を心配そうな顔してるわけ?」


 しかし、それを見透かしたように柊は東城の頬をつねる。割と真剣に怒っているらしく、かなり痛い。


「痛い! なんだよ、急に――」


「前に言ったこと、もう忘れたわけ?」


 日常的なそんな行動に対して、彼女の視線は銃弾のように真っ直ぐに、東城の奥深く射抜いていた。


「私と一緒に戦うんでしょう? だったら、もっと私を頼りなさい」


 気付かされる。

 こんなにも彼女は強いのだと。そして、自分が彼女を心配することこそが、何よりも彼女を侮辱しているのだと。

 だから、東城はもう一度、その覚悟を決める。

 彼女と共に戦おうと。


「……力、借りるぞ」


「返してなんかいらないわよ」


 そう言いながら、東城と柊は共に並び立つ。全身から紅蓮の業火と蒼白の火花を迸らせて、二人はただ目の前の敵を見据えていた。


「――ミー君、あっちのお二人さんはなぜかラブラブモードなんですが、そろそろミー君もデレていいんじゃ――」


「ヤだよ」


 鹿島の馬鹿馬鹿しい発言を、高倉は一蹴する。


「うぅ、ヒドイ……」


「それにまぁ、言わなくたってあの誓い(、、)は守っただろ」


 高倉は小さく呟く。


「――だから、今度はお前が約束を守れよ」


 ツイ、と視線を逸らす高倉に、一瞬ぽかんとしていた鹿島は徐々にその顔いっぱいに笑みを広げていった。


「……ふっふふーん。これだからミー君はツンデレさんなんだから。――いいよ。ミー君が私を護ってくれたから、今度は代わりに、わたしがミー君を護ってあげる。絶対に誰にも傷つけさせないんだから」


 笑いながら、鹿島と高倉も東城たちの横へ並ぶ。漆黒の長靴(ちょうか)と蒼白の刃が、さながら闇に輝く稲妻のように煌めいた。


「――さぁ、始めよう。ティタニア・クロス」


 そう言いながら、高倉は半身になってその刃――布都御魂の切先を彼女に突き付ける。


「確かに、あんたは正義だったかもしれないよ」


 そして東城は高倉に背を預けるようにその横に立ち、紅蓮の刃を重ねるように突き付ける。


「でもだからって、こんな無茶苦茶なやり方が許されるわけじゃねぇだろ」


 吹き荒れる業火の中で。

 青白いスパークを迸らせて。

 二人の声が重なり合う。



「これ以上、俺たちの大切なものに手を出すのなら――」



「俺たちが、全部焼き尽くす」



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