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【FRE×雷鳴】業火ノ誓イ  作者: 九条智樹
サンダー・アストレイ
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第4章 業火と雷 -4-


「……隣から凄い轟音が聞こえたんですけど、大丈夫ですかね」


「大方、鹿島メイが状況を鑑みずに力を振り回したのでしょう。ですが、この壁が作られた際にそれぞれの区画は構造上分離されていたようですので、全体に被害はないと思っていいでしょう。問題はありません」


 心配そうというよりは呆れたような顔の貞一に対し、シノは最後に「こちらには」と言外に添えつつ冷静に答えた。


「隣のことは隣に任せておきましょう。それよりも、私たちは目の前の敵の撃破を優先するべきでは?」


 シノは先程まで胸ポケットに入っていた眼鏡を着用していた。それは彼女の視力拡張の補助天装だ。――すなわち、彼女が本気で勝負をしていることを意味している。


「そーですね。――ところで、まさか俺も戦力に数えたりはしてねーですよね?」


「見習いですらないあなたに戦闘行為をさせるほど、私は馬鹿ではありません。私がここにあなたを連れてくることを許可した理由は、もう分かっていますね?」


 シノの無感情な声音に、しかし貞一はプレッシャーを感じざるを得なかった。


「あのー、まさか戦いながらアレ(、、)の調節をしろと?」


「チューニングには私の戦闘データが要ると言ったのはあなたでしょう? いいから始めてください」


 戦闘の中で繊細な天装のチューンアップを要求するシノに貞一は辟易しながらも、しかしそれが重要であることは思い知らされている。

 既に、シノたちはこの区域に残った二体の自動人形との戦闘を始めていた。

 一体は火炎を操る人形だった。手首より先を起点とした、火炎及び爆発による直接攻撃が主体。遠距離からの狙撃・射撃が得意なシノにとって、間合いを取ることさえ出来ればそれほど脅威とは言えなかった。

 しかし、もう一体が恐ろしい能力の持ち主だった。その人形が持つ能力は、物体を自在に動かすこと。そして、その人形に対し物理攻撃は一切通用しなかった。それは、シノの音速を凌駕する矢の一撃でさえも、例外ではなかった。

 ――シノたちは知らないが、これは灼熱ノ天子(ザ・サン)夢幻ノ魔術師(マジシャン)という、アルカナの超能力を再現したものだった。


 夢幻ノ魔術師に関しては運動ベクトルを掌握する能力者である。七瀬七海に一度負けたことから見ても弱点がないわけではないのだが、おおよそシノの弓矢ではそこを突くことは不可能だ。


 故に、シノは隠し玉として用意していたそれ(、、)の使用を急がねばならなかった。


「時間はありません。片方の人形が盾になる以上、矢が通じる炎の自動人形にも私の攻撃は届きません。あちらに間合いを詰められでもしたら、私の特性上勝つことは困難です」


「えーっと、シノさん? 俺を過大評価しているようですけど、五分十分でアレ(、、)のチューンは無理っていうか……」


「改造を完成させろとは言いません。改造途中でも平常使用できる状態にして下されば結構です」


「それでもハードなんですけどねー……。ぐだぐだ言ってても仕方ねーですし、ギリギリまで時間は稼いで下さいよ?」


「善処します」


 言葉を交わし、シノは弓を構えた。

 和弓ではなくアーチェリーにも似た近代的な意匠で、長さは小柄なシノの身長とほぼ同じ。白い下地に金で装飾されたそれは、メイや柊哉の王族神器同様、それだけで美術品のような美しさを誇っていた。

 しかし、ただ弾性を求めた弓とも美しさを求めた骨董品とも違い、そのシノの弓の中には主力天装として、全てを射貫くだけの性能を秘めている。


 光后・グングニル。

『金属』と『運動エネルギー』と『気流』を掌握することにより、矢の生成から射出、加速、命中補正までを行う王族神器である。


 似たような過程を持つ通常の銃器型の天装に比べて、その威力と精密性は群を抜いている。地平線までが有効射程と言えば、どれだけ桁はずれの化け物か察することが出来るだろう。


