第4章 業火と雷 -2-
基地の中は岩場をくり抜いたようだった。内装もなくほとんど自然のままの造りとなっているそれは、いっそ洞窟と言ってしまった方がしっくりくるほどだ。
その中を走りながら、柊哉は大輝に問いかける。
「なぁ、七海さんを置いてって良かったのか?」
「あいつが任せろって言ってるのに手出ししようとしたら、背中から刺されるぞ」
小さく苦笑いをしながら大輝は返す。
「――それに、俺たちは目の前の心配をした方が良さそうだ」
ぴたりと大輝が足を止めた。他の全員もそれに続いて立ち止まる。
その視線の先、灯りのなくなった闇から、ガシャガシャと無機質な音がやってくる。
それも、一つではない。
十体近い何かの足音が真っ直ぐに大輝たちへ向かっているのだ。
「お出ましだぜ」
それは真っ白い、マネキンにも似た自動人形だ。
見た目はどれも全く同一。だが、その歩く姿はそれぞれ微妙に違う。きっと大輝たちにはその姿勢の違いに微かな覚えがあるのだろう。
「どうする、メイ」
「そりゃ倒すしかないよ」
あっさりとメイが言い切って見せた、その直後のことだった。
地震でも起きたかのように足元から柊哉は揺さぶられたような感覚に陥った。――いや、本当に地面が脈打っているのだ。
「地面の下に何かいるのか――!?」
「違う、これは……ッ!」
柊哉の困惑をはねのけるように大輝が何か言おうとしていたが、間に合わない。波打った地面は隆起し瞬く間にかさを増して、天井まで繋がる壁と化してしまった。
そして。
柊哉の前にいるのは柊美里ただ一人。
メイも大輝も、貞一もシノもこの壁の向こうだ。
「やられたわね、これは三田芽依の能力か……」
美里が小さく呟いていたが、柊哉に意味は分からない。
問いかけようかと思った柊哉だが、その前にしなければならないことがあるのを思い出す。
『無事か、メイ』
補助天装の思考通信機能によって、柊哉はメイに呼びかける。普通の音声通信も可能ではあるが、それをする必要もあまりない。
『もちだよ。こっちは大輝君と一緒。シノちゃんは貞一と一緒だってさ』
『俺も美里さんといる。たぶん三分割されたんだろう。一応道は繋がってるし、こっちは自動人形倒して先に進もうと思う。構わないか?』
本来、見習いでしかない柊哉はプロのソレスタルメイデンのメイの監視下にいなければ天装の使用は許されない。だから、形式的にでもこうしてメイからの許可が必要なのだ。
しかし、即答してくれると思ったのだがメイから返事はない。
『どうした? 何か問題あるか?』
『……いま、金髪つるぺたと一緒なんだよね?』
『そう言っただろ』
『そしてミー君はその金髪つるぺたと一緒に行動をしようと……。つまりこれは浮気だね!?』
『お前はそこで野垂れ死んでろ』
業務的な支障があるのかと思ったら至極どうでもいい理由で、柊哉のこめかみの辺りの血管がピキッと音を立てた。
『扱いが酷くない!?』
『いつも通りだ』
『……なるほど、確かにその通りかもしれない』
何故か納得しているメイに柊哉は呆れたようにため息をついて、『許可したってことにするからな』と言い残してほぼ一方的に思考通信を切った。
「……美里さん、悪いけど、ここを二人で切り抜けるしかないみたいだ」
「でしょうね。まぁあのアホの銀髪ツインテールがいない分、私としては戦いやすいわ」
バチバチと美里の前髪の辺りから紫電が迸る。――まるで、もう抑えるのは限界だと言わんばかりに。
「相手は、自動人形二体か」
美里の視線の先にいるのは、二体の白い人形だ。もっと数はいたはずだから、他はメイやシノたちの方と戦っているのだろう。
相変わらず、白いマネキンのような見た目をしている。今どきの技術ならもっと人に似せる術はあるのだが、どうやら外見に金をかけず、全て内部に割り振っているのだろう。
「……知っている能力者の可能性は?」
「流石にのっぺらぼうで判別できるほど、私だって洞察力に長けているわけじゃないわよ。――でも、ちょっとこれは嫌な感じがするのよね……」
