第4章 業火と雷 -3-
「……で、高倉たちはどうだって?」
「金髪つるぺたと一緒だってさー。はぁ、ミー君がいないとやる気でない……」
東城と鹿島の目の前には三体の自動人形がいる。しかし、二人共にそんな緊張感などありはしない。
「やる気がなくても先に進まないといけないんだろ?」
「でもさぁ、わたしはミー君の為に戦っているのであってだね、ミー君がいないと戦う意味がないと言うかだね……」
「民間人を護る気欠片もねぇじゃねぇかよ……」
とんでもない発言をするメイに呆れながらも、東城はがしがしと頭を掻く。もはや鹿島からはプロのソレスタルメイデンのような気迫ではなく、ダメニートのようなだらしなさしか感じられない。
自動人形など、東城にとっては敵にさえならないだろう。しかしまだ敵の正体もはっきりしない内に自ら全力を出すのは、危険極まりない。だからこそ、鹿島の助力によって力をセーブしておきたいのだ。
「……なぁ、ひょっとしたら柊と高倉が一緒って、つまり男女が狭い空間に閉じ込められるっていう王道シチュエーション――」
「今すぐその白マネキンをぶっ殺そう!」
百八十度姿勢を変えて、鹿島の目に殺気が迸っていた。さっきまでの「働いたら負け」とでも言いそうなニートっぽさは微塵も感じられない。
「でも、流石に今すぐは無理だろ……」
仮にもこの場を任せた自動人形だ。先程、ファーフナーが襲撃の際に引きつれていた万物ノ刑死者の自動人形のように、アルカナ級の精鋭を再現したものと考えていいはずだ。
鹿島とてそれくらい分かっているはずなのに、しかし彼女は笑ってこう言った。
「大丈夫! 復活怪人はナレーションベースで速攻やられるお決まりなのさ!」
その直後。
突如姿を現した大量の棒状の金属――刀剣が二人に襲いかかった。
「にゅあ!? これ、ちょ、多すぎじゃないかにゃ!?」
間抜けな悲鳴を挙げながら避ける鹿島に、東城も東城で一応は躱しつつ、呆れたようにため息をつく。
「当たり前だろ。仮にもアルカナの再現なんだぞ、そいつら……」
この大量の刀剣による圧殺は、おそらく錬金ノ悪魔――鐵龍之介の能力だろう。一度、東城が敗北を喫した相手の再来である。気を抜いていられる道理はあるまい。
「チィ! こうしている間にも金髪つるぺたの魔手にミー君が!」
「なってねぇに決まってんだから安心しろバカ」
「言い出したの大輝君だよね!?」
心外そうな顔をする鹿島だが、東城もまともに取り合う気はない。いちいちリアクションをしていたら身が持たないことは、自分の周囲の女性たちのおかげで学習している。
「相手はたぶん、三田と鐵、あとは誰だろうな……」
地面を隆起させて東城たちを分断した自動人形は東城たちの方に残っているし、今の大量の刀剣による圧殺は鐵の能力で間違いない。しかし、もう一人が一向に攻撃しようとしないのだ。
「……もしかして、下野とかか?」
東城の知らないアルカナの可能性もあるが、攻撃に積極的でないアルカナというのを東城は下野歩意外に知らない。
最強の磁力操作能力――磁界ノ臣民を持ちながら、ただのレベルCの能力者である青葉和樹にさえ怯えた様子で戦っていた彼ならば、こうして攻撃に出る様子もなく突っ立っているだけなのも理解できる。
「敵はアルカナのコピーで手一杯で、それがどんな能力なのか把握できてねぇみたいだな。下野と鐵の能力なんて上手くコンビネーション取らないと互いに悪影響を及ぼすし、そのコンビネーションのプログラムを組んでるようにも見えないし……」
「ほっほう。つまり力でゴリゴリ押していけば落せるわけだね? 恋愛と同じ理屈だね」
「……そうだな」
何となく高倉と鹿島の関係を察し、東城は小さくため息をついた。
「ここはメイちゃんに任せてもらおう!」
「あー、いや。俺個人としてはせめて鐵の自動人形くらいは譲ってもらってズッタズタのボッコボコにしてやらんと、ちょっとした過去の因縁的なものが清算できねぇ、とか思ってたんだけどさ」
自動人形たちに背を向けドヤ顔を向ける鹿島に対し、東城はその自動人形たちを指差した。
「……アレ喰らったら、その前に死んじゃうんじゃねぇか?」
言われて鹿島も振り向く。
その視線の先にあるのは、津波のように隆起した、巨大な大地の壁だ。その内側には図太いスパイクがびっしりと敷き詰められている。アレに押し潰されたら、人体など一瞬にしてミンチになるだろう。
「……あれ、ナニ?」
「三田――大地ノ恋人の必殺技だろうな。ちなみに柊はアレを放電のみで全部砕いて無力化してたんだが……」
「なるほど!」
バチバチと漆黒のブーツから紫電を迸らせて鹿島は笑う。大方『金髪つるぺたに出来るならわたしにも出来る!』とでも思っているのだろう。
――が。
「おい待て落ち着け」
「ふっふふーん! 戦果は早い者勝ちさ!」
鹿島は意気揚々と足を振り回し、三日月形の電撃を放つ。
しかし、それは一体の自動人形に阻まれた。その彼が立つだけで放電の機動はねじ曲がり、あらぬ方向へ飛んでいった。
そう、下野歩――磁力操作能力である。
「どういうこと!?」
「だから、磁力操作能力ってことは、磁力の側から電気に干渉できるってことなんだよ。柊もそれで一度こいつに負けてる」
「……ならば」
僅かに何かを考えたように、鹿島は笑う。どうせ『これを乗り切れば金髪つるぺたの上をいける』とか考えているんだろうな、と思った東城は、そこで戦慄する。
気付いたのだ。
この馬鹿が何をしようとしているか。
そして、この馬鹿は本当に馬鹿だということを。
「磁力で捻じ曲げられないくらいの威力を放てば問題ないね!!」
そう言いながら、鹿島はふわりとこの狭い空間で宙に舞った。
美しい、まさに天女らしい動きに目を奪われそうになった東城だが、慌てて叫ぶ。
「おい待てこの馬鹿! 話聞けよ!」
しかし鹿島は東城の声など聞こえていないのか、建御雷の出力をどんどん上げている。溢れ出る紫電は、もはやそれだけでも並の攻撃を凌駕している。
「さぁ、終わりにするよ!」
鹿島が逆立ちするように宙で足を振り上げ、振り下ろすその瞬間。一瞬だけ生じた無音に東城は喉が引き千切れんばかりに叫ぶ。
「だから! こんな洞窟で全力出したら、みんな仲良く生き埋めだろうが!!」
あ、とそんな小さな声が聞こえた。
しかし、振り上げてしまったものはもう振り下ろすしかなく。
鹿島の建御雷から放たれた極大の電撃は、辺り一帯を呑みこんだ。
その真っ白い爆発の中、何か重大なものが崩れ去っていく音と共に、もはや成す術を失くした東城はこんな声を聞いた。
「……てへぺろ」
「死んでしまえ!」