第3章 再戦の時 -4-
天気は次第に崩れ、ぽつぽつとだが雨が降り出していた。天を覆う鉛色の雲が、心にまで重くのしかかる。
「なるほど。大方の事情は理解いたしました」
大輝から説明を受けて、茶髪の少女――七海は深く頷いていた。
おおよそ信じられないであろうタイムトラベルや、過去には存在しなかった天装やソレスタルメイデンの話まで、彼女は理解したと言ったのだ。
「……信じるのか?」
「大輝様の言葉であれば、どんなことでもわたくしは信用いたしますわ」
にっこりとほほ笑みかける七海に、大輝は苦笑いで返していた。それもそのはず。後ろの美里の放つ殺気は、下手な返事をすればその瞬間に東城を射抜く電撃の槍と化すだろうから。
「こうしてはっきりとした愛情表現は、素晴らしいことだよね」
そんな三人の様子を見ながら呟くメイは、どこか羨ましそうにも見えた。
「まぁ男子ならだいたい嬉しいとは思うけど、間に挟まれてしまう大輝はちょっと可哀そうだよな」
乾いた笑みで答える柊哉に対し、何故か、メイは言質を取ったとでも言わんばかりのドヤ顔だった。
「……つまりミー君も実はわたしの愛情表現に嬉しいと思っているわけだね?」
「あ、マジでそれは迷惑なんでやめてください」
「素のトーンで返された!?」
ツッコミでも何でもない柊哉のリアクションに、メイが両手を地面についてショックを受けていた。――が、もちろん柊哉はそんなことを気にしない。
「それで、貞一。どうなってる?」
柊哉は貞一に声をかけていた。
ここは天佑高の、貞一の改造教室だ。今は、持ち帰って来た万物ノ刑死者と言う自動人形を貞一に解析してもらっているところである。
本部に申請しようかと思っていた柊哉なのだが、メイが「タイムトラベルとか報告書に書いたら『空想と現実の違いを付けろ』って突っぱねられるに決まってるよ」と言い、それに同意した柊哉が身近で事情を知っている者に解析を頼んだわけだ。
「人使いが荒いぞ、お前」
小さく舌打ちして、貞一はプリントアウトした紙束を柊哉に投げ渡す。
「自動人形本体はこの時代じゃそこまで珍しくねーし、外殻はどっかの製品を流用したものみてーだな。ただ中身は完全にオリジナルっぽいし、肝心の天装みたいな力を発動した部分がどうしても解析できねー。天装とはまるで仕組みが違うし」
紙束と一緒に匙も投げたか、貞一はその場に寝転がった。この短期間で見たことのない謎の人形の解析を成し遂げたのだ。それは疲労もするだろう。
「……というかだな。その人形が使ってたのは、俺たちの知る超能力だ」
そこで、大輝が柊哉に向かって話し始めた。ちなみにその後ろでは、美里と七海が睨みあっていた。
「まさか、とは思っていたんだ。お前たちから聞いた話じゃ、こっちの時代に超能力は消えてしまっている。なのに、それを再現できるのかって。でも、やっぱりこの人形の力は俺たちの時代にあった重力操作能力の頂点――万物ノ刑死者で間違いないと思う」
少し自信はなさそうだった。おそらく、柊哉たちが信じないと思っているのだろう。事実、柊哉はその話を「そんな馬鹿な」とさえ思って聞いていた。
しかし、貞一だけは違った。
「……そーか。それなら……」
小さく呟いて、貞一は何か聴診器にも似た部品のついた箱を取り出した。
「……何だ、それ」
「いーからこれを持って、小さくていいからそのお前たちの超能力ってヤツを発動してくれ」
そう言いながら、貞一は箱を開けて中の小さな液晶に目を凝らしていた。
疑問に思いながらも、大輝は右手でその聴診器めいたものを握り、左手に小さく炎を灯してみせた。
「……やっぱりか。もーいいぞ」
貞一は箱を床に置いた。
「何だよ、それで何が分かるんだ?」