「目標を破壊します」


 冷静に宣言し、シノはグングニルの弦を引く。光を手繰り寄せるように金属の矢がそこに生み出され、番えた状態となってその矢尻を自動人形へ向けていた。


 その矢を放つと同時、空気が割れる。秒速二五〇〇メートルで放たれた矢は、この距離ならば見るより先に射抜かれる。


 しかし。

 まるで予測していたかのように自らを盾とした一体の自動人形の手には、たったいま放たれたはずの矢が握られていた。

 ――シノに超能力の知識はない為知らないが、レベルB以上の能力者ならば、自身の掌握する力の影響を受けないようになっている。そして、運動を操る夢幻ノ魔術師の前では、どれほど威力を挙げようとも物理的な攻撃はまったく意味を成さない。


「……っ」


 無表情なシノだが、一瞬だけ不機嫌そうに眉根を寄せていた。

 シノは狙撃の名手である。最前線で戦うこと自体が彼女のスタイルに反しているが、それ以上に彼女の信条は『一撃必殺』である。それが全く通用しない敵が相手では――それも三週間前の斉藤葵との決戦時にも似たような経験をしている身ともなれば、少なからずフラストレーションも溜まるというものだ。


「……月山貞一。耳を塞ぐ準備を」


「はい?」

 貞一の聞き返しを無視して、シノは自身の耳付近を触る。眼鏡の耳当て部分がシノの二つ目の補助天装――聴覚拡張になっているのだ。それを逆に設定し、音をその衝撃から守る盾にする。


「私は狙撃が得意ですが――連射が苦手と言った覚えもありませんので」


 グングニルはその天装としての性質上、通常の弓のように射手が弓を引く必要がない。演算さえ可能ならば弓を持つだけで矢が生成され、弦を引き、放ってくれる。ただしもちろん、精度は圧倒的に落ちるが。


 ――つまり。

 精度さえ犠牲にすれば、こんな弓でもフルオート射撃が可能になる。


「射出の前に再度警告します。耳を、塞いでください」


 そう言って一呼吸置く。これが最後通牒であり、耳を塞いだシノにはもう貞一の抗議は聞こえない。貞一は慌てて手持ちの工具箱の中にあった耳栓を取り出し、焦りでこぼしそうになりながらどうにか装着する。


 そして、爆発があった。

 精度と共に速度も秒速数百メートルまで落ちた矢が、しかし代わりに数十、数百という単位で自動人形に襲いかかったのだ。

 音速を超えた際に発生した衝撃波がシノと貞一の身体を叩きつける。もしも耳栓をしていなければ、その衝撃波で鼓膜が破れていたっておかしくなかった。


『――ッ! 隣のメイも馬鹿ですけど、シノさんも大概ですね!?』


『その発言は侮辱と捉えていいですね?』


 音の氾濫の中で補助天装を介した思考通信でどうにか意思疎通を図る貞一に対し、シノはさりげなく酷いことを言い放つ。

 しかし、その顔には冗談をこれ以上言っていられるような余裕はなかった。


『ですがこれでも時間稼ぎにしかなりません。もしかしたら、それすらも……』


 これだけの規模の攻撃を繰り出しているというのに、シノの頬を冷たい滴が伝っていた。

 それも、そのはず。

 なぜなら、彼女の視線の先に映る二体の自動人形の姿には、一切傷ついた様子がないのだ。

 高度な連携を取ることはないといっても、それでも単純な協力プレーならこの自動人形にもできるのだろう。

 炎の自動人形は一切の動きを止め、もう一体の自動人形が完全な盾となっている。どれほどの連射であろうと、この自動人形が運動のベクトルをなかったことにしてしまう以上、ダメージが通ることはない。


 しかし、これで足止めは出来ている。

 炎の自動人形はもう一体の背後に隠れ続けなければいけないし、もう一体も、自らが動くことで炎の自動人形が破壊されることを危惧している。一見すれば、この上なく有効な足止めのように思える。


 だが、いつまでもこの状態が続くとは思えない。

 自動人形のCPUにはおそらく無限ループ防止のプログラムが組み込まれているはずだ。すなわち、膠着状態に陥った際に、彼らはなにがしかの方法でそれを脱する。


 考えられるパターンはいくつかある。


 一つは、炎の自動人形が見捨てられる場合。無力化する自動人形が単騎突撃してくるのであれば、一対一の状況にはなる。自分一人が上手く囮になれば貞一を守れるのだから、時間稼ぎも容易と言える。


