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第1話 出会い

 ゲンゾウから教えられた住所まで行くと、宿舎のように広い洋館があった。

 あまりの豪邸に一瞬間違いかと思ったが「明日見」と書かれた立派な表札が立て掛けられている。ターゲットである明日見喜多二の自宅はここで間違いなさそうだ。


「ごめんください」

 朔太郎は門扉(もんぴ)をくぐってから、大きな声で呼び掛けた。

 その声が聞こえたのか、家から女性が一人だけ出てきた。きりりとした顔つきの女性だった。年の頃は二十歳くらいだろうか。朔太郎は女性へ向けて挨拶をする。


「こんにちは。本日から護衛を務めさせていただく」

「伺っております。こちらへどうぞ」

 発言を途中で遮られてしまった朔太郎は辟易した。女性はすたすたと歩きだす。朔太郎はそのまま女性の後をついて行った。


「お邪魔します」と言ってから、邸の中へと足を踏み入れる。外から見た通り、家の中もかなり広い。玄関先で草履を脱いで家へと上がった。


 女性は大きな扉がある部屋の方へ進み、ノックをした。

「お嬢様、たつです。失礼いたします」

「どうぞ」

 部屋の中から承諾の声がしたので、女性は中へと入っていく。朔太郎も続いて部屋へと入った。


 そこには可憐な出で立ちをした十六、七歳ほどの女性が椅子に座っていた。

 彼女が今回のターゲットである明日見喜多二の一人娘、明日見伊織(あすみいおり)だろう。伊織からは、周囲から一心に愛され育ってきたのだろう、屈託のない気品が漂っていた。


「お嬢様の護衛を務めさせて頂きます、松永朔太郎と申します」

 きょとんとした顔で伊織は小首を傾げる。

「わたくし、護衛される理由はありませんよ?」

 彼女の口から発されたのは、鳥のさえずりのようでいて高すぎず、落ち着いた声だった。

「今日から護衛に来られた松永様の前で言うのもなんですが」と前置きをして、伊織はたつに尋ねる。

「近衛師団幹部である父ならいざ知らず、一般人であるわたくしに護衛をつける理由がわからないのです。何かの手違いということは?」

「いいえお嬢様、それはありません。確かに旦那様からの指示であると女中頭のフキ子さんが言っていました」

「お父様が? ……そうですか。では改めまして、明日見家長女の伊織と申します。松永様、これからどうぞ宜しくお願い致します」

 椅子から立ち上がり、伊織は深々とお辞儀をした。


「松永様でなく呼び捨てで構いませんよ、お嬢様」

「んー」左手を頬に添えて小首を傾げる。この仕草は伊織の癖のようだ。

「では、朔太郎とお呼びしても?」

(そっち?)

「……ええ勿論です」

「まあ、ありがとう」

 にこっと微笑んで伊織は続ける。

「見たところ年もあまり変わらないようですし、わたくしのこともお嬢様ではなく伊織と呼んでください」

「では、伊織さん?」

「はいっ」

 伊織は左手を頬に添え、嬉しそうに応えた。

「そうだ、この家の方達を紹介しますね」


 伊織は居間の扉からこちらを覗いていた女性に声をかけた。

「ナツ、フキ子さんを呼んできて」

「か、かしこまりました!」

 覗いていたことを気付かれていないと思っていたのか、ナツと呼ばれた女性はビクッと肩を震わせ、慌てた様子で小走りに駆けて行った。

 ナツを見送った伊織は、きりりとした顔つきの女性――たつを掌で示す。

「まず、彼女はたつと言います」

「たつです。明日見家で女中をしています。よろしくお願いします」

 たつは無表情に挨拶をした。

「よろしくお願いします」

 朔太郎は笑顔で挨拶するも、先ほどからニコリともしないたつは無反応だった。もしかして歓迎されていないのだろうか。


 トントントン


 居間の扉をノックする音が聞こえて、扉が開く。

 先程覗いていたナツと、四十代半ばくらいの女性が入ってきた。


「失礼します。お呼びですか、お嬢様」

「ええ、朔太郎にご挨拶をされてはと思って」

「朔太郎? ああ、今日から護衛に来られた方ですね。 フキ子と申します。明日見家の女中頭を務めております」

「ナツです。よろしくお願いします」

 曲線的な顔の輪郭に表情が豊かなナツも、たつと同じく二十歳くらいだろう。たつとは対照的で、親しみやすい印象を受けた。

「松永朔太郎です。よろしくお願いします」

 ナツは朔太郎の頭からつま先までじっと眺めた。


「……どうされました?」

「こんな可愛い少年が護衛って大丈夫なの?」

「こら、ナツ。失礼よ」

 フキ子が嗜める。

「でもぉ……小柄で華奢だし、屈強な男の人が相手だったら吹き飛ばされそう」

 フキ子とたつも同じことを思っていたのか、少し不安げな表情を僕に向ける。

「ナツさんが心配になるのも分かります。でも、小柄な分身動きは軽いし、こうみえて剣術の腕はたちますから大丈夫です」

 朔太郎はにこっりと微笑んだ。

 しかし安心感は与えられなかったようで、女中たちは未だに不安げな表情をしている。

「まぁ、剣術がお得意なのですね。頼りにしていますよ」

 不安げな女中たちとは対照的に、伊織だけは嬉しそうに微笑んだ。


「いま明日見家にいるのは、今紹介した三人の女中とわたしくの四人だけです」

「あの、ご家族は?」

「父と兄が二人おります。ですが三人とも軍人でお仕事が忙しいので普段は家に帰ってこないのです」

 朔太郎にとっては好都合だ。息子二人が軍人となれば、必ず喜多二暗殺の障害になる。喜多二だけ家に帰ってきたタイミングで任務を遂行するとしよう。帰って来るまで待つ必要はあるが、難易度自体はかなり低いと言える。

「ですので、男性が一人でも居ると心強いものです。改めてよろしくお願いしますね、朔太郎」


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