携帯電話の儀式
ずっと手が届くとばかりに思っていた。
見えていた距離は一歩踏み出せば越えられる近さだと思い込んでいた。
儚いモノだった。
本当は遠かった。
何故あんなに簡単に放り出すことが、出来た?
何故あの距離を自ら越えようと、しなかった?
時間があるから? まだ伝えなくてもいいと思ったから? 今が心地よかったから?
そうして何もせずにただ眺めていた。
もう何年も前の、昔の話。
夜、寝る前の最近の儀式。携帯電話を充電器につないで、電話帳から検索する。
光るディスプレイに浮かぶ名前に苦笑した。
漢字でたった二文字。
見ているだけで、笑顔が脳裏に蘇る。少し特徴のある声と話し方が耳に騒めく。
あの頃はなんの気兼ねもなく押せた通話ボタンが、少し恨めしい。
毎日だって電話していた。用なんてなかったけれど、くだらない話で毎晩盛り上がれた。
今となったらそれすら懐かしい。
何故、気付けなかったのか?
こうして開いてしまった距離を修復することがどんなに困難か、わかっていなかった。
忙しいかもしれない。
誰かといるかもしれない。
かも――カモ……そうやって最もらしく理由をつけて、ただ逃げていた。
怖いから。
不安だったから。
先が知れないから、見ないふりをして、遮断して、友達だって思い込んだ。
相手の出方を待つ前に、もっと潔く。
そうしていれば、距離を感じる今はなかっただろう。
距離――それは後悔――後から悔いても時は……戻らない。
毎晩の儀式はこうして僕を悔いのない人生へと運んでいく。
チャンスの神様は前髪しかないのだ、と教えてくれたのは君だった。
そして君がいてくれたおかげで僕は身を持って体感した。
もう何年も前の使えなくなった携帯電話を充電器から外して、僕は眠りにつく。
先を恐がって、後悔することだけはしないように、明日もまた精一杯頑張ろうと……