 もう一つは、背後の炎の自動人形が何かしらの遠距離攻撃でシノを狙う場合。ここまでそれをしないということは遠距離攻撃の手段がないのかもしれないが、落ちているシノの矢を火炎で加速させ射出するだけでも盾を持たないシノには脅威となり得る。――が、背後にいる炎の自動人形がシノに攻撃するということは、一瞬とは言え矢を無力化する自動人の影から出なければいけない。その隙を突くだけの速度と精密さくらいはシノも持ち合わせている。


 つまり、この状況を自動人形が打破しようとした時点で炎の自動人形は破壊され、弓しか持たないシノでも足止めは格段にやりやすくなる。


 だが、しかし。

 最悪のパターンが、一つ存在する。



 そしてそれは今、目の前に。



「――ッ!」


 いつも無表情なシノの眉間に、一瞬だが深いしわが刻まれる。

 理由は単純だ。

 炎の自動人形が、燃え盛る炎をその身に纏い始めたのだ。


 シノの放つ矢は確かに速い。その為、いくら焼き払おうとしてもその前にその身を貫ける。――だがそれはあくまで、『ダメージを与えられるかどうか』というレベルの話でしかない。

 燃え盛る炎の圧力やその手前の気流によって矢の機動は大きく逸らされ、おそらく致命傷に至ることはないだろう。


 矢を無力化する自動人形が、炎の自動人形の動きを捉える。すなわち、自身が盾になる必要がないことを確認した。


 瞬間。

 シノは自動人形よりも早く戦況を読み切り、先に動いた。

 運動エネルギーを操る自動人形を倒すには、現在貞一が修正しているもう一つの天装(、、、、、、、)が必要不可欠だ。

 ならばこの場で最も優先すべきことは何か。


 月山貞一の安全の確保だ。


 シノは数百もの連射を止め、一度弓を引いていた。

 直後放たれた四連射が、二本ずつ交差するように地面に深く突き刺さる。――簡易的な草結びの罠のようなものだ。運動ベクトルを消し去ろうが、静止しているこの矢に足を取られれば動きを止めざるを得ない。

 だがそれで作れる隙はほんの僅か。

 その瞬間に、シノは耳の補助天装のスイッチを入れ直し、火炎の渦に包まれた自動人形を見据える。

 そしてシノは、弓をめいっぱいまで引き絞る。


「――シッ!」


 小さな吐息が漏れる。

 直後放たれた秒速二五〇〇メートルの矢は、音さえ置き去りにしてその火炎の中心を射抜いていた。

 中にあったはずの真っ白い自動人形は、胸より上と腰から下に分断され、その間は衝撃波だけで消滅させられていた。


 これが、王族神器の威力。兵器さえも凌駕する、圧倒的で絶望的なまでの力の象徴だ。

 ――だが。


 その炎の自動人形を仕留めた隙に、もう一体はもう一度動き始めていた。

 しかし避ける余裕がシノにはない。

 元より彼女は狙撃の名手である。すなわち、絶好の位置につきそこから一歩も動かずに敵を射貫く為だけに存在する。必要なのは百発百中の腕と、外したとき速やかにそこから離脱する逃げ足(、、、)だ。間違っても、戦闘で真っ向から攻撃を躱すようには出来ていない。


 だから彼女は、避けるという選択肢を放棄する。

 その身を犠牲にしてでも、彼女はこの場に立ち続ける。


(月山貞一が負傷すれば、勝機はない)


