越後田園捜査録 ― 消えた直売所と、値札の嘘
新潟市郊外の朝は早い。
直売所の前には、まだ日も昇りきらねうちから軽トラが並ぶ。
「おはようございます〜」
本間菜帆は、のんびりした声で顔を出した。
長靴のまま、当たり前みてえに直売所に入ってくる。
「おう菜帆ちゃん、今日も来たんかや」
「まあ、ちょっと見にきただけです」
そう言って、棚に並んだ野菜を一つ一つ眺める。
値札を見て、品物を見て、また値札を見る。
「……ええナスですね」
「だろ?今年は出来いいて」
そんな他愛もねえ会話をしながら、
菜帆は自然に場に溶け込んでいく。
その時だった。
奥の方で、小さな声が聞こえる。
「……なんか、合わねえんだわ」
振り向くと、年配の農家が帳面を見て首をかしげている。
「どうしました?」
菜帆がしゃがみ込む。
「いやな、売り上げと金、合わねえんだて」
「そんなに売れてねえ訳でもねえのに、手元に残らん」
周りの農家も頷く。
「うちもらて」
「なんか、減ってる感じするわ」
だが、誰も強く言わない。
直売所の運営は外の業者。
文句を言えば、出せなくなるかもしれない。
「まあ、そういうもんかもしんねえしなあ」
誰かが諦めたように言う。
その空気を、菜帆が静かに止める。
「それ、ちょっと見せてもらっていいですか」
断られる雰囲気ではなかった。
帳面を受け取り、ゆっくり目で追う。
急がない。
焦らない。
ただ、淡々と。
「……んー」
少し首を傾げる。
「ここ、変ですね」
指で示したのは、手数料の欄。
日によって微妙に違う。
しかも、増えている日がある。
「これ、決まった率じゃないんですか?」
「そのはずなんだけどなあ」
さらに別の帳面も見る。
同じ商品なのに、扱いが微妙に違う。
「……ああ、これか」
ぽつりと呟く。
「抜かれてますね」
場が静まる。
「え?」
「ちょっとずつ、分かりにくい形で」
その言い方は、やけに穏やかだった。
だが内容は重い。
その日の午後。
菜帆は運営事務所を訪ねる。
「こんにちは〜」
いつも通りの調子。
だが、目だけが違う。
「ちょっと聞いてもいいですか」
担当者が応対する。
「何でしょうか」
菜帆は帳簿を広げる。
「ここ、手数料違いますよね」
「いえ、それは——」
すぐに言い訳が始まる。
「契約の範囲内です」
「計算に問題はありません」
菜帆は頷く。
「そうですか」
一瞬、引いたように見える。
だが次の瞬間。
「問題あります」
声が落ちる。
空気が変わる。
「ここ、日によって上げてますよね」
「あとここ、価格処理ずらしてますよね」
一つずつ、逃げ道を潰す。
担当者の顔が引きつる。
「農家の人、分からないと思ってやってますよね」
静かな一言。
その場が凍る。
担当者が何か言おうとするが、言葉が出ない。
菜帆はさらに一歩踏み込む。
「返してもらいます」
柔らかい口調のまま。
だが、拒否できない圧がある。
「あと、やめてください」
それだけで、勝負はついた。
数日後。
直売所の仕組みは見直される。
返金も行われ、帳簿も整理される。
農家たちが集まる。
「いや〜助かったて、菜帆ちゃん」
「ほんと、よう言ってくれたわ」
菜帆は手を振る。
「いえいえ、そんな大したことじゃないです」
ちょっと間を置いて、
「戦隊ヒロインですから」
と言う。
その直後、
ちょっとだけドヤ顔になる。
それを見逃す人はいない。
「今の、ちょっと得意げだったろ」
「いや、そんなことないです」
言いながら、ちょっと笑っている。
完全にバレている。
笑いが広がる。
夕方。
棚に並んだ野菜を見ながら、菜帆は頷く。
値札は正しい。
売り上げも、正しく届く。
それだけのこと。
だが、それがどれだけ大事か、
ここにいる人たちはみんな知っている。
菜帆は外に出る。
風が気持ちいい。
「これで、いいですね」
ぽつりと呟く。
派手なことは何もない。
でも、
誰かの暮らしが、ちゃんと守られた。
それで十分だと、
本気で思っている。
そのまま、何事もなかった顔で畦道へ戻っていく。
そしてまた、
いつものように言うのだ。
「ま、戦隊ヒロインですから」




