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やり直し令嬢セシリアは、二度目の人生で笑うと決めた  作者: 九葉(くずは)


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12/12

最終話 決意の夜明け

 ほろ苦いコーヒーの余韻と、胸の奥に残る温かな残り火を抱いて屋敷に戻ると、現実は氷の刃のように待ち構えていた。


 自室の机の上。

 そこには、毒々しいほど鮮やかな王家の紋章が入った封筒が、小山のように積み上げられていた。


「……また、増えているのね」


 私が留守の間に届いた、ギルバートからの手紙だ。

 封を切るまでもない。中身はきっと、甘ったるい愛の言葉と、執拗な夜会への誘い、そして「なぜ返事を書かないんだ」という苛立ちの羅列だろう。


 かつての私なら、恐怖で震え上がり、すぐに詫び状を書いていただろう。

 けれど今、私が感じているのは恐怖ではなく、冷めた嫌悪感だけだった。


 コンコン、と扉がノックされる。


「セシリア。起きているか」


 返事をする間もなく、父が入ってきた。

 その顔は上機嫌で、手には最高級の紙で作られた便箋のセットが握られている。


「聞いたぞ。今日は頭痛で伏せっていたそうだが……もう良くなったか?」


 父の目は笑っていない。「仮病を使ってでも部屋にいろと言ったのは私だが、今は働け」と語っている。

 私はベッドの端に座り直し、静かに頭を下げた。


「ええ。おかげさまで、だいぶ落ち着きましたわ」

「それは重畳。……ならば、明日にでもウィンズレット公爵令息に手紙を書け」


 父は便箋を私の机に放り投げた。

 バサリ、とギルバートの手紙の山が崩れる。


「次は茶会だ。我が家の庭園に招くのだ。当然、お前から誘えば断られはしまい。あの夜会での熱愛ぶりならな」


 父は卑しい笑みを浮かべ、私の肩をポンと叩いた。


「頼んだぞ。お前は我が家の希望なのだからな」


 希望。

 その言葉が、ヘドロのように耳にこびりつく。

 父が出て行った後、私は崩れ落ちた手紙の山と、父が置いていった真新しい便箋を見比べた。


 どちらも、私を縛る鎖だ。

 ギルバートは私を「都合のいい女」として欲しがり、父は私を「金を生む駒」として利用する。


 ——ルーカスはどうだろう?


 ふと、昼間の光景が蘇る。

 薄暗い喫茶店で、激甘のパイと格闘していた彼の顔。

 『君のその顔のほうが、ずっといい』と言ってくれた、嘘のない瞳。


 彼は私を「盾」にすると言った。

 それは利用だ。ビジネスだ。

 けれど、彼は私に対価を払い、私の意思を尊重し、そして何より——私を一人の人間として見てくれた。


 椅子を引き、机に向かう。

 父が置いていった便箋を手に取る。

 滑らかな手触り。


 私は自問した。

 このまま父の言いなりになって、彼を茶会に招くことは、彼を騙すことにならないか?

 「盾」としての契約は、あくまで夜会の場だけのものだったはずだ。それなのに、家の利益のために彼を泥沼に引きずり込むのは、私の美学に反するのではないか?


 ペンの先が紙の上で止まる。

 インクが滲み、黒い染みを作っていく。


 違う。

 私はもう、誰かに流されて生きるのはやめたはずだ。


 彼を利用するのではない。

 彼と、手を組むのだ。

 ギルバートという災厄を退け、父という支配者から逃れるために。そして彼にとっても、煩わしい「羽虫」たちを排除するメリットがあるなら。


 私たちは、対等な「共犯者」になれる。


 私は滲んだ紙を破り捨て、新しい便箋を取り出した。

 深呼吸をする。

 肺いっぱいに、夜の冷たい空気を吸い込む。


 書こう。

 父に言われた通りの媚びた招待状ではない。

 私自身の言葉で。


『拝啓 ルーカス・ウィンズレット様』


 ペンを走らせる。

 社交辞令は最小限に。


『先日は、貴重な“甘い”時間をありがとうございました。

 さて、我が家では近々、薔薇が見頃を迎えます。

 もしよろしければ、またあの日のように、静かな場所で——周囲の雑音を消すための“作戦会議”をいたしませんか?』


 茶会への誘いだが、意味は明確だ。

 「また私を盾として使いませんか? 私も貴方を利用します」という、再契約の申し出。


『追伸

 当家のシェフには、砂糖を控えめにするよう厳命しておきます』


 最後の一文を書き終え、私は小さく笑った。

 不敬かもしれない。怒られるかもしれない。

 でも、もし彼がこれを読んで、あの喫茶店の時のようにふっと笑ってくれたなら——私たちはきっと、うまくやれる。


 封筒に手紙を入れ、蝋を垂らす。

 シルヴェイ家の紋章ではない。私個人の、小さなイニシャルのスタンプを押した。

 じゅっ、と赤い蝋が固まっていく。

 それは、私が私自身の意思で結んだ、最初の契約の証だった。


 窓を開ける。

 東の空が、白み始めていた。

 夜明けだ。


 冷たい風が頬を打ち、髪を揺らす。

 一度目の人生で、私はこの朝日を絶望の中で見た。処刑台へと続く時間を数えながら。

 けれど今の私は、この光を美しいと思える。


 未来はまだ分からない。

 ギルバートは諦めないだろうし、父の欲望は尽きない。ルーカスとの関係だって、いつ破綻するか分からない綱渡りだ。

 それでも。


「……もう、ただの『いい子』には戻らない」


 私は呟き、朝日に向かって強く瞳を開いた。

 自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分のために笑う。

 そのための戦いは、今ここから始まるのだ。


 私は手紙を胸に抱いた。

 指先に触れる紙の感触は、剣の柄のように硬く、そして頼もしかった。

として成立する。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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