第3話 四人の夕食会
「本日はお誘い頂きありがとうございます」
喜多二が帰宅してから一時間後に、西園寺という男がやって来た。軍服を来たその男は、睫毛が長く品の良さそうな顔立ちをしており、洗練された雰囲気を纏っている。
「ようこそ、西園寺くん。同じタイミングで庁舎を出たと思ったが遅かったね」
「少し寄り道をしておりまして。ところでお嬢様はどちらに?」
西園寺はきょろきょろと辺りを見渡した。後ろ手に何かを持っている。
「西園寺様、ようこそおいでくださいました」
伊織は笑顔で西園寺を出迎えた。
「お久しぶりです、伊織さん。 ささやかですがこちらの花束をどうぞ」
西園寺が後ろ手に持っていたのは花束で、それを伊織に渡した。綺麗な桃色の花だ。
「まあ、綺麗。お心遣い感謝いたします」
「本当はもっと薔薇のような豪華な花束をお渡ししたかったのですが、この季節はあまり花の種類が少ないようで」
「これは冬秋桜かしら? 山茶花の花も入っていますね。わたくしは豪華な花より可憐で可愛らしい花の方が好きです」
「伊織さんが喜んでくれて良かった。僕にとっては貴方の笑顔が一番美しい花だよ」
歯の浮くような台詞を言う西園寺に朔太郎は唖然とした。余程自分に自信があるのだろう。
「西園寺様、上着をお預かりします」
たつがそう言って彼に近づくと、西園寺は「ああ」とだけ言ってったつを見ることなく上着を渡した。どうやら相手によって態度を変える男なのかもしれない。
「ナツ、西園寺様から花束を頂きました。申し訳ないけど、テーブルの上に飾って頂けないかしら?」
「わぁ、美しいお花。さすが西園寺様、美意識が高くていらっしゃる」
西園寺はフッと鼻で笑う。
「伊織さん、女学校の方はどうだい?」
「たくさん学友もおりますし、毎日勉強になることばかりです」
「それはよかった。伊織さんが会う度に美しくなるのはきっと、毎日が充実しているからだね」
「また妹を口説いてるのか? 西園寺」
そう言って玄関から別の男が入ってきた。背が高く、濡羽色の髪に、切れ長の目をした色男。その男もまた軍服を着ていた。
「やあ、頼綱」
明日見家の次男、頼綱。美しくも野性味を感じる頼綱と、ほんわかした雰囲気で可憐な伊織。二人とも整った容姿をしているがあまり似ていない。
「お前も物好きだな」
「そんなことはないよ。伊織さんほどの女性はこの世にいない」
西園寺の発言に頼綱が鼻で笑う。
「兄上、お久しゅうございます」
「ああ」
頼綱は話しかける伊織に生返事だけ返して、上着を女中のたつに手渡した。
「今晩はこちらに泊まるのですか?」
「いや、夜勤があるから夕食を食べたら戻る」
「待っていたよ、頼綱。これで全員揃ったな。早速、夕食を食べよう」
喜多二はそう言って彼らを招き入れるように居間へと入っていった。
夕食会は居間にて行われた。長いテーブルには伊織、喜多二、喜多二の正面に頼綱、その隣には西園寺が座る。
食事が運ばれてくるため扉は解放されており、朔太郎は居間の外側の扉付近で護衛として待機していた。
「相変わらず西園寺様カッコイイわよね〜」
居間外から中を覗いていたナツが小声で言った。
「頼綱様との並び、二人ともイケメンすぎて絵面良すぎる〜」
「ナツ、さぼってないで手伝ってよ」
「食事が終わるまで特にすることもないでしょ。たつも見ておいた方がいいわよ、こんな目の保養できるチャンス滅多にないんだから」
「あの、西園寺さんは旦那様の部下の方なんですよね、こういった夕食会はよくあるんですか?」
ターゲットの周辺人物について情報収集を測っておくに越したことはないだろうと朔太郎は尋ねる。
「年に数回くらいかしら。ただ西園寺さんは半年前から異動で別の部署になられて、今は確か旦那様の部下ではないようです」
先に口を開いたのはたつの方だった。
「そうなの? たつ、詳しいわね! じゃあ、ますます濃厚じゃない! 部下でないのによく夕食会に来るなんて、西園寺様は絶対お嬢様狙いよ!」
