囲炉裏AI会議 ― 孤高のシロガネーゼ理世、農家の哲学に敗北する
夜の常陸太田は静かだった。
山に囲まれた町は日が落ちると急に音が減る。
虫の声、風の音、遠くで動く農機のわずかなエンジン音。
その静けさの中にあるのが、山口家の母屋である。
築百年以上の日本家屋。
太い梁。
黒く煤けた柱。
そして居間の中央には、ぱちぱちと火がはぜる囲炉裏。
そこに四人の女が座っていた。
柏木理世。
太田すみれコーチ。
稲生明日香。
そして山口唯奈。
昼間のAI感情実験騒動のあとである。
囲炉裏の火が静かに燃える。
しかし空気は少し気まずい。
なぜなら唯奈は腕を組んで、まだ少し怒っているからだ。
理世は姿勢を正して言った。
「まず」
「本日の件について説明させてください」
すみれコーチが横で笑う。
「反省会ね」
明日香は真剣に頷く。
「魂の総括です」
唯奈は囲炉裏の火をつつきながら言う。
「まあ」
「聞くだけ聞く」
理世は真面目な顔で話し始めた。
「蒼牙2000・改は非常に優秀なAIです」
「しかし」
「弱点を把握することは安全性のために重要です」
すみれコーチが補足する。
「機械ってのはね」
「完璧に見えても必ず穴があるの」
明日香が頷く。
「魂にも弱点があります」
唯奈は囲炉裏の火を見ながら静かに言う。
「……で」
「結論は?」
理世は答える。
「蒼牙2000・改の弱点は」
「感情がないことです」
一瞬沈黙。
囲炉裏がパチッと鳴る。
唯奈はゆっくり顔を上げた。
「それ」
「弱点か?」
三人が固まる。
理世
「はい?」
唯奈
「感情がないから」
「蒼牙は間違えねぇんだろ」
すみれコーチ
「まあ…そうね」
唯奈
「じゃあ問題ねぇべ」
理世
「いえ問題はあります」
唯奈
「ねぇ」
明日香
「哲学ですね」
唯奈は腕を組んだ。
ここで初めてわかるのだが、
この野生児農家、
実は一番冷静だった。
唯奈は淡々と話す。
「理世さん」
「オラ思うんだけど」
「理世さん」
「蒼牙に勝ちてぇだけだっぺ」
囲炉裏の火が一瞬大きくなる。
理世
「……」
すみれコーチが吹き出す。
「図星」
明日香
「真理です」
理世は顔を赤くした。
「違います」
唯奈
「いや」
「それだ」
理世
「違います」
唯奈
「それだ」
すみれコーチ
「完全にそれ」
明日香
「魂が言っています」
理世は囲炉裏の火を見ながら言った。
「……少しだけ」
「否定しません」
その瞬間、
三人が笑う。
唯奈は静かに続けた。
「でもな」
「蒼牙はオラの相棒なんだ」
囲炉裏の火が静かに燃える。
「恋人とか」
「そんなんより上だ」
「一心同体だっぺ」
理世は黙る。
唯奈は続ける。
「だから」
「蒼牙を貶すのは」
「ちょっとムカつく」
すみれコーチが頷く。
「そりゃそうね」
明日香も頷く。
「魂の結びつきです」
唯奈は少し照れながら言う。
「でもな」
「理世さんの作戦は」
「オラいつもすげぇと思ってる」
理世が顔を上げる。
「都会の人の頭の良さって」
「こういうことなんだなって」
少し間が空く。
唯奈は笑う。
「だから」
「一緒に戦隊やれてんの」
「オラ結構うれしいぞ」
理世は言葉を失った。
今まで蒼牙に勝つことばかり考えていた。
しかし唯奈は、
蒼牙を仲間として見ていた。
すみれコーチが笑う。
「農家の勝ちね」
明日香が頷く。
「完全敗北です」
理世は小さくため息をついた。
「……哲学的に」
「私の負けです」
外では蒼牙2000・改が静かに待機している。
遠くでエンジン音が聞こえる。
唯奈は囲炉裏に薪を入れる。
「まあ」
「今日はこの辺でいいべ」
囲炉裏の火が明るくなる。
常陸太田の夜は静かだ。
そしてこの日、
孤高のシロガネーゼ柏木理世は初めて、
AIでも論理でもないものに負けた。
農家の哲学。
それは、
論理より強いことがある。




