越後田園捜査録 ― 夜の高架下と、やり直しの入口
新潟市の夜は、思っているより整っている。
広い歩道、明るい街灯、ガラス張りの建物。
だが、その整った街の影――高架下だけは、少し空気が違った。
空き缶が転がり、甘ったるい煙の匂いが残る。
そこに、数人の中学生がたむろしている。
「ダルいなー」
「マジそれな」
「今日どっか行く?」
声は大きく、態度も荒い。
その中に、一人だけ静かに様子を見ている男がいる。
中心にいるが、どこか冷めている。
そこへ、一人の女性が歩いてくる。
本間菜帆。
パーカーに細身のパンツ。
大学帰りのような、少し都会的な格好。
その空気に、男たちが気づく。
「おい、見てみ」
「なんか来たぞ」
「大学生っぽくね?」
一人がニヤつく。
「てか普通にかわいくね?」
別の奴が言う。
「声かける?」
「やっちゃう?」
下卑た笑い。
だが、菜帆は気にしない。
そのまま近づく。
そして、ぽつり。
「寒くないですか」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
想定外すぎる一言。
「夜、冷えますよねえ」
柔らかい口調。
怒らない。
怯えない。
ただ、普通に話しかけてくる。
「なんだこの人」
「頭おかしくね?」
笑いながらも、完全には無視できない。
菜帆はそのまま座る。
距離を取りつつ、自然に輪の中へ。
「ここ、よく来るんですか」
「まあな」
中心の男子が答える。
菜帆は頷く。
「落ち着く場所、あるのっていいですよね」
その一言で、ほんの少し空気が変わる。
数日後。
また来る。
今度はビニール袋を持っている。
「これ、余ったんで」
中身はおにぎり。
「いらねえし」
最初は突っぱねる。
だが一人が取る。
「……うま」
それで崩れる。
「マジで?」
「ちょ、俺にもくれ」
いつの間にか、全員が食べている。
菜帆は笑う。
「新潟の米なんで」
少しだけ誇らしそうに。
「へー、そうなんだ」
会話が増える。
学校の話。
バイトの話。
家の話。
菜帆は聞く。
否定しない。
説教もしない。
ただ、整理する。
「それ、もったいないですね」
ぽつり。
中心の男子が顔を上げる。
「何が」
「力、あるのに」
短い言葉。
だが、的確だ。
「ちゃんと使った方が、得ですよ」
感情じゃなく、損得で語る。
都会的な切り口。
男子は何も言わない。
だが、目が少し変わる。
――その数日後。
事件が起きる。
畑が荒らされた。
踏み荒らされ、作物が引き抜かれている。
農家が怒鳴る。
「誰だこんなことしたの!」
高架下の連中の一部だった。
笑いながらやったらしい。
その場に菜帆が来る。
静かに状況を見る。
そして、あの男子を見る。
「止めなかったんですか」
低い声。
男子は目を逸らす。
「……関係ねえし」
その瞬間、
空気が変わる。
菜帆が一歩踏み込む。
「関係あります」
即答。
逃げ道を潰す。
「ここ、居場所なんですよね」
男子が反応する。
「なら、壊したら終わりです」
一言一言が重い。
怒鳴らない。
だが、刺さる。
「分かってて見てるの、一番よくないです」
沈黙。
周りの連中も黙る。
あの軽口は消えている。
男子が小さく言う。
「……やめさせる」
それが、答えだった。
後日。
高架下は静かになる。
ゴミも減る。
畑も荒らされない。
農家たちが言う。
「最近、落ち着いたなあ」
「なんかあったんかや」
菜帆は笑う。
「ちょっと話しただけです」
少しだけ間を置いて、
「戦隊ヒロインですから」
そして、ちょっと照れる。
夕方。
高架下を通る。
あの男子が一人いる。
「……この前の」
言葉を探している。
「ありがとな」
菜帆は軽く手を振る。
「ちゃんとやってくださいね」
それだけ。
説教はしない。
でも、伝わっている。
あのとき、見下して笑っていた連中は、
もういない。
新潟の街は静かに流れている。
その中で、
菜帆はまた歩く。
田んぼも、街も、
どっちも守るために。
ゆっくりと、
確実に。




