越後田園捜査録 ― 畑泥棒と、怒らせてはいけない人
新潟市郊外。
朝靄の残る田んぼの中を、本間菜帆はいつものように歩いていた。
長靴のまま畦道をゆっくり進み、しゃがみ込んで苗を見て、
指で土をつまんで、軽く頷く。
「んー、大丈夫らね。ええ具合だわ」
その声は柔らかく、どこかのんびりしている。
通りかかった農家が声をかける。
「菜帆ちゃん、今日も見回りかや」
「はい〜、まあ、いつものです」
「ほんと助かるて」
そう言われると、菜帆は少しだけ照れたように笑う。
「いえいえ、戦隊ヒロインですから」
軽く言ってのけるが、
そのあと、ほんの少しだけ嬉しそうにするのを、皆知っている。
そんな穏やかな空気の中に、違和感が入り込んできたのは数日前のことだった。
「なあ菜帆ちゃん」
「畑、やられてるんだわ」
最初はナスが数本。
次はトマト。
そして今では、収穫前の野菜がごっそり消える。
「誰だてこんなことするの」
「ほんと腹立つわ」
農家たちの顔には、怒りと不安が混じっていた。
菜帆は静かに頷く。
「ちょっと見せてもらっていいですか」
現場の畑に入る。
踏み荒らされた跡。
無造作に引き抜かれた野菜。
収穫の仕方が荒い。
「……雑らね」
ぽつりと呟く。
プロじゃない。
だが慣れていないにしては大胆すぎる。
畑の脇にはタイヤの跡。
深夜に車が入ってきている。
菜帆は農家たちに聞く。
「最近、見慣れん車とか来てませんでした?」
「ああ、なんか夜に走っとるの見たて」
「外国人みてえのも見たって話だ」
情報が少しずつ繋がっていく。
菜帆はそれ以上多くを語らない。
ただ、
「分かりました」
それだけ言って、その場を後にする。
夜。
畑の脇に、菜帆は一人で立っていた。
風の音だけが響く。
じっと待つ。
そして、現れる一台の車。
ライトを消して停まり、数人の男が降りてくる。
言葉が違う。
動きが荒い。
無造作に野菜を引き抜き、袋に詰めていく。
その様子を見て、
菜帆は静かに歩き出す。
足音を立てず、距離を詰める。
そして、
「何してるんですか」
男たちが振り返る。
一瞬の沈黙。
そして、逃げようとする。
その瞬間、
空気が変わる。
さっきまでの菜帆とは、別人だった。
一歩踏み込む。
進路を塞ぐ。
「それ、誰の畑だと思ってます?」
声は低く、抑えられている。
だが、圧がある。
男の一人が笑いながら言う。
「少しくらいいいだろ」
その言葉を聞いた瞬間、
菜帆の目が変わる。
「良くないです」
一言。
それだけで、場が凍る。
「これで生活してる人がいるんです」
「一つ一つ、手ぇかけて作ってるんです」
ゆっくりとした口調。
だが、怒りは隠していない。
男たちはなおも強気に出る。
「関係ない」
その瞬間、
菜帆は一歩、踏み込む。
距離が一気に詰まる。
「関係あります」
即答。
逃げようとした男の腕を的確に抑える。
無駄な動きはない。
だが、逃がさない。
他の男たちも動きを止める。
完全に、場を制圧している。
「返してもらいます」
淡々と告げる。
その声に逆らう者はいなかった。
後日。
農家たちが集まり、菜帆に頭を下げる。
「ほんと助かったて」
「もうどうなるか思ったわ」
菜帆はいつもの調子に戻っている。
「いえいえ、戦隊ヒロインですから」
そう言って笑う。
だが、やっぱり少しだけ嬉しそうだ。
横で見ていた唯奈が小声で言う。
「今の顔、絶対嬉しいやつだっぺ」
菜帆は少しだけ視線を逸らす。
「……ちょっとだけです」
蒼牙2000・改の音声が入る。
「本間菜帆さんは、感謝による心理的報酬を得ています」
唯奈が即ツッコミ。
「言い方が固いんだよ!」
笑いが広がる。
その向こうで、畑には静かな風が吹いている。
農家たちは知っている。
あの子は優しい。
どこまでも優しい。
だが――
守るものに手を出したら、あの子は怖い。
それが分かっているから、
皆、安心して畑を任せている。
夕暮れ。
菜帆はまた、畦道を歩く。
何事もなかったかのように。
それでも今日もまた、
一つの畑と、そこにある生活が守られた。
それで十分だと、
菜帆は静かに思っている。