「なんでそうなるの? もともと頼綱様とは同期と聞いたし、勝手な妄想でしょ?」
「は〜。たつって本当そういうところ鈍いよね〜」
「扉のところに立ってるの、あれが例の護衛人か? 女中がまた一人増えたのかと思ったぜ」
食事が並ぶのを待っていたかのようなタイミングで夕食会の方でも会話が始まった。初めに口を開いたのは頼綱。背が高いためか椅子に座ると長い手足を窮屈そうに持て余している。
「それは朔太郎が女子のように可愛い、という意味ですか? 可愛いことには同意しますが、兄上がそちらの趣向の方だとは驚きました」
「はあ? そんなわけないだろう」
「ははっ。伊織さんは面白いね。頼綱は昨日も芸者遊びをしていたくらいだからそれはないよ」
西園寺は白い歯を見せつけるように笑った。
「その場にお前もいたけどな、西園寺。それにしても、なんだその花」
頼綱は卓の中央の花瓶に飾られていた花を指差した。
「これは西園寺様から頂いた花束ですわ。美しい秋桜の花です」
「伊織さんに気に入ってもらえて嬉しいよ。伊織さんの美しさに比べれば引き立て役にすらなっていないけどね」
「げー」頼綱は横を向いて舌を出す。
「西園寺は女に花を贈るのが好きだな。昨日の女にもよく似た台詞を言ってなかったか」
「あれは社交辞令だ。所詮は芸しか取り柄のない芸者。育ちがいい伊織さんと同じなわけがない」
西園寺はため息をつきながら冷ややかな視線を手元に落とした。
「あら、西園寺様。芸者とはその身一つで芸を磨き、数多の女性達と競い、生きていく。その姿は美しく、なんと逞しいことでしょう。その生き方には気高さすら感じます」
微笑んではいるが、ほんわかした雰囲気の伊織にしては少し棘のある口調だった。
「まあ、頼綱も西園寺くんも芸者遊びはほどほどにしなさいよ」
少しピリついた空気を感じたのか、先程から黙々と食事をしていた喜多二が嗜める。
「明日見中尉の仰るとおりですね。そういえば、先程女中から伺ったのですが、東の庭隅の方から真夜中に変な物音が聞こえると。明日見家の怪奇現象でしょうか」
「そうなのか、初めて聞いたな」
「わ、わたくしも初めて聞きましたわ」
「そういや東の庭隅といえば伊織の趣味の菜園があるところだな。たしか隣には蔵も」
「お前、蔵で変なものでも飼ってるんじゃないだろうな?」
「嫌ですわ、兄上。あの蔵も古いですから風の強い日にはすきま風で気味の悪い音もなりましょう」
「まあ今度時間がある時にでも見に行こうか」
全員が食事を食べ終わり、ナイフとフォークをテーブルに置いた。喜多二は壁時計を見上げる。時計の針はもうすぐ九時を指そうとしていた。
「もうこんな時間か」
「あっという間でしたね。家族水入らずの夕食にお邪魔できて光栄でした。僕はそろそろ失礼させて頂きますね」
空気を読んでか西園寺は退席するようだ。喜多二が元部下である西園寺を遇するのはこういう所を評価しているからかもしれない。
「西園寺様、本日はありがとうございました。素敵なお花まで」
「ではまた伊織さんに会える日を楽しみにしています。皆様、お見送りは結構ですので」
そう言い残して西園寺は帰って行った。
「は〜。何から何までスマートだわ」
ナツは目を輝かせて西園寺を見送っていた。
「伊織」
頼綱は伊織に向かい、耳打ちをする。
伊織の近くに居たのと、職業柄耳がいいこともあり、朔太郎にはその内容が微かに聞こえた。
「西園寺はお前のことを気に入ってるようだが、アイツはやめておけ。時が来たらお前にはもっと上の、お偉いさんを紹介してやるよ。俺の、ひいては明日見家の将来の繁栄のためにな」
朔太郎から伊織の表情は見えなかったが、頼綱に対して特に何かを言い返すことはなかった。
「では父上、俺も夜勤がありますので職場に戻ります」
「ああ、お務めご苦労。忙しい所呼んで悪かったな」
四人の夕食会はここでお開きとなった。