美里が苦笑いした、その瞬間だった。
パッパッパ、と三度のフラッシュがあった。
「避けて!」
美里が叫ぶ。
訳も分からず、しかし柊哉も反射的にその声に従って真横へと飛んだ。
直後。
禍々しいほどに紅い何かが、柊哉たちの立っていた場所を薙ぎ払った。
「――なッ!?」
焦げたような臭いが立ち込め、真っ白い煙に視界が奪われる。だがそれでも、柊哉は目を開かずにはいられなかった。
柊哉の視界の先――すなわち、彼がたった一秒前まで経っていたその場所が、抉られ真っ赤に焼けているのだ。
「光輝ノ覇者のレーザーか……。最強の発光能力者の再現ってわけね」
「おい、まさかこんなのが連発できるって言うんじゃないだろうな……?」
「さっきみたいに撃つ前に三度のフラッシュが必要で、インターバルは一秒弱。まぁ連射できるって言えるわよね」
美里の答えに、柊哉は絶句する。
ここには二体の自動人形がいる。そしてそのうちの一体が、一撃で人体を消滅させるに足る威力を秘めているのだ。――もう一体がどれほどか、想像するのさえ恐ろしい。
「――ビビってるわけ?」
そんな柊哉の心の内を読み取ったのか、美里は心配半分、呆れ半分といった声を出した。
「……いや」
一瞬首を縦に振りそうになった柊哉だが、思いとどまる。
もう柊哉は戦いに怯える必要はなくなった。誰かを護れなかったり、誰かに裏切られたりする恐怖よりも、柊哉は誰かを護りたいと強く願ったのだ。
だから、柊哉は迷いなく一歩を踏み出せる。その手に夜よりも深く黒い、一振りの刀を握り締めて。
「俺はソレスタルメイデンだ。――だから、俺の前で、誰かを傷つけさせるわけにはいかない」
黒い白木造りの拵えの刀を、柊哉はゆっくりと引き抜くと二尺八寸の直刀から、闇夜に映える雷光の如き鮮烈な輝きが解き放たれる。
銘を布都御魂。
柊哉が持つ、最速の王族神器である。
「本当は民間人を護るのが俺の立場なんだけど、手伝ってもらうよ」
「元々、私が大人しく引き下がるとでも思ってたわけ?」
笑って、柊哉と美里は並び立つ。
怯え癖が付いて下がりそうになる足を前に押しやれば、視界はクリアになって、冷静に状況が見られるようになる。
「もう一体の手にあるのはガラスか……。いや、氷……?」
「……ッ! そっちは真雪さんの再現ってわけか」
何やらまたしても知り合いの能力なのだろう。それも、彼女の様子から察するに並大抵の強さではないらしい。
「強いのか?」
「恐ろしくね。――いや、でも相方が光輝ノ覇者ってことは、私の放電を抑える為に空間に雪を充満させることも出来ないのよね。そんなことしたらレーザーでも同じこと起きるし……」
美里は柊哉が横にいながらもひとりごちていた。
「……オーケー。相手は私たち能力者のことを詳しく知らないみたい。この二体の組み合わせは正直無駄としか言いようがないわ」
「つまり?」
「三度のフラッシュの後に来るレーザーだけに気を付けていれば、あとは普通の戦いと一緒よ。こちらの攻撃が封じられたりする心配はない」
「了解した」
柊哉は答えて、布都御魂をゆっくりと握り締める。
「――行くわよ」
「分かった」
答え、柊哉と美里は同時に大地を蹴った。
美里は電気的な加速によって、柊哉は補助天装と布都御魂による直接的な筋操作によって、互いに人の領域を遥かに超えた速度で自動人形へ突進する。
しかし当然ながら、自動人形もそう簡単にやられてくれはしない。氷の刃を持った自動人形が相方を護るように立ち塞がり、柊哉の斬撃を受け止めた。
だがそれは、美里に対して決定的な隙を作ったことに他ならない。
「流石に電撃の槍でもブチ込もうとしたら、氷の盾が水蒸気爆発を起こすでしょうけど――これならどう?」
美里はスカートのポケットに手を突っ込み、何かパチンコ玉のような金属球を取り出した。
直後、紫電がその周囲を取り巻いたかと思ったらオレンジ色の尾を引いてそれが射出されていた。