 ただそれだけの理由で、彼女は自分の身体が傷付く覚悟を決めた

 何よりも冷静な彼女は、何よりも自分を省みようとしない。全体としての勝利を最優先にしてしまう。

 ――しかし。



「まー、それも俺が調整に熱中してたらって話ですよね?」



 シノの耳の傍で、そんな声がした。

 直後、彼女の身体がふわりと浮き上がる。自動人形の拳は空を切り、衝撃波じみた風切り音を残すばかりだった。

 そして数メートル離れたところで、シノは月山貞一の腕に抱えられていた。

 貞一はまだ所詮『天佑高生レベル』だが、それでも万能に戦えるようなスタイルを選んでいる。一足飛びで彼女を抱え上げて回避するくらいは、彼の力でもどうにか出来る。


「月山貞一」


「何ですか?」


「私を助ける前に天装の調整をすべきです」


「お礼かと思ったらまさかの小言ですか……。まぁ、礼が欲しくてやったわけじゃねーですけどね」


 貞一から離れながらシノはそう言い、貞一の方は少し苦笑いで返しながら一つの棒状のものを彼女に差し出した。


 それは、長い漆黒の槍だった。


 グングニル同様シノの身長と大差がないほどには大きい。そこには真っ赤な細工で炎が描かれていた。それは地獄の業火を描いたように禍々しく、そして、本能的な恐怖を駆り立てるようなおぞましいものだった。


「一応、調整は終わりましたよ。――けど、さすがに放熱プロセスは未完です。使用は一発が限度ですね」


「構いません」


 シノははっきりとそう言ってのけて、貞一からその槍を受け取った。

 ずっしりと重くのしかかる。その重みは間違いなく、王族神器のそれだ。


「私が威嚇射撃以外で目標を外したことは、ただの一度もありませんから」


 シノはそう言ってグングニルをそっと貞一に渡し、新たに授かった一本の槍を構えた。それは今まで弓を使ってきた彼女とは思えないほど洗練され、一部の隙さえ消し去られた完璧な構えだった。


 そして丁度、新しい武装を持ったシノを確認した自動人形も新たな動きに出ていた。


 その特性が分からない為だろう。不用意に近づかないようにその自動人形は一度バックステップで距離を取り直すと、落ちている矢をまとめて掴んだ。

 それをベキベキと捻じ曲げ、くくるようにして一つの巨大な槍へと変えていく。――つまり、シノの槍よりも長いリーチで戦おうと言うのだ。


「――甘いですね」


 それを見たシノは小さくため息をついた。それはまるで勝者が敗者を憐れんでいるようですらあった。


「光后・ブリューナク」


 小さく、シノはその王族神器の名を呟く。


「グングニルが『一撃必殺』の弓であるのならば」


 何かのファンが回転するような音があった。そしてそれは次第に甲高くなり、やがて細い一本の音になる。


「このブリューナクは『絶対必中』の槍です。――あなたに避けることは、敵わない」


 直後だった。

 シノが槍を突き出すその瞬間、ブリューナクの槍頭が真っ赤に輝き、五本の光る何かを生成した。――いや、していた。

 それを目で見たときには既に自動人形の腹は射貫かれていたのだ。


「このブリューナクはその名に恥じない、光を操りレーザーを生み出す王族神器です。見たときにはもう、あなたの活動は停止している」


 シノはそっと目を閉じる。

 だが、まだ動けると言わんばかりに自動人形がゆっくりと腕を持ち上げる。ギチギチと耳障りな音を撒き散らしながら、それでも敵を討たんと歩み寄ろうとしているのだ。


「――哀れですね。そのような状態でもなお、戦わねばならないとは」


 シノは小さく呟く。しかしその間も、彼女は目を開けようとはしなかった。――そこにはもう、視線を向ける価値さえない。


「ですが、ブリューナクはこれで終わりではありません」


 そう言いながら、シノはブリューナクをほんの少しだけ回してみせた。

 それと同時、紅蓮の爆発が辺り一帯を呑みこんだ。射貫かれた個所を中心にした高温の衝撃波に、自動人形はバラバラに溶かされ、砕け散っていく。


「あなたに命が宿っていなくて、本当に良かった」


 彼女が槍を降ろす。

 その視線の先には、一度溶岩のようにドロドロに溶かされ、ようやく冷えはじめた元が何かも分からない黒い大地だけがあった。それはもはや、戦場であったことさえ疑わしい。


「こんなものを、人の身に向けたくはないですから」


 ただただ狙撃に特化した彼女が求めた、もう一つの王族神器。それはまさに殲滅と言うべき結果をもたらしていた。


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