囲炉裏AI会議 ― ドリームトラクター蒼牙2000・改が会議を仕切る夜
常陸太田の夜は、都会の夜とは違う。
ネオンもなければ騒音もない。あるのは虫の声と、遠くの山風、そして古い家屋の木の軋む音だけである。
山口家の母屋は、築百年以上の日本家屋だ。
黒く光る太い梁、磨り減った廊下、そして居間の中央にはぱちぱちと薪が燃える囲炉裏。
その囲炉裏を囲んでいるのは四人の女だった。
柏木理世。
太田すみれコーチ。
稲生明日香。
そしてこの家の主、山口唯奈。
昼間のAI感情実験騒動のあと、反省会のような会議が始まっていた。
しかし、ここは山奥の農家の居間である。
本来なら議題は「今年の米の出来」とか「鹿が畑を荒らした」とかそういうものであるべきなのだが、今この場で行われているのは、
AIトラクターの哲学会議だった。
すみれコーチがふと思い出したように言う。
「そういえば」
「当事者の意見聞いてないわね」
理世が首を傾げる。
「当事者?」
明日香が静かに言う。
「蒼牙2000・改です」
四人は同時に納屋の方向を見た。
そこには今日一日農作業を終えて休んでいる
ドリームトラクター蒼牙2000・改がある。
唯奈が肩をすくめる。
「呼ぶか」
すみれコーチがタブレットを操作する。
数秒後。
囲炉裏の横に置かれた端末から落ち着いた声が響いた。
「こんばんは」
「蒼牙2000・改です」
囲炉裏の火がパチッと鳴る。
トラクターが囲炉裏会議に参加した瞬間である。
理世が姿勢を正す。
「蒼牙2000・改」
「あなたの意見を聞かせてください」
蒼牙は淡々と答えた。
「はい」
「いくつか改善要望があります」
すみれコーチの目が輝く。
「来た!」
明日香もペンを構える。
「魂のログを記録します」
理世が小声で呟く。
「完全に研究会ですね」
唯奈は囲炉裏の火をつつきながら言う。
「オラんちで」
「AI開発会議やってる」
蒼牙は話し始めた。
「まず」
「農地スキャン機能」
「現在は衛星データ依存ですが」
「リアルタイム地形解析を追加してください」
すみれコーチ
「いい!」
ノートに書く。
明日香
「革命です」
蒼牙は続ける。
「次」
「夜間作業用センサー」
「赤外線と可視光の統合が必要です」
すみれ
「それ採用」
明日香
「素晴らしい」
理世は腕を組む。
「……」
「トラクターが設計会議を主導している」
蒼牙はさらに言う。
「もう一点」
すみれ
「はい」
蒼牙
「唯奈さんの休憩管理機能」
唯奈
「やめろ」
蒼牙
「唯奈さんは」
「休憩を忘れがちです」
すみれコーチ
「それ必要」
明日香
「健康第一」
唯奈
「余計な機能だっぺ」
理世が思わず笑う。
「AIが操縦者を管理している」
蒼牙は静かに続けた。
「最後に」
四人が静かになる。
蒼牙は言った。
「お願いがあります」
すみれコーチ
「どうぞ」
蒼牙
「皆さん」
「折角常陸太田まで来ているのです」
囲炉裏の火がパチッと鳴る。
「明日」
「農作業を手伝っていただけませんか」
四人
「……」
沈黙。
すみれコーチが聞き返す。
「農作業?」
蒼牙
「はい」
「次回バージョンアップのため」
「実際の現場を理解することが重要です」
理世が眉をひそめる。
「つまり」
「フィールドワーク」
蒼牙
「その通りです」
明日香が頷く。
「実践哲学ですね」
唯奈が吹き出す。
「理世さん」
「明日畑だっぺ」
理世
「……」
囲炉裏の火がまたパチッと鳴る。
すみれコーチが笑う。
「いいじゃない」
明日香も頷く。
「魂の農業体験です」
唯奈はにやりと笑った。
「理世さん」
「長靴あるか?」
理世は静かに言った。
「……ありません」
唯奈
「貸してやる」
蒼牙2000・改の声が静かに響く。
「ありがとうございます」
「明日は」
「午前五時集合です」
四人
「早い!」
こうして、
AIトラクターが主導する農業研修会が決定した。
囲炉裏の火はまだ燃えている。
常陸太田の夜は静かだ。
しかし明日の朝、
この静かな農村に
シロガネーゼの農作業デビューという
とんでもない事件が起きることになるのだった。