動体視力拡張の補助天装を持った柊哉でさえ、それは軌跡でしか捉えることが出来なかった。あるいはそれが、視覚的に捉えることは理論上不可能な域にまで達していたかもしれない。
しかし、相手は曲がりなりにも機械だ。予備動作や音だけで柊の攻撃に反応してみせ、その攻撃半径から逃れて見せた。
それと同時、またしても三度のフラッシュが起こる。
二人ともその段階で飛び退き、レーザーは回避していた。――が、せっかく詰めた距離は開き、振り出しに戻っている。
しかし、柊哉も美里も笑っていた。
「……何でだろうな。美里さんの戦い方って、メイに似てる気がする」
「やめてよ、鳥肌立つでしょ」
「そこまで嫌いか……」
「それにアンタの戦い方だって、私は似てると思うわよ。電気的に肉体を制御するっていうやり方は、私がいま身につけようとしているそれだし」
そこまで言葉を交わした直後、二撃目のレーザーの予備動作があった。
その位置から飛び退きながら、柊哉は美里に声をかける。
「もう一度行く。たぶん、それで氷の方は片付けられると思う」
「了解。じゃあ、レーザーの方は私に任せといて」
答えを利くや否や、柊哉は大地を蹴り、たった一歩の跳躍で自動人形との距離を詰めてみせた。
布都御魂が煌めく。
しかし、氷の自動人形はその刃をもって迎え討とうとしている。幾度か柊哉が斬撃を打ち込むが、その自動人形は的確に柊哉の攻撃を捌いてみせている。
十数度、あるいは、数十度の剣閃の応酬があった。だが、まだ柊哉の刃は自動人形に届かない。それは一見すれば、柊哉と人形は互角に戦っているように見えただろう。
しかし二人の間には、決定的な差が存在する。
それは、二つ。
一つは、柊哉の布都御魂の能力である。
電気を操ることにより、外敵に反射を制御する術を得ているのが布都御魂という王族神器だ。それはすなわち、頭で考えるよりも速く相手の攻撃を躱し、相手の首を討ちとれるということに他ならない。
まして相手は機械――プログラムの塊だ。
柊哉は斬撃を打ち込みながら、敵の反応のプログラムを解析し、自らの反射のプログラムを修正している。最適化が完了すれば、柊哉は目をつぶっていても勝利は確実だ。
そして、もう一つの理由。それは簡単な理屈だ。
十年を優に超える歳月を、柊哉はこのたった一振りに注ぎ続けたのだ。
それは誰かに見せるわけでもない。自己満足などでも決してない。
柊哉が剣術に込めた想いは、ただの二つ。
――誰かを護る。
――その為に、敵を斬る。
それだけに磨き上げたこの腕だ。自らの全てをこの腕に捧げた柊哉が、負けるわけがない。覚悟の欠片も存在しない機械の固まりごときになら、なおさらだ。
「終わりにしよう」
柊哉が呟く。それと同時、自動人形の動きは全て読み切った。
反撃に出た自動人形の斬撃をかがみ込むことで紙一重に躱し、柊哉は跳ね上がるように刀を振るう。それだけで、氷の刃は容易く砕け散っていく。
そのまま柊哉はさらに一歩を踏み込み、刀を返す。
剣閃が真一文字の軌跡を描く。
自動人形の首が跳ね飛ばされ、くるくると宙を舞って、その白い頭蓋は大地に激突する。
しかし、勝利の余韻に浸る余裕はない。
三度のフラッシュが、味方を討った柊哉へと向けられている。
しかし、柊哉はただにやりと笑うだけだ。
「――私が全部、破壊する」
美里の小さな声だった。それは決して大きな声ではないが、しかし、きっと誰よりも力強いものだっただろう。
直後、眼底を突き刺すような真っ白い爆発があった。あまりの衝撃に、聴覚さえ一瞬麻痺するほどの。
だがそれは、電気を扱う王族神器を持つ柊哉には分かる。
落雷。すなわち、柊美里の持つ超能力だ。
「……勝ったな」
柊哉が小さく呟く。
閃光から守る為に閉じていた目を開けば、そこにあったのは黒く煤けた何かの部品だけ。自動人形としての形さえ、最早残っていない。
それを確認して今度は安堵と勝利で笑みを浮かべ、柊哉と美里は互いを称賛するように頭上高くに掲げた手を叩き合った。