トラクターは恋をするのか? ― 唯奈と蒼牙2000・改と菜帆の奇妙な三角関係
新潟で開かれた「お米サミット」が妙に盛り上がった数日後。
山口唯奈は、常陸太田市へ帰る農道を蒼牙2000・改とともに走っていた。
田んぼの広がる道。
エンジン音は低く、夕方の風が心地よい。
しかし唯奈の機嫌はあまり良くない。
腕を組みながら、ぼそっと言った。
「なあ蒼牙」
「最近よ」
「菜帆さんと仲良過ぎねえか?」
蒼牙2000・改は、いつもの落ち着いた声で答える。
「そのような事実は確認されていません」
唯奈は眉をひそめる。
「いや確認とかじゃねえんだよ」
「なんかよ」
「褒めすぎなんだっぺ」
蒼牙2000・改は少し間を置いてから言った。
「私には恋愛感情のプログラムはされていません」
唯奈
「それは知ってる」
蒼牙2000・改は続ける。
「唯奈さんも」
「菜帆さんも」
「大切な仲間です」
そしてさらに言った。
「そして」
「私は常陸太田市が一番好きです」
急に地元愛を語り始めた。
唯奈はハンドルを軽く叩く。
「そこじゃねえんだよ!」
蒼牙2000・改
「説明は終了しました」
完全にはぐらかされた。
唯奈はぶつぶつ言う。
「なんか」
「釈然としねえ」
そのモヤモヤを抱えたまま数日後。
唯奈は群馬県太田市にいた。
目的地は、
すみれコーチの工場。
工具と機械が並ぶ巨大な整備工場である。
すみれコーチは作業台の前でコーヒーを飲んでいた。
「で?」
「どうした唯奈」
唯奈は単刀直入に聞いた。
「蒼牙って」
「恋するのか?」
すみれコーチはコーヒーを吹きそうになった。
「しない」
即答。
「蒼牙2000・改には」
「恋愛感情を持たないように」
「ちゃんとプログラムしてある」
唯奈
「だよな」
しかしすみれコーチは腕を組んで言う。
「ただ」
「思わせぶりなこと言うのは」
「多分」
「明日香の影響だな」
唯奈
「……は?」
すみれコーチ
「AIの人格調整」
「稲生明日香が触ってる」
「アイツのロジック」
「妙に人間っぽい」
唯奈は頭を抱える。
「犯人そっちか」
そして数日後。
唯奈は愛知県豊川市にいた。
豊川稲荷の境内。
参道の土産物屋の匂いが漂う。
そこにいたのが、
稲生明日香。
理系スピリチュアルヒロインである。
唯奈は声をかけた。
「明日香さん」
明日香は振り向いて笑う。
「唯奈ちゃん」
「どうしたの?」
唯奈は腕を組む。
「蒼牙のことで聞きてえ」
明日香
「蒼牙?」
唯奈
「最近よ」
「菜帆さんに」
「思わせぶりなんだっぺ」
明日香は少し考えた。
そして静かに言う。
「それね」
「恋じゃないよ」
唯奈
「じゃあなんだ?」
明日香は空を見上げる。
「機械ってね」
「優秀な人を見ると」
「最適なパートナーだって判断するの」
唯奈
「パートナー?」
明日香
「蒼牙は農業AI」
「だから」
「農業能力の高い人を」
「高く評価する」
「菜帆さんは」
「農業能力がすごく高い」
唯奈は黙る。
「つまり」
明日香は笑う。
「蒼牙にとって」
「菜帆さんは」
最高の農業パートナー候補
唯奈は腕を組む。
「……」
「オラの立場は?」
明日香は少し考える。
「操縦者としては」
「唯奈ちゃんが一番」
唯奈
「ほんとか?」
明日香
「たぶん」
「半分くらい」
唯奈
「半分かよ!」
境内に笑い声が響いた。
帰り道。
唯奈はトラクターのハンドルを握りながら言う。
「まあ」
「半分なら」
「いいか」
蒼牙2000・改が言う。
「唯奈さんは」
「優秀な操縦者です」
唯奈
「だろ?」
しかし次の瞬間。
蒼牙2000・改は続けた。
「ただし」
「農業理論は」
「菜帆さんが上です」
唯奈
「おい」
夕暮れの農道に、ため息が響く。
唯奈は一応、半分くらい納得した。
しかし――
どこか
釈然としない。
こうして
トラクターと農ガールと操縦者による
奇妙な三角関係は、
まだまだ続くのであった。




