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ろっくあんどろーる

作者: LEN
掲載日:2025/08/25

ぜひ、一読くださった皆さまのご感想をお待ちしております!


たかが私のような者であっても、この社会に存在するために理不尽を耐え抜くのは至極当然のことで、篤実さの欠片もない阿呆共に諂う週日は終わることのない日常であり、恒常的にこの脳を蝕んでゆく毒はいつしか透明と化して、己が馬鹿になってゆく自覚もないまま神経反射を繰り返し、泣きべそをかくことも忘れて四十時間の労働を漫然と繰り返すのです。


週末の昼休憩。今日も今日とて、私という社畜は午後の労働のために行きつけの定食屋で日替わりAセットを摂取します。昼食に重要なのは、最も安く、高カロリーであることなのです。油、炭水化物、塩分、それらを過剰に摂取することは、未来の自分にカルマを背負わせることです。しかし朝食を摂っておらず、昼はなんとしてでも食わなければ残りの半日を耐え凌ぐことなどできないのです。

咀嚼と嚥下を繰り返しながら、無意識に右足がキックペダルのリズムを刻み、淀んだ右脳が鈍く脈を打ちベースを鳴らし、次第にアンプで増幅させエフェクターで歪ませたエレキの音が脳天を突き破る。

カフェインで騙し騙し動かしていた脳まで初めてカロリーが巡ると、私の脳内は氾濫したドブの様にロックンロールが溢れかえって、唾を垂らしていることにも気がつかないほどに脳髄が溶けてしまいます。


狂っております。私の平日は極めて狂っております。


平日のフラストレーションを一気に発散する華の金曜日が訪れ、業務を終えて夜の帳が下りると、赤提灯に命が吹き込まれます。


汗臭いだの、髪を切れだの、爪を整えろだの、顔を合わせれば口煩い女上司と瓶ビールで乾杯をして、ガツンとくるホルモン焼きを酒の肴に金色を煽る。

腰を立てるたびに白いワイシャツのボタンが苦しそうな胸元。濡れたような唇。関係性と理性が引く一線があるからこそ際立つエロさが津波のように襲いくる。

濃いタレで味付けされたどろりと艶めくレバーを咀嚼する女上司の口元がなんとも下品になってゆく。今すぐにでも、そのふっくらと柔らかそうな胸に顔を埋めて、薄い黒タイツが幕を張る太ももを舐め回すように触りたい。不可抗力的に性欲が疼く。

ほろ酔い気分の私は、「セックスしたくなる瞬間について語りませんか」と話題を提供した。

女上司は唇についたタレを舌で舐め取り、ホルモンの脂に照らされた唇を動かした。まるで、私の期待に応えてやるように。


「たとえば君が、この場で、理性を失ったようにキスをしてきたなら」


入社したばかりの頃、この人は社内のあらゆる男を抱いているのではないかと、無垢な下心とは裏腹に淫乱女の影が見えて抵抗を覚えた。しかし、事実には色のついた話のひとつすらなく、この人はただひたすらにエロく、ただひたすらに色っぽいだけの女であった。

良かったというか、残念というか。


「興奮しますか」


私が訊くと、女上司は右足を左足の太ももに交差させた。その仕草は、私との間に存在する空間をこえて肌の柔らかさと温度を感じさせてくる。


「そうだね。今夜、理性も何も壊してしまって、交わって、君との夜を終わりにする、かな」


女上司は悪魔のように笑んで見せて、私のことを試すような視線を向ける。駄目だ。今夜もまた、破ける限界まで理性の膜を張るように、この女のことを抱いてしまいたくなる。

ぶっ壊れそうになりながら、されど本能のままに腹を満たして店を出た。

夜風と踊る歓楽街の人混みをすり抜けて雑居ビルの階段を上る。タイトスカート越しに質感を見せつける肉付きの良い尻を追いかけて向かうのは、私たちが行きつけにしているロックバーだ。

ベルを鳴らして店内に入ると、薄暗い空間に佇む楽器が私たちを迎える。

いつものようにウイスキーハイボールを一杯飲んだ後、女上司がおもむろにカウンター席を立つ。

そしてギターストラップを肩にかけ、イエローハートを臍の辺りで抱えた。言葉を必要としないそれを合図に、私はドラムスローンに座りスティックを握る。

マスターがベースボーカルを担当する。

女上司の流すような視線を合図に、フィルインからセッションが開始する。

8ビート、歪むエレキギター、ベースのドンシャリサウンドが重なり聴神経を激しく振動させる。

心臓をパンプさせて喉を拡声器のように扱いマイクを介して声が暴れる。女上司の髪が乱れる。骨の髄が振動する。血液が湧き立ち、全身の筋肉が震え踊る。

夜な夜な客足は絶えず、冴えない顔をした禿げも、黒い下着が透けた女も、チビでデブな中年も、次から次へと忌憚きたんなく選曲してマイクを握る。


夜もすがら、皆ゆらめく白煙とバンド演奏に飛び込んで、醜いも綺麗もなく叫び、踊り、乱れます。ウイスキーとロックに狂う頭を上下に振り、鬱憤を叫びに変えて、私たちはロックアンドロールするのです。

そして皆が思い出すのです。我々は自由なのだと。


日が昇りかける東雲の空の下、


「セックスしよっか」


と太ももから伝線した黒タイツを気にしながら、女上司が艶めかしい声で言う。私はポケットから萎れた煙草を取り出して口に咥えると、よろめく女上司の腕を掴み、


「牛丼屋、行きましょうか」


と言いその腕を自分の肩にまわした。

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