柊哉が貞一に問いかける。もちろん、その実験に協力した大輝も同様に理解できていない様子だ。
「これは天装の調整機の一つだよ。シミュレーテッドリアリティへの接続と力の発動タイミングを測定するもの。そのラグが大きいと不良品の天装だって判断できる。要するに調整の要否を探るための器具ってこと」
そう言いながら、貞一は柊哉の布都御魂にその機械をくっつけた。
「柊哉。ちょっとでいーから発動してくれ。それは俺が調整した天装だから、ほとんどラグはねーはずだから」
言われるままに柊哉が布都御魂に小さな紫電を起こす。
そして貞一はその結果をまたしても傍にあったプリンターでプリントアウトし、全員に見えるように床に置いた。
心電図にも似た波形などが描かれているだけで柊哉たちにはさっぱりだが、貞一はそれを指差しながら説明をくれた。
「これが柊哉のラグ。ナノ秒単位の誤差だな。――で、これが大輝の超能力のラグ。マイクロ秒単位の誤差が出てる」
「それが、どうかしたのか?」
「ありえねーんだ。いくら天装の方が未来の技術と言っても、天装はあくまで超能力を再現したものだ。なのに本物の方がラグは大きくて、しかもそれが千倍近いんだぞ」
柊哉の問いに貞一は即座に答えてみせた。おそらく、彼はもう、核心に届いているのかもしれない。
「この時代は超能力が失われている。それがもしも、シミュレーテッドリアリティ側に起きた何らかのバグだとしたら? その状態でどうして大輝たちはここでも能力を使える?」
あ、と柊哉はそこでようやく気付く。
超能力者が超能力を捨てたのではなく、その力ではシミュレーテッドリアリティに接続できないようにセキュリティが書き換えられてしまったとしたら。その仮定は今でも確かに存在するし、有力な説の一つだ。
いくら過去から来たって、東城たちが超能力を使える道理はない――のかもしれない。
「でも、もしも。この時代のシミュレーテッドリアリティと過去のシミュレーテッドリアリティがどこかで途切れ、切り変わっているとしたら。過去のシミュレーテッドリアリティに接続することで、超能力を得ることは可能だ」
過去のシミュレーテッドリアリティにも、時間の概念はある。つまり、接続できる過去のシミュレーテッドリアリティから『未来のこの場所に炎を生み出す』という演算を行えば、能力は普段通り使えることになる。
複数のパソコンで共有ファイルを操作しているようなもの、と考えればいいだろう。どちらを操作しても、現実は書きかえられるのだ。
「でも、どうやって過去に繋ぐんだよ?」
「お前たちが過去からやって来たときに言っただろ。天帝・テミスと時君・クロノスって王族神器を併用すれば『時空間を超えるゲート』を開けられるってな。そこを介して接続すればいい。そして、それを介している時間がこのラグの正体――とは考えられねーか?」
大輝の問いに答えた貞一の顔は、少しばかり自慢げだった。
「まぁ確かに、そう考えるのは妥当だよね。この人形を持ってきたの、王族狩りの残党筆頭のファーフナーだし」
メイも同意する。テミスとクロノスを持っているのがその彼女たち残党ならば、その繋がりは貞一の仮説とも合致しているからだ。
「――なるほど。ありがとうな、月山。それに高倉たちも」
深く頷くとともに、大輝は立ち上がった。
「つまりそいつらをぶっ潰せば、この時間旅行も終われるわけだ。そこまで道を作ってくれればもう大丈夫」
その目の輝きは、まさに業火の如き力を秘めていた。近づくだけで気圧されそうになるほどの圧が、そこにある。
「王族狩りの残党も、このふざけたタイムトラベルも――」
そして彼は高らかに、雄々しく宣言する。
「俺が全部焼き尽くす」