豊川稲荷恋慕奇譚 〜そして天竜川に散った美音人気〜──遠州の空に風任せ──
豊川稲荷の参道。
香ばしい油揚げの匂い、鳴り響く鈴の音。
参拝を終えた遥広報官と隼人司令補佐官は、昼ドラ級にいい雰囲気で歩いていた。
そのとき。
隼人司令補佐官が“例の目”になった。
ズレたひらめきの前兆だ。
「遥さん……思いつきました」
「また……?」
「はい。浜松の風物詩、“凧揚げ”です。
**天竜川で美音さん主催の“勇者の大凧揚げ大会”**を開催しましょう」
遥広報官は一拍おいて、
「めっちゃいいじゃんそれ!!」
と、またしても仕上がったノリである。
こうして、後日──
天竜川の河川敷に、色とりどりの凧が舞い上がる。
国家特務戦隊ヒロインのイベント「天竜川大凧揚げ大会」は、季節外れの大盛り上がりを見せていた。
美月と彩香は「うちの凧が一番高い!」「いやウチや!」といつもの子供じみた口げんか。
綾乃ははんなり笑いながら「凧まで喧嘩させはるとは、ほんま忙しいお二人さんどすなぁ」。
あかりは「ほら!風来とるで!もっと走るで!」と暴走。
麻衣は「たのし〜わ〜、凧ってええなぁ」とほんわか。
そして本日の主役・河合美音はというと、
風を読み、姿勢も美しく、凧揚げも鬼のように上手い。
凧が空に吸い込まれるように急上昇すると、観客から拍手が起こった。
「美音さん、すごいですね!」
「やっぱりパーフェクトヒューマンや…!」
と周囲はざわめくのに、その“ざわめき”はなぜか淡泊。
イベント終了後のサイン会。
美月・彩香・綾乃・あかり・麻衣の列は見事な蛇の列。
一方、美音の列だけは……
風が通り抜ける音しか聞こえない。
「すみません、写真お願いできますか!」
と近づいてきた家族連れに、美音は笑顔でサインペンを構える。
「いえ、あの……スマホで集合写真を撮ってもらえます?」
「ついでにトイレの場所わかります?」
「凧、どこで売ってます?」
——サイン会じゃない。
美音は完璧な笑顔を貼りつつ、
「ええと……こちらがトイレで……凧はあちらのテント……」
と案内係と化していた。
イベントは終始盛り上がったものの、
美音の人気はほぼ横ばいだった。
そして翌日。
その現実をさらに突きつけるように、地元紙「遠州日日新聞」が冷淡な記事を載せた。
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【遠州日日新聞】
〈浜松〉天竜川で凧揚げ大会 親子連れで賑わう
天竜川河川敷(浜松市)で週末、「天竜川勇者の大凧揚げ大会」が行われ〜(中略)〜
人気戦隊ヒロインの美月さん、彩香さん、綾乃さん、あかりさん、麻衣さんらが来場者と一緒に凧を揚げ、歓声が上がった。
なお、河合美音さん(浜松市出身)も参加していた。
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ある意味、最も残酷な文章がそこにあった。
美音の名前は……
“なお” の一言で片付けられていた。
「な、なお……?」
美音は記事を見て、思わず声を漏らした。
“なお扱い”は、ヒロインのカテゴリーでは最下位級だ。
そんな美音を見て、遥広報官は焦り、
「だもんで!美音ちゃんにもっと人気が出るように、イベント考えんと!」と駿河弁で奮起。
隼人司令補佐官は腕を組み、
「僕に考えがあります。浜松餃子、凧揚げ……まだ手はありますよ」と爽やかに微笑む。
——遠州の勇者、美音。
その人気獲得への道のりは、凧より高く、風任せのまま続くのであった。




