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ろっくあんどろーる

作者:

たかが私のような者が人間として社会に存在するために、何度も心臓が捩れ曲がり、奥歯が欠けるほど歯を食いしばり、篤実さの欠片もない阿呆共に諂う週日は毒のようにこの脳を蝕み、己が馬鹿になってゆく自覚もないまま神経反射を繰り返し四十時間の労働をする。

週末の昼休憩、午後の労働のために行きつけの定食屋で日替わりAセットを摂取しながら無意識に右足がキックペダルのリズムを刻む。すると淀んだ右脳が鈍く脈を打ちベースを鳴らし、次第にアンプで増幅させエフェクターで歪ませたエレキの音が脳天を突き破る。

平日のフラストレーションを一気に発散する華の金曜日。夜の帳が下りると、赤提灯に命が吹き込まれる。汗臭いだの、髪を切れだの、爪を整えろだの、顔を合わせれば口煩い女上司と瓶ビールで乾杯をしてホルモン焼きを食う。濃いタレで味付けされたどろりとした見た目のレバーを咀嚼する女上司の口元が下品になっていく。白いワイシャツのボタンが苦しそうな胸元が腰を立てるたびに強調され、脂で艶やかになる唇に視線が惹かれて不可抗力に性欲が疼く。

ほろ酔い気分の私は、「官能がうずく瞬間について語りませんか」と話題を提供した。すると女上司は唇についたタレを舌で舐め取りながら、「たとえば君が、この場で、私の胸を揉みしだいたなら」と言って続きを言わずに瓶ビールを手酌する。「興奮しますか」と私が訊くと、女上司は、「そうだね。今夜激しく交わって、君の首を切るかな」と言って悪魔の笑みを浮かべた。

十二分に腹を満たして店を出た。夜風と踊る歓楽街の人混みをすり抜けて雑居ビルの階段を上る。タイトスカート越しに質感を見せつける肉付きの良い尻を追いかけて向かうのは、私たちが行きつけにしているロックバーだ。ベルを鳴らして店内に入ると、薄暗い空間に佇む楽器が私たちを迎える。

いつものようにウイスキーハイボールを一杯飲んだ後、女上司がおもむろにカウンター席を立つ。そしてギターストラップを肩にかけ、イエローハートを臍の辺りで抱えた。言葉を必要としないそれを合図に、私はドラムスローンに座りスティックを握る。マスターがベースボーカルを担当する。

女上司の流すような視線を合図に、フィルインからセッションが開始する。

8ビート、歪むエレキギター、ベースのドンシャリサウンドが重なり聴神経を激しく振動させる。心臓をパンプさせて喉を拡声器のように扱いマイクに声をぶつける。女上司の髪が乱れる。骨の髄が振動する。血液が湧き立ち、全身の筋肉が震え踊る。

夜な夜な客足は絶えず、冴えない顔をした禿げも、黒い下着が透けた女も、チビでブスな中年も、次から次へと忌憚なく選曲してマイクを握る。

ウイスキーとロックに狂う頭を上下に振り、鬱憤を叫びに変えて、私たちはロックアンドロールする。

夜もすがら、皆ゆらめく白煙とバンド演奏に飛び込んで、醜いも綺麗もなく叫び、踊り、狂い咲く。

そして皆が思い出す。我々は自由であるのだと。

日が昇りかける東雲の空の下、「セックスしよっか」と太ももから伝線した黒タイツを気にしながら女上司が艶めかしい声で言う。私はポケットから萎れた煙草を取り出して口に咥えると、よろめく女上司の腕を掴み、「牛丼屋、行きましょうか」と言いその腕を自分の肩にまわした。

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