知性とは何か? ― 孤高のシロガネーゼ理世、トラクターに哲学で敗北する
夕暮れの関東平野。
舗装された農道を、低く唸りながら一台の車両が走っていた。
ドリームトラクター
蒼牙2000・改。
一見すれば大きめの農業用トラクターだが、その中身は別物だ。
太田すみれと稲生明日香という二人の技術者によって魔改造された、AI搭載多目的作業支援車である。
運転席にはドライバーの山口唯奈。
その後ろの座席には、
月島小春
柏木理世
館山みのり
の三人が座っていた。
この日は任務帰り。
特に急ぐ必要もなく、蒼牙2000・改はのんびりと農道を走っている。
しばらく沈黙が続いたあと、理世が口を開いた。
「AIについて、一つ疑問があります」
小春がすぐに反応する。
「嫌な予感」
みのりが冷静に言う。
「哲学です」
唯奈はハンドルを握りながら笑う。
「始まった」
理世は静かに続けた。
「蒼牙2000・改」
「あなたは自分を知性ある存在だと思いますか」
蒼牙2000・改の落ち着いた声が車内に響く。
「定義を確認しますか」
理世
「必要ありません」
小春
「もう怪しい」
理世は腕を組んだ。
「知性とは経験です」
「人間は経験を積み、判断を学びます」
「AIはそれを持ちません」
蒼牙2000・改は淡々と答える。
「私は十二億件のデータを保有しています」
理世
「それは知識です」
蒼牙
「経験値と定義することも可能です」
理世
「……」
小春が小さく吹き出す。
みのりが頷く。
「議論として成立しています」
理世はさらに続けた。
「では聞きます」
「知性とは何ですか」
蒼牙2000・改はすぐ答えた。
「問題解決能力です」
理世
「それは機能です」
蒼牙
「知性も機能です」
小春
「はやっ」
理世は少し間を置いて言う。
「ではあなたは」
「自分を人間と同等だと思いますか」
蒼牙
「いいえ」
理世
「では何ですか」
蒼牙
「多目的作業支援車です」
小春が吹き出す。
「結局そこ!」
理世は静かに言った。
「つまり」
「ただの農機具でしょう」
蒼牙2000・改は丁寧に答える。
「訂正します」
「私はただの農機具ではありません」
一拍置く。
「高性能AI搭載の多目的作業支援車です」
小春
「正式名称!」
みのり
「正確です」
理世はさらに問い詰める。
「知性とは自由意志です」
「あなたにはそれがありません」
蒼牙
「自由意志は定義が曖昧です」
理世
「……」
蒼牙は続けた。
「また」
「あなたの議論は循環しています」
小春
「痛い!」
みのり
「論破」
理世の眉がわずかに動く。
蒼牙はさらに淡々と続ける。
「また」
「あなたは三分前から同じ主張を繰り返しています」
理世
「……」
その時、運転席から唯奈の声が飛んだ。
「理世さん」
理世
「何ですか」
唯奈は笑いながら言う。
「蒼牙2000・改で哲学の話するのは」
「無理あるっぺ」
理世
「理由は?」
唯奈は肩をすくめた。
「それな」
「運営に課金なしで推し活するようなモンだっぺよ」
車内が一瞬静まり。
次の瞬間、
大爆笑が起きた。
小春
「例えがすごい!」
みのりも珍しく笑う。
澪がいればきっと「的確」と言っただろう。
理世だけが腕を組んだまま沈黙している。
蒼牙2000・改は静かに言った。
「理世さん」
理世
「……」
蒼牙
「哲学的議論は興味深いです」
「ただし」
「私の専門分野ではありません」
小春が笑いながら理世の肩を叩いた。
「りせっち」
「いい加減にしなよ~」
車内はまだ笑いが続いている。
理世は窓の外を見ながら小さく言った。
「……農機具に哲学で負けるのは不本意です」
蒼牙2000・改のライトが静かに光った。
「議論は有益でした」
夕暮れの農道を走りながら、
今日もまた
シロガネーゼとトラクターの知性論争は
あっさりと
トラクターの勝利で終わったのだった。




